第88話 この村に住む?(1)

 その晩は、村長さんの家に泊めてもらった。驚いたことに来客用の寝室が二つもあったり、浴室があったりして、どうみても上流階級の人のおうちなのよね。こんな辺境の村にあるのに。あの日焼けマッチョのお兄さん村長、実は貴族だったり、するのかな?


 聖女の力やら、獣の癒しやら、やたらと力を使っちゃったから早く眠りたいのだけれど……この村に住むかどうか、相談しないわけにはいかない。女性に割り当てられた寝室に集まって、みんなで会議だ。


「基本的には、この村に住みたいと思うの。村の中に住むか、村に近い森の中にするかまでは、決めてないけど……」


「私は賛成ですわ。村長さんもこちらの事情を全部話したうえで、それでも住んで欲しいとおっしゃっているのですから。まあ、先方のメリットも大きいですからね……」


 クララがすかさず賛成してくれたのは嬉しいな。そういえば、全部ぶっちゃけたと言いながら、一つだけ村長に話してないことがあるか。カミルが竜人だということまでは伝えたけれど、火竜の血を引いていることだけは話さないことにしたんだ。バイエルンで火竜は信仰の対象にすらなる存在だし、崇め奉られても困っちゃうからね。


「そうだな、俺達を置いといたほうが、お得だからだろうな。戦闘能力は目の前で見せたわけだし。それに加えて村の人々は、ロッテの『聖女』としての力に魅力を感じているようだったな。共生関係がつくれるなら、俺も賛成だ」


「バイエルンには『聖女』がいませんからね……」


(主がここに留まるなら、妾もここに在るのみじゃの)


 うん、ヴィクトルも同意してくれたし、ある意味一番怖い魔剣グルヴェイグも異存ないみたいだから、あとは子供たちだけ。


「村の人たち、悪い人じゃなさそうだったし、僕はロッテお姉さんに従うよ」

「私も、ロッテお姉さんの決めたことなら」


 あら、相変わらず二人は、いい子な結論。たまにはわがまま、言って欲しいわ。あ、あと一人・・じゃない、一羽忘れてた。


「ねえ、ルルも、私と一緒にここに住む?」


(ルルも! ルルも!)


「ようし、じゃあ明日から村のまわりを探検しましょ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 結論、この村はかなりいいかも。


 深い森のなかに、ぽっかり穴を開けたかのように広大な農地と牧草地が広がり、その真ん中に厳重な丸太の防壁で囲まれた、百数十世帯くらいの居住地域がちんまりと築かれている、それが開拓村ルーカスだ。


 一面の森だったところを、開拓民として入植した人たちが木を伐って整地して肥料をまいて……何十年もかけて少しずつ、少しずつ大きくしていったんだって。農地の端から端まで、歩いたら二十分くらいはかかるんだそうよ。昨日は着くなり戦いに巻き込まれちゃったからまわりを確認する余裕がなかったけど、こうやって落ち着いて見渡すと、その努力のすごさがわかる。そしてその努力は今も続けられているらしくて、村のはずれで斧を振るうカーンカーンというような音が、聞こえてくる。


 そして、ローラって女の子もそうだったけど、獣人も多いの。開拓は力仕事だから、体力むんむんの獣人さん達は、むしろ重宝がられているのかもね。


 畑には、小麦、ライ麦、じゃがいもなんかが豊かに育っている。うん、小麦がとれるのはいいわね。バイエルンの黒パンも悪くないんだけど、ロワール育ちの私は、時々白いパンが食べたくなるから。牧草地ではのんびりと牛たちが草を食んでる。お肉を食べるための牛じゃなくて、乳牛ね。バターやチーズなんかも村で造ってるみたいだし、いろいろ美味しいものが作れそう……暮らすんだったら食生活は、とっても大事だもの。


 周囲の森も、いい感じ。背の高い陰樹がびっしりと立ち並ぶ薄暗い森は、バイエルンではおなじみの風景だけど、人の手があまり入ってないせいか、とっても緑が深くて、森全体から発する気が濃い感じがするの。


「獣の気配が強いですわね」

「うん、これはいい森だな」

「お姉さんと狩りをするのが楽しみです!」


 我がパーティの狩り大好き三人組のクララ・ヴィクトル・ビアンカが、歩きながらうきうき話している。このままだと、お食事が肉祭りになっちゃうかも。私は、炭水化物が食べたいんだけど……まあそれは、村で仕入れればいいか。


 そして、森探索のポイントは、隠れ家になりそうなところをいくつか見つけること。これも成果は上々だった。村はずれを流れる小川を北東に遡っていくと、源流の一つが緩やかな傾斜の岩山で、その中腹に洞穴があるの。入口は狭いけど中は適度に広くて……まるでロワールで寄ったヴィクトル達の本拠地みたいな感じかな、まああんなに大きくないんだけど。かなり前には魔獣が住んでいたらしいけれど、今はその気配がない。


「ここは、すばらしい基地になるよね!」

「そうだな、この雰囲気、俺は好きだな」


 カミルとヴィクトルが大乗り気だ。なんだか男の子って、秘密基地とかやたらと好きよね。でも確かに整備すれば快適空間になりそうな感じ。ルルも珍しそうにまわりを見回していて、イヤじゃないみたい。クララが力こぶをつくってビアンカと何か話しているから、もう彼女の中では洞内のレイアウト構想ができてるんだろう。私は、全部お任せだけど。


 隠れ家は一ケ所じゃダメよね。村のまわりをぐるっと回って、山登りになっちゃうけど南側も探索する。私の足が疲れて音を上げたので、獣に戻ったヴィクトルに揺られてなんだけど……やっぱり、こっちの方が楽だわあ。そして収穫もあった。もうしばらく使ってなさそうだけど、しっかりした炭焼き小屋が。そこに続く道はすっかり草に覆われていたけれど、かえっておあつらえ向き……泣きを入れるのはたぶん、私だけだ。


 そして、南側の森は、キノコの楽園だった。嗅覚の鋭いイヌ科のクララがちょっと探し回っただけで、いろんな食用キノコをカゴ一杯に抱えて戻ってきたの。


「パスタにも、スープにも良い彩りになりますわ!」


「クララお姉さん、まさか毒キノコじゃ、ないよね?」


「失礼ですねカミル、匂いで食べられるかどうかは判りますわ」


 うん信じてる、信じてるよクララ。でも、食べる前には村の人達に確認しようね。だってキノコ中毒で聖女の力を使うのは、さすがにしまらなすぎるもの。


 そうやって一日森をまわって、決心は固まった。

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