第81話 シュトローブル
森の中を進むこと一週間。私達はシュトローブルの街に着いた。
さすが東の国境に近いだけあって、街の周辺をしっかりとした城壁が取り巻いている。出入りのチェックもそこそこ厳しいのだけど、私達はマーレの用意してくれた証明書を見せただけでさくっとパスできた。さすが王太子直属騎士様の力は偉大よね。もちろん、サーベルタイガーがいたら騒ぎになることは明らかなので、ヴィクトルも人化して通るのだけれど。
中心部に進むと、四、五階建てのきれいな石造りの建物が、通りの両側にびっしりならんで、いい感じ。通りを抜けると領主様のお城。大きくはないけど歴史がありそうで、なかなか雰囲気のある街ね。
あまり高くない宿を選んで荷物をほどき、軽く旅塵を拭ってから街に出る。
王都暮らしの長かった私やクララにしてみれば、よくある地方の街という印象なのだけれど、奴隷教育で外に出ることのなかったカミルとビアンカ、そしてそもそも人の集まるところをほとんど知らないヴィクトルにとっては、目にするもの全てが珍しいらしい。パン屋さんから漂う匂いに足を止め、鍛冶工房の職人芸に興奮する。カミル達はわかるけど、いつも落ち着いてる感じのヴィクトルが子供みたいに喜ぶ姿が、新鮮な驚きね。
道端にテーブルを出して営業する屋外食堂で、昼食をとる。私はハチミツをたっぷり塗ったトーストとミルクたっぷりのコーヒーなんていう、久しぶりの都会的な炭水化物ランチをいただいてご満悦だ。でもみんなは相変わらず肉に寄ったメニューをがつがつ頬張っているの、やっぱり獣系の血よね。
「街を見ながら食う飯もうまいな。にぎやか過ぎないところがいいな」
「日曜日になると街の中央に露店がたくさん出るそうですわ、もちろん食べ物の屋台もね」
「露店! 見たいです!」「僕も見たい!」
よかった。ヴィクトル達はこの街の雰囲気が気に入ったみたいだ。市街地に住むのは難しいけど、このシュトローブルの近くに落ち着くのは、いいかも知れない。
「じゃ、しばらくここに滞在して、郊外で私達が住めそうなところを探そうか」
「ええ、そう致しましょう。でも日曜日は、バザールを楽しまないといけませんわね」
「さんせ~い!」
そして午後は買い物。やっぱり街でないと買えない物って、多いからね。調理とか細工で使うちょっとした小道具とか、石鹸なんかの消耗品。
そしてやっぱり最優先は着るものだよね。特にヴィクトルは普通の男性より大柄だから、なかなか合うサイズがないのよね。さすがにこのクラスの街になると彼でも着られる服が揃うから、張り切っていろいろ買ってしまったわ。本人は服装なんか興味なさそうな顔をしているけど、せっかくのイケメンなんだから、カッコ良くしてあげないとね。
ビアンカにも一張羅じゃかわいそうだから、いろいろ組み合わせて着まわせるような服を買ってあげる。だけど……やっぱり女の子の服はロワールで売ってるものの方が素敵だったかも。バイエルンの服って、実用性優先なのよね。
「いろいろ買ってくれて嬉しいのですけど……ロッテお姉さんは、ご自分の服を買わないのですか?」
「うん。まあ、実家から持ってきたのが、いくつもあるからね」
ビアンカにそう答えてみたものの、乗馬用のズボンだけはヴィクトルに乗るときに便利なので、一本だけ買ってみた。クララにも何か買わないかと勧めてみたんだけど、
「私はこの侍女服が気に入っております。同じものを何着も替えで持っておりますので・・」
びしっとお断りされてしまった、残念。悔しいから、今度内緒でアクセサリーでもプレゼントするとしよう、うん。
◇◇◇◇◇◇◇◇
人型で戦うときの防具を何も持っていないヴィクトルのために、武器屋さんでお買い物。
ヴィクトルの強味は速い動きとグルヴェイグの破壊力だから、動きを鈍くする鋼の鎧なんかはダメだよね。地味だけど革の胸当てと手甲を選んであげる。
(うむ、主の特性を活かした、よい選択じゃの)
グルヴェイグも褒めてくれたの。これは、ちょっと嬉しいかも。
(むっ? アレは……良い! 妾はアレが欲しい!)
「え? 何のこと?」
(あの、綺麗な色のグリップが欲しいのじゃ!)
急にグルヴェイグが念話でアピールを始める。
何のことか理解するのに時間がかかってしまったけど、剣のグリップ部分に極彩色の組み紐を複雑に巻いて滑り止めにしてある東方の剣が壁に陳列してあって、自分もそういう綺麗なグリップにして欲しいと言っているらしい。
「これは、武器屋さんに巻いてもらわないとダメよね……だけどグルヴェイグを預けるわけにはいかないし、そもそもグルヴェイグはヴィクトル以外が触ったら火傷させちゃうし……」
(そうか……妾も、たまさかオシャレをしてみたい時があるのじゃがのう……)
う~ん、グルヴェイグも女の子ってことよね。その気持ちはわかるんだけど……。
「ねえグルヴェイグ、私が貴女に触っても、いい?」
(ん? まあ、そなたなら、構わぬが……主が心許す者でもあるし……)
なんか意味不明だけど、触らせてくれるらしい。
「じゃ、任せておいて!」
カミルやビアンカの装備もちょこちょこと買って結構なお代金を払った直後だけに、武器屋のご主人は今、かなりご機嫌。なので私はご主人に頼みこんで、グリップへの紐の巻き方を丁寧に教えてもらった。結構難しいけど、何とか自分でできそうね。失敗に備えて三本ぶんくらいの組み紐を買って、加えてコーチ代金としてマルク金貨一枚ほど受け取ってもらう。タダってわけには、いかないからね。ご主人はますます上機嫌で、いろいろ話しかけて来る。
「いやはや、最初はかなり怪しいお客さんと思ったが、実に良いお客さまでしたなあ」
「あれ? 私達、そんなに変だったですか?」
「獣人主体の冒険者パーティは珍しくないですが、子供が二人も入ってるのはね。そちらの犬耳のお姉さんみたいに侍女服を着た冒険者さんってのも、どう見ても普通じゃないですな。そして一番は……お客さんの胸元から顔を出している、それですよ」
私の襟元からのぞいているものって……それは、ルルだ。置いていくと「ママ!」とうるさいので、懐に入れて連れて来たのだ。顔を出しているだけなら、大きなひよこに見えるんじゃないかと思って。
「私達が飼っている……ひよこですけど」
そう、ひよこなんだ、ひよこなんだよ。
「ひよこ、ねえ。そんな大きなひよこは、人界にはおりませんよ」
「いやまあ……ちょっと、そう、育ちすぎちゃって……」
「……魔獣ですね。おそらく、コカトリス」
ズバリ指摘されてしまった。これは素直に、認めるしかない。
「あ……はい、ご明察です」
「その姿で街中を闊歩されたのですか……下手をすれば衛兵に通報されてしまいますぞ」
武器屋のご主人は残念なものを見る眼をしている。ええ、街歩きどころか、買い物するときも食事するときもルルが顔出してました、ごめんなさい。またやらかしちゃった感満点で、しょぼんとする私。
「いや、お客さん。その若さでコカトリスを従えているなど大した業というべきでしょう。それならば堂々と冒険者ギルドで『魔物使い』職として登録して、その『ひよこ』に従魔の印を付けておけば良いのですよ」
「私達が冒険者? 私が『魔物使い』??」
「違いますので? ああ、皆さんは他国から来られて、まだ事情がお分かりでないのでしたか。この地域で魔物と戦われる機会があるのでしたら、いずれにしろギルドに登録しておいた方がよろしいかと。そうしないと妖魔を討伐した報奨ももらえませんし、魔石などの素材も売りさばけませんよ?」
へぇ、そうなんだ。ロワール王国とは、ずいぶん違うんだな。
「ちゃんと登録すれば、うちのルル……ひよこちゃんを連れて歩いても何とも言われませんか?」
「もちろん。従魔の印さえ付けていれば街でも村でも大丈夫ですよ」
なるほど。これは、いいことを聞いたかも。
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