第80話 コカトリスの娘(2)

 ルルと名付けたコカトリスのひよこ娘は、宿に帰っても私のそばから離れようとしない。


 さすがに服の中にずっといられると、もぞもぞくすぐったいので、やめてもらった。今は椅子に座った私の、ふともものあたりをウロウロしている。


「すっかり懐かれたわね。こうやってロッテのお供はどんどん増えていくわけね」


 マーレが生暖かい視線を私に向ける。いや、まあ、好きでやっているわけじゃないんだけど、結果がこうなっちゃうんだよ。


「それはそうと、このルルちゃんも連れて、どこに向かうつもりなの? バイエルン国内に落ち着きたいって言ってたけど、この国も広いからね~」


「うん、そこはきちんと決まってないというか。とりあえず西教会の布教所がない東の方で、人里に近いけど深い森……なんてとこ、ないかなと」


例 の漠然とした希望を、マーレにも伝えてみる。そうだよ、バイエルン貴族で騎士のマーレだったら、いろいろ知ってるんじゃないかなと思って。


「ふうん……だったら、シュトローブルを目指すのはどうかな。あのへんなら完全に東教会の勢力圏だし、そんなに大きい街ではないけど生活必需品なら十分揃う。だけど、市街地を出ると湖と深い森が拡がってて……アルテラとの国境まで、その森は続いてる。ロッテの希望に、沿ってるんじゃないかな?」


「いいかも……うん、とりあえず、そこにしよう!」


「え、即決していいの?」


 ちょっと意外そうなマーレ。


「だって、私達この国の地理は、さっぱりわからないからね。ヴィクトルは何回か来たことあるみたいだけど、街のことはわかんないだろうし。だったらよく知ってるマーレのおすすめに、従っちゃった方がいいと思うのよね」


 我ながらいい加減だと思うけれど、考えたって頭が痛くなるだけだもの、ここは思考放棄だわ。マーレが変なとこを勧めるわけないからね。


「うん、俺もそれでいいと思うよ。あのへんの森は、悪くなかったような気がするし」

「ロッテ様の赴かれるところ、どこへでもついて参りますわ」

「主と共に歩くのが竜の宿命だよね」

「楽しみです、ロッテお姉様が選んだ森で暮らすのが……」

(ママ! ママ!)

(主がそなたと共に在るなら、妾も共に在ろう)


 ふふっ、考えることを放棄しているのは、私だけじゃないようね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 三日後。私達はハンメルブルグの街を出て、東へ旅立った。


 目指すはマーレお勧めの、シュトローブル。


 肋骨の怪我があったからしばらく旅はできないかなって思ってたんだけど、マーレの何でもない一言でそれは解決してしまった。


「ねえロッテ、あなた聖女なんでしょ? 肋骨のひびくらい聖女の力で治せないの?」


 よく考えればもっともな話だよね。私が聖女として操る治癒魔法は弱っちいけれど、自然治癒に任せるしかない肋骨みたいなものについては、治りを速くする効果がある。聖女の力って民を助けるために使うものだと長年の教育で刷り込まれていた私には、それを自分のために使おうという発想が乏しかったから、こんな簡単なことを思いつかなかったんだ。


 試しに自分の胸に聖女の力を使ってみたら、完治はしないけど、なんとかヴィクトルの背中に揺られても痛みに「うっ!」とならずに済む程度までには回復したというわけ。


「ヴィクトルさん、ゆっくり、ゆっくりお願いします。ロッテ様はまだお怪我が癒えていないのですから」


「大丈夫だよクララ、ヴィクトルは優しくしてくれてるよ。ほとんど痛くないから、心配しないで」


(ふふ、狼侍女はロッテのことになると、心配症だな)


 そう、私を乗せたヴィクトルは、本当に慎重に足を進めてくれている。凹凸だらけの森なので、ゆっくりと上下には動くのだけれど、衝撃が私に伝わらないように一歩一歩気を遣って、ふわっと足を着地させてくれているのがわかるわ。ほんとに助かる。もし街道をゆく乗合馬車でも利用していたら、ガタガタ揺れる車体に、きっと私は悶絶していただろう。


 平坦な街道をゆかなかったのには、理由がある。クララの言う「優秀な荷物持ち」ヴィクトルが優秀であるためには、虎の姿で旅をしないといけない。街道をサーベルタイガーが堂々と闊歩したら、さすがに軍隊がすっ飛んでくるだろうからね。かくして私達は、今まで通り深い森を縫って間道や獣道をたどっているわけなのだ。


 そして、少し進んではハンメルブルグで買った地図を眺め、向かっている方向が正しいことを確認する。これは私とヴィクトルの共同作業だ。ヴィクトルはこのへんの森を旅したことがあるのだと言うけれど、地図が読めないから目指すシュトローブルがどこなのかわからない。私は地図を読む教育を受けているけれど、自慢じゃないけど道を外れて数分歩いただけで迷子になる方向音痴だ。二人で地図をためつすがめつしながら、ああでもないこうでもないと頭を突き合わせながら意見を交わす。ヴィクトルの言葉は念話だから、はたから見れば私が一人でしゃべっているように見えるのだけれど。


「今、たぶんこの辺だと思うのだけれど……東へ向かってるのは、間違いないよね?」


(うん、それだけは間違いない。地図に書いてあるこの線は、川かい?)


「ううん、これは道だね、街道とまではいかないけど、馬車が通れるくらいの小道があるんだと思う」


(ああ……だったら大体わかった。真っ直ぐ進むとちょっと山がちになるはずだから、少し北寄りを進んだ方がいいかもね)


「うん、そうするわ。それにしてもヴィクトルはすごいわ、一度旅した道のりは忘れないんだね」


(まあね、魔獣の本能だから)


 少し照れたみたいなヴィクトルの反応が可愛いくて、私もへらっと微笑んでしまう。


「ふふふっ、お二人は仲がよろしいですわね」


 私達のやり取りをそばで見ていたクララがつぶやく。彼女の眼は優しく細められて、その口元には笑みが浮かんでいる。


「当たり前じゃないの。こんな深い森だもの、協力しないと迷子になっちゃうわ」


「う~ん、そこじゃないって感じですけどね。まあ、ロッテ様にご自覚がないのなら、当分ロッテ様の唇は、私だけのものですわね」


 ねえクララ、ますます意味不明よ? でも、ヴィクトルが深いため息をついてるのは、なぜかしら?

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