第46話 ちょっと魔法に工夫して
「死体はおよそ百五十、ロッテお姉さんの浄化で消滅したのが三十五、そしてこれから接近してくるのが、私の見える範囲だけですけど、約二百体います!」
上からビアンカの声が降ってくる。さすがビアンカ、戦況を見るために屋根に登ったのね。やっぱり賢くて、いい子だわ。
それにしても二百か。私の「浄化」も、全力で撃てるのはあと三発くらいだし、どうしようかしら。考えているうちにカミルとヴィクトルが三十体くらいを私の目の前に追い込んできた。ただ、さすがに数が多すぎるわ。
「浄化せよ!」
魔法の光がゴブリンの群れの中央に降り注ぎ、二十体くらいが消失する。群れの外縁部にいたゴブリンは五体満足で生き残って……だけど、フラフラして戦闘には堪えない感じ。それをヴィクトルとカミルがさくっと狩るのを見て、ふと閃いた。残り少ない聖女の力を、もっと有効に使う方法を。
「すみません、騎士様! 私を、屋根に上げて下さい!」
伯爵の護衛騎士さんにお願いして、持ち上げていただく。私はビアンカみたいに、壁に取り付いて自力でよじ登れるほど腕力もないし、言いたくないけどビアンカほど身軽じゃない。
「聖女様、上は決して見ていませぬゆえ、ご安心頂きたい……」
騎士様の言葉にはっとする。私はスカート姿で、騎士様が天に伸ばした掌の上に立ってる状態。スカートの中なんか、丸見えよね。でも、今はそんなお上品なこと、気にしていられないわ。私も思いっきり手を上に伸ばす。
「ビアンカっ! 引き上げてっ!」
ビアンカが左手をぎゅっと掴んでくれた感触がしたと思うと、一気に私の身体が宙に浮いて、わたわたしているうちに屋根の上に静かに降ろされる。
「ビアンカ……こんな力持ちだったの?」
「ふふっ。私も、獣人ですから。それに、ロッテお姉さんの美味しい魔力を毎日もらって、かなり強化されちゃってますから、ね」
亜麻色の髪をふわんと揺らしながらはにかむビアンカ、可愛い! 思いっきり愛でたいけど、今は我慢だ。屋根から戦況を急いで見渡す。村人達の守る側のゴブリンは、もう残り二、三十体……任せておいていいわね。
一方、私達応援部隊が守る側には、まだ百五十体くらいはいそう。彼らも私の「浄化」を二発くらって少しは学習したみたいで、散開しながら徐々に押し寄せてくる。いくらヴィクトルが接近戦無敵でも、ちょっときついわね。
「みんな、いいこと? 私が『突撃!』と言ったら一斉に行くのよ!」
屋根の上から叫んだ私に、意味がわからないながらも了解の意を示すみんな。信じてくれてるんだ、がんばんないとね。
深い呼吸を数回……心を落ち着かせる。そして最大の精神力を姉様から譲られた最高の杖に注ぎ込む。そして……。
「悪しきものを、弱体化せよ!」
もちろんそんな神聖魔法は、聖女の修行で習っていない。ただ、「浄化」の魔法をうんと薄めて、ものすごく広い範囲を意識して、バラまいただけなのよ。さっき、「浄化」の効果範囲をわずかに外れたゴブリンがへろへろに弱体化したのを見て、なら最初から薄く広く力を分散させれば、倒せないけれども弱くできるんじゃないかと思い付いたの。
その効果は、確かにあった。私がイメージした範囲にいた七十〜八十体の動きがおかしくなって、まともに歩けなくなっている。これは、チャンスだ。
「突っ込んで! 今なら簡単に倒せる!」
カミルとヴィクトル、そしてクララは瞬時に飛び出し、ものすごい勢いでゴブリンを倒している。ベルフォール伯爵様と護衛騎士様も、最初は逡巡していたけど明らかに敵の動きが落ちたのを見て取ると、先行組が討ち漏らした敵を確実に葬っていった。
「一旦戻ってっ! その先には元気なのがいるわ!」
ヴィクトルたちが、弱体化イメージした範囲をほぼ狩り尽くしたのを見て、私は叫ぶ。最初が二百くらいだとしたら、半分くらいには減らせたんじゃないかな。私達だけじゃ完全に討滅することは難しいだろうけど、「本物の聖女」レイモンドお姉様が来てくださるまで、時間を稼いで持ちこたえればいいのよ。さすがに、私の精神力は切れかけているのだけれど……あと一発撃てるかしら?
その時……屋根のてっぺんで敵の様子を見ていたビアンカが、息を飲む。
「お姉さん! 後方から、ものすごい数が来ます……およそ二百五十!」
「二百五十っ??」
ああ、これは、詰んじゃったかも知れないわ。
やがて、私の眼にもゴブリンの大群が見えてきた。第一波の生き残りも入れたら三百を超える……いくらクララ達が近接戦闘に強くても、あれだけの数の暴力で来られたら、ひとたまりもない。何とか聖女の力を、最大限で撃たないと……
「お願いビアンカっ! 私の『魔力』をできるだけ吸い取って! 早く!」
ビアンカは私の絶叫に驚きつつも、瞬時に狙いを理解した。素早く屋根の上を駆けて私の前に来ると、その唇を私のそれに強く重ねた。私は亜麻色の頭をがっちりと抱え込んで、ためらい気味のビアンカの歯の間に、舌を進めていく。趣味でやってるんじゃないよ……あくまで、戦術だからね。
たっぷり二十を数えて唇を離した私は、期待通り絶好調だった。「聖女の力」を妨げる「美味しい魔力」を目一杯放出したから、マイナス影響は排除した。あとは私の持てる最大限の精神力を、杖に注ぎ込むだけ。
「ふぅんっ! 悪しきものを、弱体化せよ!」
押し寄せる多数の、あまりに多数のゴブリン全体をイメージしつつ、私は「聖女の力」を発動する。もう気を失っても構わないから、精神力を最後の最後の一滴まで、残さずに使って。
ゴブリン達の上に淡い光が射したことまでは確認できたけれど、私の意識はそこまでで途切れた。
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