第44話 私兵との戦闘

 けたたましい振り鐘の音を聞いて私兵が十人ほど、応接になだれ込んでくる。鎧は軽装だけど、武器はかなり良いものを持っているわね。


「この小娘を捕らえろ! 教会から異端の罪で手配されている偽聖女だ! 殺して構わん!」


 え~、そう来たかあ。まあ、悪事をばらされたから殺せ、とは言えないだろうしね。


 直ちに私兵が二人、先頭を切って襲い掛かってきた……一人は斧、一人は長剣を持って。だけど私が瞬きを一つする間に、二人は後ろ向きにひっくり返って、そのまま起きてこない。ヴィクトルが、軽く体当たりしただけなんだけどね。


「森の王者サーベルタイガーに守られている私に、触れられるとでも思いまして?」


 私はわざと芝居がかった、悪役令嬢風の高慢な態度で振舞ってみる。私兵たちがじりじりと後退する。


「何をしているっ! こういう時のために給金を払っておるのだぞ! 一斉に掛かって小娘を人質にしろ!」


 子爵が冷静さを失って叫ぶと、ようやく私兵たちが散開して私達を取り囲む。だけど、危ないって感じは全然しないんだよね。だって、接近戦最強のヴィクトルが私の前面にいて、右にはクララ、左にはビアンカ、そして背後にはカミルがいてくれるのだもの。クララが侍女服のボタンに手を掛けてないってことは、彼女も楽勝って考えているってことだよね。


 ファルシオンを構えた男が、おそらく一番弱いであろうビアンカに……そう見えるだけだけどね……襲い掛かる。刀を大上段に構え、眼の前にいる少女に振り下ろそうとしたその時、すでにそのビアンカは男の懐に飛び込んで、利き腕を支える肩に短剣を突き入れていた。殺さないで無力化してくれるところが、とってもいい子だわ。


 反対側でクララがファルシオンを二振りすると、刀身が届かない間合いにいたはずの私兵が二人、見えない鞭で撃たれたかのように倒れた。正面ではヴィクトルがその前脚で、すでに二人を打ち倒している。後ろのカミルはじっと動かず、子爵自身が妄動するのを、視線で抑え込んでる……子供なのにこういう風に落ち着いてるのも、カッコいいな。


「む、むむ……」


 攻め手を失った子爵は唸り声をあげるだけ。まあ、唸っても無駄だけどね。


「どうやら子爵の負けであるようだな。ここは潔く、盟約に従うことにしてはどうかな?」


 ベルフォール伯爵様が仲裁の言葉をかけて下さるけれど、子爵がそれを受け入れる様子はない。変な汗をかきながら下を向いて何やらぶつぶつ言っている。


「認めない、認めない……ここは私の領地なのだ、私が自由にする権利があるのだ……」


「人間の中では、そういうことになっているでしょうね。だけど貴方がここに来るよりはるか昔から、この森はサーベルタイガーのものなのよ。貴方たちは彼らに礼儀正しく共存をお願いする立場なの。それを理解していないなら、貴方にこの辺境領を治める資格はないわ」


 私もさすがにイラっと来て、ちょっと突き放したような物言いをしてしまう。令嬢としてはいかがなものかと思うけれど、今の私はサーベルタイガーから正式に委嘱を受けた、交渉人だからね。


 子爵はまだぐずぐずと理解不能な不満を垂れ流しているけれど、その意味のないつぶやきは、あわただしく飛び込んできた家令の声にさえぎられた。


「大変ですっ! 開拓村イリアが妖魔に襲われて、死人が出ているとの報せが!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 イリアは、サーベルタイガーとの取り決めで許された五つの開拓村のうち、二番目に大きい村だ。他の土地から移住者をどんどん受け入れて、人口は千人くらいになっているはず。


「村に、妖魔が出たですって?」


 私が口をはさんだので家令は一瞬戸惑った表情を浮かべたけれど、すぐ我に返って続きを報告する。


「大量のゴブリンが襲ってきた模様で。村の自警団が支えているようですが、数が多くて苦戦と……応援を送らねばなりません」


 そうだよね。だけどその応援に使うべき私兵さんが、眼の前に七、八人、伸びちゃってるけれど。


「ご主人様! お早く!」


 家令の叫びにも、子爵は呆然として反応できてない。完全フリーズだよね。


「子爵! 自領の住民が苦しんでいるのですぞ!」


「うるさいうるさいうるさい! ここは私の領地だ、好きなようにする!」


 ベルフォール伯爵様が口をはさんでも、子爵はもう聞く耳持たず。好きなようにするって……村が滅んじゃってもいいのかしら。国中から移住者を募って開拓した村なのに、領主が住民を守らないとなったら、もう今後子爵領に移住する民はいなくなるはずだけどね。


「これは、どうしようもないな……」


 伯爵様がため息をついて、こちらに向き直る。


「聖女殿、今の子爵と話しても、この通り無駄なようだ。それにしても、村が妖魔に滅ぼされるのを座視するわけにもいかぬ。貴女のご意見を聞かせて頂きたい」


 ご自分の領地でもないのに、開拓村の民を心配する伯爵様。確かに今は、わけのわからない子爵とのやり取りを続けるより、妖魔に襲われた村のことを優先しないといけないかも。


「子爵が山師を呼び込み大規模に鉱山開発を始めたことで、サーベルタイガー側は人間との争いを避けるため一旦森の奥に退きました。今まで森の妖魔をサーベルタイガーが狩っていたので、人々は安全だったのですが……森の外縁部ではその守りがなくなっているのだと思われます」


「すると、どうすれば?」


「盟約を旧に復して頂いて、開拓村以外の森をサーベルタイガーに返すことが必要です。ですが、たった今起こっている妖魔の襲撃については、討伐するための兵士か……聖女を急ぎ、送らねばならないでしょう」


「この地域を守護する聖女は、貴女の姉君ですな?」


 もう完全に子爵を無視して、伯爵様と私のやりとりになっているわね。仕方ないけど。


「ええ。早馬を出してレイモンド姉様……聖女の助力をすぐにでも仰ぎましょう。子爵の兵力は、この程度ですから役に立たないでしょうし……」


 そう、床にのびている連中は、殺してはいないけど、しばらく役に立たないだろう。そして、いくらヴィクトルたちが強いとは言っても、この人たち簡単にやられ過ぎだよ。きっと、きちんとした訓練を受けていないんでしょうね。


「聖女の到着が、間に合うかな?」


 伯爵様が私を見つめながら渋いバリトンで問いかけてくる。ええ、貴方様がおっしゃりたいことはわかっています、わかっていますとも。


「伯爵様は、私に妖魔を討伐せよと?」


「貴女は、その力を持っているはず。現に昨年、私の領地でもゴブリンどもを退治してくださった」


 ああ、確かにそんなこともあったわね。


「私はもう聖女を罷免され、追放された身です。そのようなことは……」


「まさにそうだな。ロワール王国が貴女へ行った仕打ちを考えれば、妖魔討伐などどいう危険を冒す義務も責任もない、それは首肯しよう。だが貴女は、罪もない住民達が無為に殺されていくのを座視できる人ではない。そうではないか?」


 うぐぐっ。私は、反論の言葉を失ってしまった。


 そうなんだよ。こうしている間にも村の人が襲われていると思うと、いても立ってもいられない私なのだ。とんだお人よしと言われちゃうのはわかっているけど、助けに行きたくて、どうしようもないの。


「……」


視線を床に落としてしまった私の背中に、暖かく柔らかい感触。クララの胸だ。


「ロッテ様、思うままになさって下さい。ロッテ様は優しすぎて、流されやすい方ですけど……そういうところも含めて、私達は大好きなんですから。ね、ビアンカ?」


「ええ。ロッテお姉さんの行くところに、どこへでもついていきます。カミルも同じはず」


「うん、妖魔がいくら出てきても、僕たちが守るからね」


(そうだな、そういうところがロッテのいいところだからな。後に、悔いが残らないようにしよう。俺も協力する)


 ヤバい。また、涙出てきた。私が一時の感傷に流されて勝手なことをしたくなっているのに、なぜかみんな応援してくれる。決してみんなのためには、ならないのに……


「うん、ごめん。村を、救いに行かせて」


 私は眉を上げて、宣言した。


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