第37話 族長様は、素敵なおじ様

 この森を支配するサーベルタイガー一族の本拠は、森から少し頭を出してる小高い岩山の中腹にある溶岩洞窟だ。


 何か所かある入り口は狭いけれど、奥に進むとかなりの広間があって、火山ガスが抜けた後のような室がいくつもある、不思議な岩穴なの。中は暗いけれど、乾燥した岩肌に囲まれているから毒虫や蛇蛙の類もいないし、夏は涼しく冬は寒さをしのげる、結構快適な場所なんだよね。


 ヴィクトルの後をついて岩穴を進んで、広間の一つにいざなわれる。そこには……壮年からようやく老境にさしかかろうという年代の、渋みの効いたロマンスグレーの素敵なおじ様が待っていた。


「え? どうしてサーベルタイガーのねぐらに人間がいるのです?」


 目を丸くして驚くクララ。そもそもこの森に踏み込む人間がほとんどいないのに、わざわざサーベルタイガーの住処にまでやってくる人間なんて、いようはずもないからね。ビアンカとカミルも言葉は発しないけど、十分驚いていることがその表情からわかる。


「ご無沙汰いたしておりますわ、族長様。ご壮健のようで、何よりですわ」


 私はちょっと芝居がかった感じで、スカートのすそをちょっとつまんで膝を曲げ、おじ様にカーテシーでお上品にご挨拶などしてみる。クララたちの眼が、もっと丸くなる。


「ええっ! この方が、サーベルタイガーの族長様??」


「そうよ、素敵な方でしょう?」


 落ち着いて答える私、クララはまだわたわたしてる。


「え、だって、魔獣が人間に変化するとか、聞いたことがなく……」


「普通の魔獣さんには無理ね。だけど、魔力が特別強い高位魔獣さんなら、人間に変化できる場合もあるのよ。ここの族長さんは特別強い力をお持ちだから。ね、族長様?」


「うむ。だが、ごくごく限られた者しかできぬぞ。この森に住まうサーベルタイガーの中では儂だけだ。そこにいるヴィクトルも、やればできる力を持っているのだが……」


(人型になる必要が、あまり感じられないからね。変化するには、ごっそり魔力を持っていかれるし、気を失ってしまうのが落ちだよ)


 族長に話を振られたヴィクトルが、興味なさそうに答える。


「ヴィクトルよ。お前は人化を必要のない業と思って居るかも知れんが、人間族の娘さんに憧れてしまったのなら、人化を使うことは必須じゃぞ。獣のままの姿では、お前の想いに応えてくれる娘はおらんからな。いやひょっとしたら、物好きな娘が、そのへんに一人くらいは居てくれるかも知れんが……」


 あら? ヴィクトルは人間の女の子が好きになっちゃったんだ。なるほど、これは……成就するよう、助けてあげないとね。


(おやじ、余計なことを言うな!)


「あら? そうすると、ヴィクトル様の憧れるお相手というのは……」


 クララの突っ込みに、ぷいっとあさっての方を向くヴィクトル。大きな身体して、結構可愛いじゃないの。


「ま、そういうことじゃな」


ん? 族長さん、何が「そういうこと」なの?


「まあいいわ、私もヴィクトルの恋を応援するからね! 何でも聞いてね、女の子の喜ぶ贈り物とか、アドバイスしたげるから。頑張るのよ!」


 明るく宣言した私に、クララとビアンカが、なぜだか残念なものを見るような眼を私に向けてくる。族長さんも、なぜかため息をついている。ヴィクトルは、さっきからこっちを見ようともしない。


「ええ、これは、厳しく吟味して差し上げないと……」


 う~ん、クララの発言がますます意味不明だわ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 私達は……といってもクララが中心なんだけど、サーベルタイガーのぶんも含めて、せっせと夕食をこしらえている。本来私達は「お客様」であるはずなんだけどね。彼らは火を使わないから、料理をしようとしたら、私達が働くより、しようがないのだ。


 火を「使わない」んだけど、火で調理した料理はサーベルタイガーたちも大好きなんだよね。特に族長さんは、以前私が来た時にごちそうした鹿肉の煮込みがかなりお気に入りで、ぜひまたとせがまれちゃったので、そのメニューだけは私がこしらえている。凝ったソースを作るような材料は持ってきてないから、塩と野菜だけのスープで、ひたすら鹿肉をコトコト煮込むのよね。隠し味にハーブをちょこっとだけ入れるのがポイントね。あまり入れるとネコ科であるサーベルタイガーの鋭敏な嗅覚には、キツすぎるから。


 族長さんはじめ主だった虎さん達だけでもかなり食べるから、私達の調理能力で手の込んだ料理を作ってたらとてもおっつかない。なので結局のところ、ほとんどの料理は手のかからない焼き肉というかステーキになってしまうのは仕方ないよね。ビアンカとカミルで必死になって分厚い猪肉を焼いてはひっくり返している。


 幸いなことに、サーベルタイガーはネコ科、つまり猫舌。冷めてもいい、というより冷まさないと食べられないから、私達の調理能力でも何とか大勢のお口に入る分の料理が準備できたの。もちろん材料は、彼らが狩ってきてくれたよ。


 う~ん、虎さん達大喜び、食うわ食うわ。冷めたステーキなんてどうなの?と思っちゃう私だけど、一度火を通して脂を融かして、塩と少しのハーブを利かせたお肉は、彼らにとっては全然違うご馳走なんだって。


 クララが作ったマッシュポテトも大好評だ。そういや姉様と会った村でじゃがいもとバターを大量に仕入れていたから、思い切っておごったんだろうなあ。虎は肉食のはずだけど……上位種のサーベルタイガーは炭水化物もイケるらしいわね。


 そして、まだ人化したままの族長さんは、私の作った鹿肉の煮込みを鍋ごと抱え込んで、ほくほくしながら食べている。残念ながら私の作品は煮るのに時間がかかり過ぎちゃうので大量には作れない。なので族長とヴィクトルの親子に全部平らげられてしまって、みんなに行き渡ることはなかったのだ。まあ、喜んでもらえたから、よかったけどさ。


「う~む、満足じゃなあ。人間と付き合う醍醐味はやはりグルメじゃな。特にこのシャルロット……じゃないロッテじゃったか……の煮込みは最高じゃ」


(うん……旨かった)


「美味しく食べてもらって嬉しいわ。やっぱりみんな身体が大きいから、食べっぷりがいいよね」


 私の言葉に、また満足そうにぷはぁ~っと息を吐いた族長が、ふと真顔になる。


「さて。ロッテ……人間族の世界で聖女とも崇められていたお主が、なんでこのような辺境にまた訪ねてきたのじゃな? それも、とんでもない連れも一緒にのう」



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