第23話 レイモンド姉様
「この辺りまで来ているんじゃないかとは思ったけれど、こんなに早く会えてよかったわ。ここのところあなた方が、村には立ち寄っていないらしいと聞いて心配していたけど、元気そうなのね」
ふわっと柔らかくウェーブした色濃い金髪をふぁさっと揺らしながら、レイモンド姉様が微笑む。聖女が二人になっちゃって、村長さんはわたわた混乱していたけれどようやく落ち着いたみたいで、私達を改めてお屋敷に招いてくれていた。村長さんには、私があくまで平和的に聖女を降りて、後任に実の姉が指名された、と説明してある。いぶかしげな顔をされちゃってるけど、あえて突っ込まれることもないだろう。
「ええ、私一人だったらひょっとして今頃、生きていなかったかも。でも私には、強くて、何でもできるクララがいたから……」
傍らのクララが、背筋をキュッと伸ばして頬を染める。ふふっ、可愛いんだから。
「そうね。シャルロットの手を取ってくれて、そして守ってくれてありがとうね、クレール。クララかぁ……なるほど、バイエルン風に名前を変えたのね。これからの旅を考えると、いい選択をしたかも知れないわね」
「レイモンドお嬢様にお褒めの言葉を頂けるなんて恐縮で……。あっ、シャルロットお嬢様も、シャルロッテ……ロッテ様と名前を変えられているのですよ」
緊張気味のクララが、余計に頬を紅くしながら答える。
「ロッテ……可愛らしい名前ね。そう……シャルロットはもう、新しい人生に踏み出す決心ができたのね」
「ええ、姉様。もうすっかり前向きです」
「良かった、良かったけど……。ごめんなさいシャルロット……あっロッテだったわね。あなたが王都でたいへんな目に遭っている間、私はなんにも助けてあげられなかった……」
「仕方ないですわ、あの人たちは姉様をわざと王都から遠ざけてから、私を陥れる行動を起こしたのですもの。でも、もし姉様が王都にいらっしゃったとしても、あの時だけは私を助けるべきではなかったわ。私を救うことは、第二王子アルフォンス様の利益になること。姉様の婚約者……第一王子フランソワ殿下は、良い気持ちはなされないでしょう」
そう、彼らはわざわざ首席聖女の姉様を……西地区担当の聖女デボラから救援要請があったとかで、辺境に出張させてくぎ付けにしたうえで、私の異端審問を仕掛けてきたのだ。優しい姉様が、私を守ろうと行動することがわかっていたから。でも、さすがに今回は姉様の旦那様になる人も利害に絡んでいるんだから、手を出しちゃマズかったわよね。結果的には、姉様がいなくて良かったのかも。
「何を言っているのシャル……じゃない、ロッテ。私が一番大切な人は、あなたなのよ。フランソワ様は嫌いではないけれど、好きで婚約したお相手ではないわ。ロッテを守るためなら、私は王様にだって弓を引くつもり」
やだ、また、泣いちゃいそう。姉様は、私がちっちゃい頃から、こうやって守ってくれて、甘やかしてくれたわ。今日もまた……姉様は、とても優しい。
「でも、姉様。首席聖女の姉様が、なんでこんなところまで? 首席聖女は王都にいらっしゃるものでは?」
「ふふふっ。ロッテがクビになったから、聖女が七人になっちゃったでしょ。唯一任地を持たないヴァレリーは妊娠しているから王都から動けないし、東地区を担当する聖女がいなくなったわけよ。それを奇貨として、私が東地区の聖女に立候補したというわけなの。そうすれば、堂々とロッテの行方が探せるからね! そしてこうやって見つけたわ!」
いたずらっぽく笑うレイモンド姉様も、とっても素敵だわ。思わず見とれてしまう。
「西の村で獣人を連れた聖女が袋叩きに遭ったと聞いて、気が気じゃなかったんだけど・・無事に会えて、本当によかった・・」
ずっと微笑んでいたはずの姉様の頬を、一筋の透明なしずくが流れ落ちた。私は思わず姉様の華奢で白い左手を両手で包んで、一緒に涙をあふれさせたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「え? じゃ、私が作った魔獣とのコミュニティを、壊さないでいてくれるの?」
これは意外だった。だって、魔獣と人間の共生関係を積極的につくった、まさにそのことこそが、私が教会に異端と認定された事由、そのものなんだけど。
「それは当たり前でしょ。だって、森林の王者は魔獣なんだもの、戦って退けるなんてことはとっても大変よ。魔獣と人間が、うまく協力して生きていけるのならば、そのままが一番楽じゃないの。私が東地区を引き継ぐことに決めたのは、ロッテを探す目的もあったけど……他の聖女が来たら、バカ正直に教会の言うことを聞いて、せっかくロッテのお陰で仲良くなった魔獣を全部追い払うんじゃないかと心配したから、という理由もあるのよ」
「うん、うん……ほんとに姉様の仰ることはその通りだと思うのだけれど、それが教会にばれたら、姉様の立場的に、マズくない?」
「全然大丈夫だよ? だって明らかに民のためになることなんだから、本来ならいいことじゃない? 褒められてもいいはずの行為でロッテが異端審問されたのは、ひとえにあなたが、第二王子アルフォンス殿下のお気に入り……というよりもはや、べったべたに溺愛中の婚約者であったからよ。一方教会は、第一王子フランソワ様のバックにいる腐敗貴族達と、ずぶずぶの関係よ。フランソワ様の婚約者である私を、異端認定するかしら?」
「しない……でしょうね」
「そう、そして私は首席聖女なの。ロッテを失った後さらに私をクビにしたら、ロワール王国でまともに力を振るえる聖女はいなくなるわ。妖魔の群れが襲ってきたら、軍隊でも繰り出さない限り、ヤラれ放題ってことになるわね……そう思えば、怖くて私に手は出せないでしょ、ふふっ」
「ダントツトップ聖女の姉様はそうでしょうけど、私はいてもいなくてもあまり関係ないのでは……」
「う~ん、ロッテって、なんだか自己評価がすっごく低いんだよね……。私がダントツトップだというなら、ロッテは単独二位だったのよ……三位との間がぶっちぎりに離れた、ね。聖女の使う神聖魔法には邪魔にしかならない異色の魔力をじゃぶじゃぶあふれさせながら、それでも軽々と妖魔を浄化してみせるロッテは、私から見ても規格外の存在だったのよ」
「そうかなぁ? でも、もう浄化の神聖魔法も、取り上げられちゃったから使えないし」
「取り上げられた? 神聖魔法って、教会が簡単に取り上げられるようなものではないんだけどな。魔法を使えるかどうかは生まれ持った血の力で決まるわ。だから黒髪のひいおばあ様以来のリモージュ家は『聖女の血脈』なんだから」
「だって、枢機卿猊下がもう聖女の力が使えないって宣言してから、本当に……」
「ああそれは、おまじないのようなもの……催眠暗示ね。ロッテの魔法は封印なんかされていないわ、使えないと思い込まされているだけよ。まだ納得できないんだったら、私がおまじないを解いてあげるわ」
レイモンド姉様は、急に真面目な顔になって私に近づいて……私のあごを右手でくいっと持ち上げて、唇に……姉様の燃えるような紅い唇を重ねた。そして固まっている私の唇をペロッと舐めてから、言った。
「はい、これで元通り。『聖女の力』が元通り使えるはずよ」
「う、あっ……」
私は耳まで血が昇って真っ赤になって……心臓はばくばく。クララといい姉様といい、何で私のまわりの人たちは、女の子同士でこういうことをするのが好きなんだろう。
「ふふっ。ロッテの唇は美味しいわね。もうクララに奪われちゃって、初めてじゃなかったのが残念だけど」
「えっ! 何でわかるのっ……」
「だって、私は魔力の色が見えるんだもの。ロッテの魔力は綺麗な紫色だけど、今はクララの緑色が口のまわりにちょっとだけ混じってる。ああ、クララに魔力をあげたんだな……それも唇から……って、すぐわかるわ」
「え、あっ、はい、クララとだけ……」
「ふふふっ、可愛いわね。気にすることはないのよ、ロッテは魔力があふれると体調を崩すのだから、魔獣の血を引くパートナーに、定期的に吸い取ってもらわないとね」
私とクララは、茹でダコのように紅くなって固まるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます