第22話 懲りもせず村へ!

 思い立ったら吉日というやつで、私とクララは歩いて二時間ほどの村を目指した。その村は私が二年ほど前に、人間と魔犬の縁を結んだところだ。まだ、良い関係を保ってくれていればよいのだけど。


 村に近づくと、見覚えある小さな社が見える。人の背丈の半分くらいの高さで、木造のかわいい扉のない屋根と壁だけの建物だけど……中には堅焼きのパンと、よく燻した豚のソーセージ、そしてジャーキー……といったものがたくさん並べてあった。


「やったわ。これは魔犬への捧げ物ね。ということはこの村はまだ、魔獣と交流を続けているということよ」


 だとしたら……私達は歓迎されないまでも、ひどい扱いまでは受けないだろう。私は意を決して、おっかなびっくり村に入ってゆく。クララは警戒を解かずに、いつでも戦えるように準備を整えつつ、少し離れて周囲を気にしながらついてきてくれる。ほんとに、頼れる女の子なんだよね。やがて、畑で農作業をしていた初老のおじさんが、私に気付く。


「おお、これはこれは聖女様。予定よりちょっとお早いお着きですな。さあ、早う村長の屋敷へ」


 うん? 私の指名手配が回っている感じはしないんだけど、まるで待っていたようなこの対応は、何なんだっけ? まあ、深く考えないことにしよう。


 いそいそと案内してくれるおじさんに連れられて、二年前にも訪れた村長の家に向かう。前に来た時と比べると、村の家々がみんなすっきりときれいに……傷んでいたところも全部修繕してある感じ、余裕が出てきた感じがうかがわれるわね。魔獣との共生で、村人の生活が少しでも豊かになったのだったら、嬉しいな。


 そして村長さんのお屋敷に招かれる。よく見れば、お屋敷の調度なんかも、以前より良いものになっているみたいだな。


「おお聖女様、ご無沙汰いたしております。聖女様のお陰で、魔犬の害がなくなるどころか、あれらが畑の作物を害獣から守ってくれましてな。なんだかんだ村全体で収入が三割ほど増えまして……まったくありがたいことで。いやはや、お越しをお待ち申しておりましたぞ聖女様。ろくなおもてなしもできませぬが、本日は当村にご逗留頂けるのでしょうな……」


 私の記憶にある姿より、白髪がちょっと増えてお腹が出た村長さんが、饒舌に歓迎してくれる。


 でも、う~ん、何か変だ。


 さっきのおじさんにしろ、この村長さんにしろ、まるで私が来ることを知っていたかのような反応をする。


「あの……村長さん。私が来るってこと、なんでわかったんですか?」


「ん? そりゃあ、領主様からお触れが来て、『今日、聖女様が当村に巡察に来られるから、丁重におもてなしするよう』申しつかっておりますからのう。いや、もちろん領主様の命令などなくても、聖女様が来られるなら、大歓迎というものですわ、わっはっは」


「え? 今日、聖女が来るって・・??」


 私は固まる。その「聖女」って、明らかに私のことではないわよね。


「ということは、ロッテ様の後任となった『聖女』なのでは?」


 クララの推定に、ほぼ間違いないだろう。これは、極めてヤバい。


 教会は、魔獣との共生を進める行為を異端として私を追放した。だから、後任の「聖女」は、魔獣と親しく交わることを、良しとしない者が任ぜられるだろう。おそらくは二つ年上の侯爵令嬢デボラか、一つ年下の子爵令嬢クリスティーナか……彼女たちは、アルフォンス様との「聖女見合い」で自分が選ばれなかった時以来、ずっと私に敵意を抱いていたはず。ここで鉢合わせしたら、実にマズいことになるわ。


「あ、村長さん。再会は、とってもうれしいのですけど、村の外に供の者を待たせておりますので……」


 これは早く逃げ出すしかない。私は、我ながら下手な言い訳をしながら村長さんの家を辞そうとした。


「聖女様、そうおっしゃらず……」


 村長さんは一生懸命引き留める。それはそうだ、目一杯もてなせと命じられた客が、来て数分で帰ってしまうというのだから。


 お屋敷の玄関先で押し問答する私の耳に、村人の歓声が聞こえた。


「聖女様のご一行が、おいでになったぞ!」


 ご一行というからには、明らかに私達ではない「聖女様」がおいでになったのだ。私はもう礼儀も遠慮もかなぐり捨てて、村長のお屋敷から逃げ出した。


 だけど、もう遅かった。その時には私の眼前に、「新しい聖女様」のご一行がいたのよね。護衛の騎士を四名も連れて……これは、逃げようにも逃がしてもらえないかな。私は恐る恐る、その「聖女様」を見た。


 「聖女様」は初夏の日射しを避けるためか、濃い青色のヴェールをかぶっていた。その隙間から澄んだ青い瞳がのぞいた次の瞬間、その「聖女」は自らのヴェールを、さっと背後に取り払った。


 そこに現れたのは、まるで黄金のように色濃い金髪に、白く美しい小顔。その中央には高い鼻梁が自己主張し、青い瞳のすぐ上で、細いけど色濃い眉が強い意志を示している。そして燃えるような赤い唇……私はこの容貌を、幼い頃から、とてもよく知っている。この、一度見たら忘れられない印象的な美貌を持つ人は……。


「レイモンド姉様っ!」


 私はその「聖女様」の名前を呼んだ。そしてその「聖女様」は私に向かって両腕を広げた。私は迷わず、その人の胸に飛び込んで、全力で抱きついた。


「姉様っ、姉様っ……」


 ダメだ。また私は、泣き虫になってしまう。とても私と姉妹とは思えない豊かな胸に顔を埋め、みっともないほど大きな声を上げて、涙を流せるだけ流した。レイモンド姉様は私の頭を、昔と変わらない様子で優しく、ゆっくりと撫でてくれた。


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