第9話 獣を癒す力

 おじさんに甘えてクレールを背負うのをお願いして、森の中に目立たない岩穴があるところまで送ってもらった。


 おじさんにも少ないけど同志がいるみたいで、荒らされないようにこっそり除けてくれていた私達の荷物も、一緒に運んでくれた。申し訳なく思いながらも、私は痛む自分の身体を動かすのに、精一杯だった。


「気にせんでいい。お嬢さんのやってくれたことにちゃんと感謝してる奴も、少なくないってことだ」


「ごめんなさい、もう少し頑張って教会に根回しして、異端扱いされないように気を付ければよかったよね……」


「多分、無理だったろう。聖女の異端を村に伝えに来た司祭の眼は、魔獣への嫌悪に狂っていたからな。ああなった人間は、もう修正が利かんよ……さあ、我々が助けてやれるのはここまでだ。森の中は何かと危険だが、守ってやることもできん。あんた達なら魔獣に襲われることはなさそうだが……」


 はい、魔獣ならたぶん大丈夫なんです。だけど……妖魔や普通の害獣は、じゃんじゃん襲ってきますけどね。


「ありがとう……何とか、生き延びるよう頑張ります」


 おじさんたちは、憐憫の視線を私達にちらっと向けて、去っていった。


しかし、参ったわ……。


 クレールが文字通り半殺しにされてしまっている現状では、害意を持った何かが襲ってきたら、近接戦闘なんかできない私だけ……もって瞑目するしかないわよね。とにかく数日ここで隠れて、クレールが回復するのを待つしかないわ。


 痛む身体を引きずりながら、岩穴の中に簡易テントとブランケットで横になれる場所を、何とかつくる。あの乱暴者たちが、殺し損ねた私達を探しに来ないとも限らないから、火は使えない。クレールを横向きに寝かせて、水を飲ませようとするんだけど、飲み下す気力もないみたい。浅く早い呼吸が時々途切れるのが、私の不安をかき立てる。ダメだ、落ち着け、私ができることは何なんだ、私を助けてくれたクレールのために。


 十分ほど真剣に考えた挙句……これ以上深く考えるのは私の性分では無理なので……正解かどうかわからないけど、ひとつの結論に達した。私は上着を脱ぎ、上半身は下着まで脱いで裸になった。そして同じく上半身を露わにしたクレールの背中に私の胸とお腹をくっつけて……腕は彼女の肩に回し、できるだけ密着して、その上からブランケットをかぶった。


 クレールは私を背中から抱き締めることで魔力を吸い取ってるんだから、私からクレールを抱きしめれば、魔力を与えることが出来るんじゃないか、そしてその魔力が少しでも彼女の回復の助けにならないかな? という、ごく安直な発想だ。服を脱いだのは、できるだけ効率良く魔力を伝えるために、邪魔そうなものをどけただけなんだけど……適切なのかどうかはわからない。


 私が胸を押し付けたら、浅かったクレールの呼吸が、ゆっくりしたものに変わっていった……ん? もしかして、効いたかも。


 そして、確かに私の身体から、何かもやっとしたものがクレールに向かって流れていくような気がする……あくまで、気がするだけなんだけどね。


 お願い、少しでも、よくなって……不思議な感覚の中で祈っているうちに、私は意識を失ってしまっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 思わず寝てしまっていたらしい。


 ダメじゃない、きちんとクレールの様子を見てなくちゃ。彼女は、重傷なんだから。


 ぼんやりした意識から覚めて、眼をゆっくり開けたら、鼻がくっつくほど目の前に、クレールの微笑みがあった。


「クレール?」


「シャルロット様……ありがとうございます。私を癒してくださって」


「癒して……って、あれが、効いたの? 少しは、良くなってきたの?」


 やばい。気が緩んだら、また涙が出てきてしまう。クレールが眼の前からいなくなってしまうかもしれないっていう仮定は、私にとって想像以上の恐怖だったんだ。


「ええ。少し、じゃなくて、すっかり……ですわ。私も、驚いています。内臓まで傷ついていたはずなのですけど……シャルロット様に抱いて頂いたら、この通りです!」


 そう言うなり私をぎゅっとホールドしてくる。あの……間違いなく何本か、肋骨もイってたはずよね? まさか、骨まで直っちゃったの?


「う~ん、よくわかんないけど、魔獣の血が流れているクレールには、私の魔力が特効薬になったって思っていいのかな?」


「私にもわかりませんけど、そう考えるしかないのでは?」


「……うん、そう……良かった……う、う……わぁぁぁん!」


 彼女が大丈夫だってわかったら、私の中で何かが切れてしまった。私はクレールのあんまり大きくない胸に顔をうずめ、ひたすら大声を上げて泣いた。クレールはそうしている間、ずっと私の頭をぽんぽんしてくれていた。


 そして私が少し落ち着いた後。


「でも、シャルロット様に大きなお怪我がなくて、良かったですわ」


「それはクレールが自分の身体を張って、あいつらから私を守ってくれたからだよ。あの村でのクレールは、私の立派なナイト様だったよ」


 翡翠色の瞳が一瞬きらっと光る。何かわからないけど、不気味な予感がするわ。


「ナイト……騎士ですか。たいへん素敵な表現、実に光栄ですね。それでは……騎士の献身に対してひとつだけ、姫からのご褒美を頂戴してよろしいですか?」


「ご褒美??」


「ええ、ご褒美です。それでは、頂きますね」


 次の瞬間、私の唇が柔らかなものでふさがれた。そして、しなやかでいて少しざらっとしたものが唇と歯を割って入り込んできて、私の舌に絡み付いてくる。私はされるがままになって、ひたすら硬直しているしかなかったのだけど。そして数十秒の後……。


「はぁ……っ。ご馳走様でした。やっぱりシャルロット様の魔力を最高に美味しく、そしてロマンチックにいただくためのは、こういうやり方がいいなと、かねがね夢に見ておりましたの、ようやくかないましたわ」


 私はまだ呆然として、クレールの発言に突っ込みを入れることもできなかった。


「まだ、誰ともしてなかったのに……」


「あら、女同士ですから、ノーカンですわ。でも、先々素敵な殿方といたされる前に、私で練習しておくとよろしいのではありませんか?」


 純情少女みたいだった仮面を脱ぎ捨てたクレールは、結構エロい狼だった。ひょっとして死にかけ体験をしたから、人生開き直ったのかしら……。私は、耳まで熱くなって、しばらく彼女の方をまともに見られなかった。

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