第8話 かごめリンチ

 翌々日。


 今日も私は朝から絶好調だ。昨晩もクレールに夜通しひっつかれて、魔力を吸い取ってもらってるからね。クレールも私の魔力でお肌つやっつやだし、これってウィン・ウィンの関係ってやつだよね。


 気分がいいから朝食も美味しい。おととい村で卵とチーズ、バターを仕入れたから、クレールがチーズオムレツを作ってくれたの、これがもう絶品なの。う~ん、匂いも味も、舌の上でとろける食感も、たまらないわ。何度でも言うわ、私が男の子だったら、絶対クレールをお嫁さんにする。


「シャルロット様、この先の村には、寄られるのですか?」


「う~ん、ここも魔獣と盟約を結んだ村なのよね。出来るだけ続けるように説得したいんだけど……」


「問題があるのですか?」


「おとといの村よりもかなり大きい村だから、いろんな考え方の人がいるんだよね……」


 そう、いろんな考え方……王都市民に近い考えの人も、多くいるんだよね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 迷ったけど結局、村に寄って話をすることにした。


 村に入ると、遊んでいた子供が真っ先に私に気付いた。まあ、私の真っ黒で長いストレートヘアは、この国ではとっても目立つからね。


「あ~、聖女様だ~」「ほんとだ~」「黒い毛の姉ちゃんだ!」


 男女合わせて四~五人の子供が、わいわいと私を囲む。うん、可愛い。


「みんな元気にしてた?」


「うん元気だよ」「見てわかんねえのかよ聖女の姉ちゃん!」


「ごめんごめん、見たらわかるよね~。みんな楽しそうでよかったよ」


「でもね~。もう柵の外に遊びに行っちゃいけないんだって、つまんないんだよね」


「えっ?」


 村は外敵を防ぐため、周囲に木の柵をめぐらしている。私がここに来る前には、柵は必須設備だった。だけど魔獣との盟約が成った後は、危険な妖魔や害獣を彼らが追い払ってくれるから、柵の外で子供が遊んでも平気になったはずなんだけど。


「柵の外は危ないって?」


「そうなの、妖魔が出るんだって」


「あれ? 魔獣さんはどうしたのかな? 魔獣さんが妖魔や危ない獣を追い払ってくれていたはずなんだけど?」


「魔獣さん……お父さんたちが追い払っちゃった。魔獣も妖魔も同じで、危ないんだって」


「そんな……」


 どうもこの村では、私が恐れていた事態が予想より早く起こってしまったらしい。マズい、ここに立ち寄ったのは、やはり間違っていたのかも。


「いたぞ!」


 野太い男の声。そして数人の村人が、こっちに向かって走ってくる。


「えせ聖女! この村に何しに来た!」


 太い木の棒を片手に持った少壮の男が、こっちに向かって大声で怒鳴る。子供たちが怖がるから、やめてくれないかな。


「えせ……って、確かに私はもう聖女ではありませんけど……あなた達は、魔獣を追い払ってしまったのですか? 村を妖魔や害獣から守ってくれていた、魔獣を?」


「守ってくれたあ? 魔獣も妖魔も、魔の眷属である以上善なるものではないわ」


「私が立ち会って魔獣と盟約を結んだ際には、この村の人たちはみんな喜んでおられたはずですけど……」


「五日前に教会からお触れが出た。魔獣と交わる者はそれ異端者なりと。そして、魔獣との交流を訴える闇堕ち聖女は、破門し追放したと。お前はもう人里に近づくことは許されないはず……何も知らない子供をたぶらかそうとは、まったく腹黒いことだな」


「たぶらかす? そんなつもりは……」


「直ちに去れ! さもなくば打ち殺すぞ!」


 私の前には、村の男たちが十人ほど……みな棒や鋤を持っていて、殺気立っている。これは、とても話が通じそうもないわ、ここは撤退ね。


 そう思っていたけど、私達が退くより先に、一人の男が私に向かって石を投げてきた。それは躱したけれど、それを見て心理的なストッパーが外れたのか、村人たちが次々と投石を始める。避けきれるものではなく、肩に、お腹に……そして頭に石が当たる。うわっ、これは痛い、気が遠くなるわ……


「シャルロット様っ!」


 意識が薄れて倒れた私に、クレールが覆いかぶさってかばってくれた。だけど、相手が獣人に代わったら、村人はさらに容赦なくなるの。石では飽き足りず、クレールと私を囲んで直接、本気の蹴りを入れて来る……私が一回痛みを受ける間に、クレールの低い呻きが五回は聞こえる。ごめん、ごめんクレール。


「やめてよ! 聖女のお姉ちゃんが何したのよっ!」


 無抵抗で地面に横たわる私達の上に、二人の小さな女の子……村に来た時、最初に話した子たちが、泣きながら覆いかぶさってきた。


「こんなことしてたら、お姉ちゃんたち、死んじゃうよ!」


 さすがに男たちもひるんで、暴行が止まる。


「おいお前ら、本当に殺してしまったら、タダじゃ済まんぞ。そのへんでやめるんだ!」


 タイミングを測っていたのか、遠巻きにしていた人たちのうち、落ち着いた感じの中年のおじさんが、興奮して私達に暴行を続けていた男たちを止めた。男たちは、しばらく逡巡した後、やがてつばを吐き捨てながら去っていった。


 止めてくれたおじさんの顔には見覚えがあるわ。魔獣との盟約を結ぶときに、立ち会ってくれた地域のリーダーさんだ。おじさんは、灰色の眼に哀しみを浮かべて私に言った。


「すまんな、お嬢さん。わしらには、あ奴らを止めることができなんだ。村の教会が『聖女は異端の道に堕ちた』と喧伝してな……」


「……うっ、いたた。やっぱりここのように大きな村は、王都教会の意志を受けて、魔獣と共生する道を……破棄したのですね……」


「そうだ。それどころか、こんなところにお嬢さんたちがいたら、遠からず本当に殺されかねない。傷は痛むだろうが、はやくこの勇敢な人狼の娘さんを連れて、森に逃げ込むんだ」


 そうだ、クレールは大丈夫なのか。私をかばって、私が受けるべき制裁のほとんどをその身に受けたクレールは、私に覆いかぶさったまま、浅い息を吐いている。


「多分あばらが何本か折れておるな。内臓が傷ついていないとよいのだが。森の中まで、わしが送ろう」


「そんなことしたら、おじさんの立場が……」


「もう、すでに立場は悪いわい。それに、お嬢さんの華奢な身体では、この娘を背負っていくことは、できなかろう?」


 ええ、おっしゃる通りですわ。

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