転生陰陽師
シューギュ
第3話 DOUMAN、襲来
草木も眠る丑三つ時。暗い闇の中、黒曜の体が艶やかに光る。
「ふっふっふ・・・異なる時代に『転生』とやらをしたという晴明を追ってみれば・・・かような場所に出るとは」
「とはいえ、晴明めにできることが宿敵である私にできないはずもなく。まずは手始めにこの場所を打倒晴明の本拠地としてくれよう。フフフフフフ、アーーーッハッハッハ!!」
「あっ、おまんじゅうだ」
高笑いしていた道満の頭の上を、女の童の声が通っていく。
(饅頭? わたしが? まさか。私は歴とした人間としてここに『転生』されてきたのだ。そのようなものではないぞ、童)
だが、霊や物の怪を知る耳や目を持たぬまなには、道満は明らかに。ものいわぬ黒い饅頭でしかなかった。
まながリビングの電気をつける。一瞬にして辺りが明るくなるが、当世令和2年の世の知常識を、晴明の知識から盗み取っていた道満には、そのようなものへの驚きは些事でしかない。
だが、それよりも許せないのは・・・・
「誰が買って来たんだろう・・」
(ぬっ。私の言葉が通じておわぬ。服ばかりが上等な、愚かな童が寄って来おった。我が身を饅頭呼ばわりした罪、その命で贖え!)
眠い目をこすりながらぼんやりしたまなの手が邪気を放つ道満まんじゅうを持つ。
だが。
「うわっ、なにこれ!? くっさあ・・・・」そのあまりにひどい匂いに、まなはまんじゅうをさらに戻す。
(なん・・・・だと!?)
「何この匂い。なまの魚みたいな臭いと、お肉の・・・脂? みたいなの。くっさ!」
道満は童の言葉と視線が、自分を忌まわしい物のように示していることに気づき、ふたたび驚きを隠せなかった。
(私が、くさい? ばかな。拙僧がこの場所に転生する際、仮の肉体を作るときに、確かに獣の肉や生魚などを使いはした。だが、人間の形として捏ねたものがそうような形であるはずが・・)
当然、まなにもその気持ちは伝わらない。
「なんなんだろう。こんなのだれもたべないよ。捨てちゃえ」
まなは道満まんじゅうon皿を、容器ごとゴミ箱へと運ぶ。
(なにーーーーーーー!!?)
道満三度目の衝撃であった。食べ物扱いのままなこともそうだが、まなの手で持ち上がられて初めて、自分が本当に、ただの饅頭にいあっていることに気づいたからだ。
「なんということだ。あれだけの準備をしておきながら、自らの手も足も、この世に持ってくることができなかったとは!!! 何を間違えた! 何を晴明と違えた!!」
「どうしたまな。騒がしいぞ」
隣の部屋から当の宿敵、安倍晴明が現れた。
「あっ、晴明。またなにかヘンなものつくったでしょ。いくらかかったの」
「い、いや・・今日はまだ何もつくっていないし、したとすれば家事用式神を改良して、家庭用ガスの扱いを覚えさせたところだが・・」
(なんだこの童は。私の念をまるで解さぬくせに、晴明を顎でつこうておる・・)
まだ幼い女の童に睨まれて、あわてふためく晴明を見た道満は、宿敵の情けなくも愉快な姿に、喜ぶべきか、情けなく思うべきかで複雑であった。
「そ、そんなことより。まなはこんな遅い時間に何してるんだい?」
余程まなの怪訝そうな視線が恐ろしいのか、晴明は話題を逸らす。
「のどかわいたから、水のみにきたの。そしたら、こんなヘンなものみつけて・・これ、晴明のでしょ」
そんな彼に目の前に、まなは道満まんじゅうをつきつける。
その瞬間だけ、まなに向けていたオロオロとした顔が変わる。
「・・・・ああ、これは、わたしゆかりのものだね」
(ほう・・やはりこやつ)
道満と晴明、当世で合い間見え、片やまなの遣いから平安の陰陽師として、片やまんじゅうから在野の陰陽師の顔に戻る瞬間であった。
(久々だな晴明よ。まさか童の丁稚に身を堕とすとはの)
(まんじゅうにしか転生できなかった君に言われたくはないな。とはいえ・・どれ、今回の退治は楽にすみそうだ)
そう念で会話しつつ、晴明は片手で道満まんじゅうをもつ。
(なっこのっ、離せ晴明! 当世でも私なぞ相手にならぬと虚仮にするか!! 呪ってやる。この身の全てを使って、貴様を呪ってやる!! 六淫の邪気をあふれさせ、お前の新たなる住まいを人のおられぬ場所にしてやる!)
(そうか。道満おぬし、この世の人々に害をもたらすつもりか。ならば)
そういって晴明は口を開け、道満まんじゅうを口に運ぶ。
(なっ・・・・やめろ!! この身を喰らおうなどとは、なんたる暴虐! やめろやめろはなせ、呪ってやる! 呪ってやるぞぉぉぉぉぉぉぉ)
(やかましい、甘味がしゃべるな)
そういって、晴明は一口で道満まんじゅうを食べた。
「おいしい?」
まながおそるおそるたずねる。おなか、だいじょうぶなのだろうか。
一方晴明はというと、
「不味いな。形こそ甘味・・・饅頭のようだが。らしからぬ臊(あぶらくさし)、腥(なまぐさし)にすぎる臭いが鼻を抜け、同じ印象の過剰なまでに濃い味がする。常人であればこれ一つで衛気・・・・身体の防衛機能を犯され病に臥せるところだ」
そう言う割には表情一つ変えずに、淡々と宿敵とその身にかかる呪を解析していた。
それを聞いたまなは「いけないものを食べた」とだけ理解したらしく、血相を変えて晴明の背中を叩き出す。
「そんな! ものなら!! ペッしなさーーーい!! ペッ!!」
「いたいいたい! わたしなら大丈夫! わたしだからだいじょうぶだから!! そんなに騒がないで〜〜〜〜!!!!!!」
結果。夜遅くに起こされたまなの両親に、正座させられ。こっぴどく叱られたのでした。
(第4話へ)
(つづかない)
転生陰陽師 シューギュ @syugyu1208
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