第3話 可愛い女の子連れ回してみたかったのよね。
「もう帰っちゃうの?菊川桜さん。」
玄関先で腕を組みながら壁に寄り掛かっていたのは、綺麗な女の人でした。
漂うキャリアウーマンの風格、女優さん顔負けの美貌、高そうなパンツスーツ。女性の私でも惚れてしまいそうだった。組んだ腕から見える、見た目には不釣り合いなゲーム屋のビニール袋が下がっていること以外は。
「菊川さん。面接に来たんでしょう?」
「はい。……ですが。」
「その見た目は。」
「すみません。」
女性は私の姿を見ると、声を荒げた。
「小湊。華島。今すぐ来なさい。」
はい、と声をそろえて慌てて先ほどの二人が走ってきた。
「これはどういうことかしら。」
「あの子が急に立ち上がったんで。」
「彼女が立ち上がる環境を作った要因は?」
「僕が菊川さんに淹れたコーヒーを華島が勝手に飲んだからです。」
「なるほど。そうだと思ったけど。華島。」
「は、はいっ。」
「あんたは今すぐ駅前のケーキ屋でケーキ買ってきなさい。もちろんあんたのお金を使うこと。一番良いのを買ってくるのよ。人数分。小湊、あんたは応接室の片づけと、デスクを一つ追加で用意しておいて。」
「わかりました。」
「そして菊川さん。」
私に振り返り、女性は自信満々かつ、新しいおもちゃを見つけた子供のような好奇心に溢れた笑顔をこちらへ向けた。
「あなたは私と面接。さあ、行くわよ。」
有無を言わさず、女性は私の手を取り、グイグイと引いた。私は慌てて靴に履き替えて、半ば転びそうになりながら腕を引かれるままに彼女に連れ出されてしまった。そしてあれよあれよという間に車に乗せられた。
「さあ、行くわよ。」
勢いよくアクセルを踏む女性。
「そういえば自己紹介してなかったわね。私は、兎川オフィスの兎川伊子。『いこ』で良いわ。今日から君の上司。覚えておいてね。」
「あの、面接は?」
「出かけるための口実。面接なんて大それたことしなくても貴女のことは大体調べてあるから知ってるわ。」
「え?」
「菊川桜。誕生日は2月11日。身長155センチ。体重は…伏せておくわね。家族構成は、両親と姉が一人の4人家族。両親の反対を押し切って実家から出て都会の大学に進学。順風満帆なキャンパスライフをエンジョイしたのち、襲い掛かる就活に現在全敗記録更新中。特技は」
「ちょっと待ってください。なんでそんなこと知ってるんですか。」
「ここがそういう職場だからよ。」
「どういうことですか。」
「簡単に言えば情報屋さん、といったところかしら。情報を制する者は世界を制するって言うでしょ?それが派生していろいろな仕事をしてるって感じ。まあ、これは仕事をやっていけばわかるわ。給料は大体こんなもん。」
運転しながら伊子さんは鞄から手探りで紙を取り出し、私の目の前に突きつけた。そこに書いてある金額はその辺の公務員よりも十分すぎる金額だった。都心で生活してもおつりがくるくらいだ。
「こんなに。」
「そ。結構な高給取りでしょ?」
「ええ、そうですね。」
「あと聞きたいことは?」
「社員さんは?」
「兎川伊子、小湊文人、華島草介の3人よ。ちなみに華島は、『かしま』って読むの。『はなじま』じゃないわよ。やたらメガネにこだわる変人メガネストよ。いつもメガネの自慢をしてくるからすぐに覚えると思うわ。小湊はもう自己紹介されてるわね。っていうかあの子私の壊れた自転車のって買い物に行くなんて。菊川さんが怪我したらどうするつもりだったのよ本当に。」
伊子さんは何やらぶつぶつ言っているが、それは聞き流すことにした。
「というわけで、到着よ。さあ、行きましょう。」
いつの間にか車は店の駐車場に駐車されていた。私は伊子さんに言われるままに車からおりてついていった。入口を開けると、綺麗な店員さんたちが綺麗なお辞儀をしてくれる。慣れない空間だった。
「兎川様。いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で。」
「この子に合うオーダースーツをお願い。」
「かしこまりました。さあ、こちらへ。」
「どういうことですか。」
「良いから。」
兎川さんは私をじっと見る。私はまるで蛇に睨まれたカエルの様に固まってしまった。そこからの記憶はあいまいなのだけれど、あちこち採寸されて、いつの間にか高級なパンプスやオフィスバッグを購入され、しまいには高級そうなワンピースまで買ってもらい、それを着たまま店を出て、着てきたスーツはゴミ箱へ軽やかに投下された。そして美容院でカットされ、高級そうな化粧品でメイクされ、気が付けば頭の先から足の先まで見違えるように綺麗にされていた。自分の顔を鏡でみて第一声が「誰?」だったのだから。
頭が現状に追い付かないまま、車でいろんな店を連れ回され、気が付けば私は再び兎川オフィスの古民家の前に立っていた。
伊子さんは満足そうに笑っている。この数時間の間にいくら使ったんだろう。
「楽しかったー!一回可愛い女の子連れ回してみたかったのよね。さ、我らの会社に行くわよ。菊川さん。」
ガラガラ、と音をたてて玄関を開け、先ほど私がコーヒーをかぶってしまった応接室まで案内される。すると、応接室には美味しそうなケーキが用意されていた。しかしそこにあるのはケーキだけで数時間前に知り合った文人さんもメガネの華島さんもいなかった。
「さて。菊川さん。あの2人、何処にいると思う?」
「存じ上げないです。」
「じゃあ、よーく耳を澄ませてみて。」
言われるままに耳を澄ませてみる。すると、微かに食器を取り出すようなカチャリとした音と、上の階からパソコンのキーボードをたたくような音が聞こえた。
「あっちの方から、食器を取り出す音、上の階からはパソコン触っているような音がします。」
「そう。小湊、華島。応接室に集合。」
伊子さんが大きな声を出すと、私が指さした方向から「はーい」という返事が聞こえた。そのあとでトントンと上の階から階段を下りてくる音も聞こえた。
「やっぱり。あなたとっても耳が良いのにね。良い特技を持ってるわ。」
伊子さんはウインクをした。私は何のことだかよく分からなかった。
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