棚ぼた王太子とツンデレ公爵令嬢の真実の愛?の物語
別所 燈
第1話
リベレッタ・オードリーは公爵家の次女である。オードリー家はアルタイ王国の名門貴族だ。
そして、彼女には年の離れた姉がいて、今は隣国の王太子妃におさまっている。
オードリー家は自国に限らず他国の王族に娘を嫁がせることで各国の王族と親戚関係となっていた。
そんなオードリー家は、「王妃養成所」と呼ばれ、一部では妬まれ、忌み嫌われていた。
今、リベレッタがしなければならないことはこの国の王太子妃となること。父も母もそれだけを望み、そのためリベレッタは厳しく育てられてきた。そしてリベレッタは見事王太子の婚約者におさまった。
しかし、リベレッタが十七歳になったある日突然神殿に神託がくだる。この国の王太子妃は聖女であらねばならぬと。そうしなければ国に天変地異が起こると言う。大神官ガルドの元に下ったその神託に国中のものが震えあがった。
リベレッタの頭には、外国語やマナー、ダンス、国内外貴族の個人情報、社交での会話術などが詰まっているが、生憎と神殿には関心が薄い。
そのうえ、聖女など神代の時代の話、彼女の中で宗教は知識・教養に変換され、国の祭祀で登場する儀礼的なものだった。
リベレッタは貴族学園でも、とても優秀で学年では常に上位の成績をおさめ、まさに才色兼備。努力こそが大事と歯を食いしばり頑張ってきた。
だから突然降ってわいたこの珍事に彼女は大いに戸惑う。神託や聖女など神話の中の出来事かと思っていたのだ。
そして一月後にこの国の妙齢の貴族令嬢を集め、聖女判定をすると神殿が発表した。リベレッタは焦った。噂によると聖女はたちどころに病を治すと言う。彼女にはそんな力はない。よって、自分が聖女ではない。
折角、親の言いつけ通り努力に努力を重ね王太子の婚約者におさまったのに、このままでは王太子とは結婚できなくなってしまう。
神託のあった一週間後、王太子リカルドとの定例のお茶会が開かれた。これは二人が婚約した十二歳の頃から続いている。
この国の王太子は銀髪に青銀色の瞳を持ち、すっと通った鼻梁に、アーモンド形の瞳、形の良い唇と、各パーツが絶妙な配置に並んでいる。非常に美しい容貌をしていて、キラキラとしたオーラを常に放っている。そして彼は今日も眩しい。
バラ咲き誇る庭園でリベレッタは彼に言い募る。
「殿下、どうしましょう。私達の政略結婚が今にも、神殿のご神託に潰されそうです」
「ははは、相変わらずリベレッタは。身も蓋もないな」
銀髪の美丈夫、リカルドは鷹揚に笑う。
実は彼は本来王太子になる予定ではなかったが、たまたま優秀な兄が失脚し、棚ぼた式で王太子になった。
ついたあだ名が棚ぼた王太子。オードリー公爵家が裏で糸を引いたのではという噂もあるが、事実は定かではなく、リベレッタは何も知らない。
「大丈夫だ。リベレッタ、君と僕がもし運命の相手ならば、必ず君は聖女判定に打ち勝つだろう」
棚ぼた式で王太子になっただけあり、彼は言うことはいつも楽天的だ。
「馬鹿なこと言わないでください。私達の婚約は政略的なもので、運命でも何でもありません。言うなれば、オードリー家と私の努力の賜物です。それに聖女判定に打ち勝つって何ですか? 私が聖女ではないことははっきりしています。判定を待つまでもありませんよ」
リベレッタは勝気そうな金色の瞳をキリリと上げる。
彼女も公爵令嬢というだけあって、かなりの美貌の持ち主だ。髪はこの国の貴族に多い金色、そして瞳の色はとても珍しい金色。透けるような白い肌をもつ美少女だ。ただお妃教育の副作用か、表情に乏しい。怒っていないときは、常にプリンセススマイルを浮かべている。
「ははは、そこまではっきりと言いきられると、僕もなかなか切ないよ」
彼は愉快そうに笑い、豪奢な皿に盛られた美味しそうなマドレーヌをポンと口に放り込む。
「殿下、お行儀が悪いです。それにとても楽しそうに見えます。私と結婚できなくなってもいいんですか! オードリー家の後ろ盾がなくなりますよ」
リベレッタがきりりと眉を吊り上げ、リカルドにジリジリとにじり寄る。美人なのでかなりの迫力だ。
「いやあ、それは困るな。でも、大丈夫。君と僕の真実の愛さえあれば乗り越えられる!」
「真実の愛? もう、たくさんです。殿下なんか知りません!」
リカルドはいつもこうだ。リベレッタはイライラと己の額に手を当てる。この人は流れに身を任せて逆らおうとしない。リベレッタはそんな彼にいつもヤキモキさせられるのだ。
♢
リベレッタも最初のうちはリカルドのいつもと変わらぬ態度に腹を立てていたが、だんだん悲しくなってきた。
彼女は、王太子妃になるよう育てられた娘だ。リカルドと結婚できなかったらどうすればよいのかわからない。今までの努力はすべて無駄になる。そして今まで受けてきたお妃教育も。
学園が終わると、家には帰らず王宮で教えを受けてきた。それはとても大変なもので、リベレッタに遊ぶような時間はなかった。
リカルドはというと、彼は王宮内をへらへらと流されるように生きている。棚ぼた王太子と呼ばれる前は顔だけ王子と呼ばれていた。もちろん顔面偏差値のみ、異様に高いということだ。
彼は大丈夫だとリベレッタに安請け合いするが、不安しかない。何せラッキーだけの棚ぼた王太子だから。
その後、ご神託はリベレッタの予想通り、王家と貴族の間に軋轢や大きな波紋を呼ぶ。父公爵は連日王宮に詰めている。そして母は、あなたは王太子の婚約者であるのだから、今は余計な心配はせず「為すべきことを為すのです。精進なさい」と言う。
リカルドと本当に結婚できるのだろうか? そのために頑張ってきたのに。
そんな風にリベレッタが悩んでいる頃、王太子リカルドからいつもの花束が届いた。メイドのミレーがそれを届けにくる。
婚約以来定期便のように週に一度の花束が届けられる。こういう所、リカルドは几帳面だ。そして相変わらず花束には「麗しの君へ」というちんぷな定型文が書き込まれたカードが添えられている。
王太子リカルドはことの重大性を理解していないのか。それとも己の王太子としての立場が盤石ならば、相手は誰でも良いのか。
リカルドの流麗な文字を見ながらリベレッタは悲しくなる。
子供の頃から、初めて王宮であなたに会ったときから……頑張ったのに。
♢
そうこうするうちに聖女判定の日がやって来た。
判定の仕方は簡単で、祭壇に備えられた水晶に向い手をかざし、水晶がまばゆく輝けば聖女なのだそうだ。
そして、神殿に入る前に神官により、腕輪を装着される。それは魔道具で魔法を使うと赤く光る。水晶を魔法で光らせるという不正を防ぐためだと言われた。不敬だとつっぱねても良かったが、それをすることによって水晶が光った場合、不正を働いたと言われてしまう。
神殿の大広間の祭壇に大きな水晶が設置されている。順番は神殿に到着した順だった。神殿内では身分差はなく誰でも平等に扱うという建前があるからだ。
リベレッタは神殿へ行くのが憂鬱で、すっかり遅くなってしまった。まだ誰も祭壇の水晶を光らせていない。つぎつぎに判定が下っていく。もちろんまだ聖女は誕生していない。このまま聖女など現れなければいいのにと祈る。
刻々とリベレッタの番が近づいてくた。ドキドキしながら、祈る思いで、順番を待つ。あと一人というところで、水晶球が輝いた。
「聖女様が現れました! ドーソン男爵令嬢アマンダ様です」
ふわふわとした亜麻色の髪の少女が微笑んでいる。
「終わったわ」
リベレッタは膝をつく。自分が聖女だとは到底思えない。
しかも聖女はアマンダ・ドーソン、苦い思いがよみがえる。彼女は学園で同じ学年だ。とてももてる女生徒で、学園で何組かカップルを壊している。ついたあだ名がブレイカー。もう本当に嫌だ。とリベレッタは思った。
彼女は顔だけ王子のリカルドに散々媚ををうっていた。幸いリカルドはああいう性格なので彼女に靡くことはなかった。
へらへらしながら、王宮の権謀術数のなかを泳いでいるだけあって、彼はきちんと計算している。どれだけ魅力的な娘でも彼女の家には何の旨味もないと。だから、靡くことはなかった。
そしてリベレッタは知っている、アマンダより自分が美しいことを。だがアマンダのように可愛くないということも分かっている。だから、オードリー公爵家と言う名がなければ、どの殿方も自分を敬遠するだろう。
しかし、無情にもリベレッタの順番はやって来た。
(いや、もう聖女決まったんだしやめようよ?)
とは言えず。誇り高いリベレッタは前へ進む。これ恥かかされるやつ……。リベレッタは絶望した。
そして水晶球に手をかざす。案の定、うんとも寸とも言わない。場は一瞬静まり返る。それからひそひそと早くもリベレッタを非難する声が広がって行く。
さしずめ「オードリー家ざまぁ」だ。
オードリー家は代々王家に嫁ぐものが多い。もちろん、すり寄ってくる者も多いが。その分妬みも多く、恨みも買っている。オードリーの失脚を狙うものは少なからずいた。
ここにいる半数以上の令嬢達は「ざまぁミロ」と思っている。リベレッタに負けて王太子の婚約者になれなかった者達もいるのだから。
すると神官長オズワルドがやって来た。
「リベレッタ様、残念ですが、あなたには聖女の資格はないようです。このままあなたが、王太子殿下とご成婚なさるとこの国は未曽有の災厄に見舞われるでしょう。しかし、あなたは大貴族オードリー公爵家のご令嬢。どうしても殿下とのご結婚を望むのであれば神殿ではどうすることもできません」
つまり、リベレッタ、ひいては公爵家が私利私欲に走り婚約者の座から降りないとなれば、この国は滅亡するかもしれないと言っているのだ。
リベレッタはここまでかとうなだれる。この流れで「絶対ヤダ」とは言えない。悔しくて歯を食いしばる。こんなところで泣けない。
自分には何の落ち度もない。今まで遊ぶ時間も惜しんで努力してきたのに。
(お父様やお母様になんと告げよう)
降ってわいたこの騒動で父母は今、奔走している。ここしばらく彼らには会っていない。
「ちょっと待った!」
その声に皆の注目が集まる。何事かと顔をあげれば、そこには棚ぼた王太子リカルドの姿が。
「リカルド殿下、何故こちらに?」
神官長が思いも寄らぬ人物の登場に驚愕し、大きく目をみはる。会場も騒めいた。
「え? 何? 僕、来ちゃいけなかったの?」
王太子は、神々しさを感じさせる美しい顔で、軽い口調でいう。
「いえ、滅相もございません」
慌ててオズワルドは礼をとり、取り繕う。
「だよねえ、僕の妻を決めるんだから。立ち合っちゃあいけないってことないよね? ああ、ところでさあ。僕もその聖女判定受けたいんだけれども」
「はあ?」
神官長が零れんばかりに大きく目を見開く。そしてそれはリベレッタも同じで……。
「駄目?」
リカルドがさらりと銀髪を揺らし、小首を傾げる。そのさま相変わらず芸術品のように美しく、彼の立ち姿がきらきらと輝いている。鼻梁がすっと通っているとか、アーモンド形の瞳が美しいとか、瞬きすると長いまつげがふぁさふぁさと音を立てそうとか、とにかく彼の美貌はすさまじい。今まで尊大だった神官長もたじろぐほどに。
「ああ。いえ、聖女と言うのは妙齢の女性に稀に現われるもので、その……」
「ふーん、でもそれって、僕が受けられない理由にはならないよね」
やけに王太子が絡む。どうあっても聖女判定を受けたいようだ。それに対して神官長は歯切れが悪い。
周りのもの達は突然現れた王太子に唖然としつつも、固唾をのんでこのやり取りを見ている。
神官長は完全に王太子に押され、リベレッタは絶望した。さっそうと現れた彼がリベレッタを助けに来たのかと思って期待したが、どうもそうではないようだ。
彼女は心の中だけで更にしおれ、項垂れる。しかし、公爵令嬢としてしゃんと背筋を伸ばす。
「じゃ、受けさせてもらうよ」
そういうとリカルドは魔道具である腕輪を身に着け、楽しそうに水晶球に向かう。そのさまを、リベレッタはほうけたように眺めていた。
(あの人、何しに来たの?)
しおれた気持ちが少し持ち直し、呆れかえる。思えば、子供の頃から、彼の行動は不可解だった。 時々突拍子もないいたずらをしては、乳母や家庭教師に叱られている。そんな子供が棚ぼた式に王太子になってリベレッタの婚約者となったのだ。努力とか関係なく、ラッキーだけで生きている。ほんと羨ましい。
リカルドは水晶球の前でぴたりと止まるとリベレッタを振り返る。
「リベレッタ、見てて!」
にかっと音がしそうな大きな笑みを浮かべる。ほんと、あの人、子供みたい。リベレッタはげんなりしつつも「はい、仰せのままに」と返事をする。
それどころではないのに……。リベレッタはもうすぐ彼の婚約者でいられなくなるのだ。それなのに王太子は相変わらずのマイペース。その上楽しそう。その姿にふつふつと怒りが湧いて。
リカルドは気軽な様子で水晶に手をかざす。すると水晶球は影を消し去るほどに、まばゆく光り輝いた。
神殿内は凍りつく。
しかし、空気を読まないではなく、読めないリカルドは得意満面で振り返る。
「いや、まいったね。僕が聖女だなんて」
「いえ、違います。聖女はあくまでも乙女、殿下は聖人かと」
そう言いながらも神官長はその事態に慌てているようだ。
「え、持てる力は一緒でしょ? そこわける必要あるわけ?」
リカルドが小首を傾げる。
「それは、ガルド大神官のご神託により」
しかし、オズワルドの弁明をリカルドがさえぎる。
「聖女は乙女でなければならないっていうの? それって差別じゃない?」
神官長と王太子の推し問答は続く。リベレッタは見ていられなかった。
「おそれながら、発言をお許し下さいませ!」
気付くとリベレッタは声を張り上げていた。
「どうしたの、リベレッタ、君からそんな殊勝な言葉を聞いたのは初めてだよ。いつも自由奔放に発言しているじゃないか」
それは二人の時だけだ。
リベレッタは王太子の発言に一瞬顔を引きつられせたが、すぐにいつものプリンセススマイルを浮かべ取り繕った。これはお妃教育の賜物。
もしかして、この聖女騒ぎは王太子が自分と婚約を解消したいばかりに仕組んだものではと思い悲しくなったりもしたが、この王太子がこんなまわりくどい事をするわけがない。それどころか神官長にしつこく絡んでいるように見える。
「でも残念リベレッタ、待ってて。僕まだちょっと言いたいことあるから」
「はい?」
リベレッタがその美しい眉を顰め、ぶぜんとする。リカルドは人の話だけはよく聞く人なのに。
今まで彼はリベレッタの話を遮ったことはなかった。
「それで、神官長、話を戻すと。僕、婚約者をかえるの、面倒で嫌なんだよね。だってオードリー公爵家怖いし、なんといってもリベレッタは幼馴染だし。それに正直オードリー公爵家の後ろ盾がないと辛いんだよねえ」
一瞬、神官長は顔を引きつらせて沈黙する。そしてリベレッタはあんぐりと口を開く。
(また、ぶっちゃけたな、おい!)
心の中で下品なツッコミをいれつつも、王太子にそうまでいわれ、黙っているわけにはいかない。
「殿下! それならば、王太子やめませんか」
凛と響くその声はリベレッタの放ったものだった。
「え? リベレッタ何言いだすの? ていうかなんでそんな話になるの?」
王太子がぎょっとする。しかし、リベレッタは構わず、ずいと前に出た。
「オードリー家の後ろ盾がなくて辛いならば、王太子にならなければいいのですよ。そうすれば私とも結婚できますよ」
リカルドはリベレッタの言葉にかたまる。そして、大広間もしんと静まり返る。しばし、沈黙の後彼は口を開いた。
「はあ? 何をいいだすの。意味が分からないよ。今残っている正妃の子は僕だけだぞ?」
リベレッタが小首を傾げる。
そして周りの者達は王太子が何を言いだすのかと驚く。この二人の論点がおかしい。聖女騒動はどうなったのだと。
「そこをぜひ、弟君のベリル殿下に譲ってもらえませんか?」
「できるわけがないだろ? ベリルは愛妾の子だぞ。なぜそんなむちゃを?」
さすがの棚ぼた王太子も驚きに目を瞠る。そして神殿内が再び騒めきだした。
神官長が口を挟み、いきなり始まった言い合いを止めようとするも、これは婚約者同士当事者同士の話だと、黙らせられた。
「どう考えても私が聖女のわけありませんし、確かに殿下はお美しいですが聖女ではありません。男性なので」
「いや、まあ、僕が美しいのは王族の直系だから当たり前だとして。でも男だから聖女と認められないとかっていうのはいただけないな。それにリベレッタは王太子妃にならなければ困るんでしょ? オードリー家的にもさ」
王太子が眉根をひそめる。
「は? 聖女ではない私は殿下と結婚できないのですよね? だから、今すぐその地位をベリル殿下にお譲りください。そうすれば、何の問題もなく結婚できるではないですか? ベリル殿下が王太子におなりになり、そこの男爵令嬢と結婚なされば良いのです。そうすればこの国は救われます」
二人はまじまじと見つめ合う。
「リベレッタはもしかして、王太子ではなく、僕と結婚したいの?」
「は? 何を今さら。私の婚約者はもとより、リカルド殿下ですから」
「……」
リカルドはしばし呆然とする。
「あれ? リベレッタ、もしかして僕のこと愛してたりする?」
リベレッタは小首を傾げる。
「さあ、どうでしょう? 何しろ私たちは政略ですから。しかし、殿下が市井に落ちて行くと言うのならば私もついて行きます」
リベレッタの告白に、リカルドは白皙の頬を染め、目を見開き片手で口元を覆う。
「それ、絶対、僕のこと好きだよね? というか王太子ではない僕と結婚するなどと言ったら君は家をおいだされるんじゃないの?」
「別に、殿下について行くだけですから。何の問題もありません。殿下は私がオードリーでなければ嫌なのですか?」
また、ずいとリベレッタがリカルドとの距離を詰める。その姿に冗談を言っている様子はなく真剣だ。
「僕が結婚するのはリベレッタだから関係ないよ。そんなことより、僕がこの国の王にならなくてもいいの?」
「それは殿下のお好きになさればいいのです。私は父母の望むとおりに王太子の婚約者となりました。それ以降のことはとやかく言われる筋合いはございません」
リベレッタが真面目くさった顔で言う。どうやらリベレッタに愛されているらしい。子供の頃から少しも、どころかまったく気がつかなかった。
王太子はしばらく呆けた後、意識をとりもどす。リベレッタは美しい、だが残念な事に彼女の愛を伝えるための表情筋は死んでいる。リカルドの前で頬を染めて、愛を語るなどということはない。だが、思いのほか嬉しい。
「わかった。掃除が済むまで待ってて。もうちょっと手間かけさせた神官長に絡んでやろうかと思ったけれど、すぐ済ませるから」
そう言うと王太子は珍しくきりりと表情を引き締める。彼がぱんぱんと手を打つと、王族の護衛騎士に率いられた兵たちがばらばらと広間に入ってきた。
「祭壇の裏に隠れている不届き者どもを捕らえよ」
「な! 殿下、何を無体な。祭壇を暴くなど神に対する冒涜ですぞ」
リカルドは焦って喚く神官長の言葉に答えることなく兵に命令する。
「神官長を捕らえよ!」
あたりは騒然とし、泣き出す令嬢たちもいた。
そして、兵たちにより、暴かれた祭壇裏から魔導士が捕らえられた。
「まったく、光魔法を使って水晶を光らせるなど子供だましにもほどがある」
捕らえられた神官長が吠える。
「なぜだ。例えそうだとしても、聖女と婚姻なされなければ、この国は滅びますぞ! 大神官ガルド様にくだったご神託なのですから」
護衛騎士が「不敬であるぞ」と叱責し、神官長オズワルドを抑えつける。
「やだな。オズワルドまだ、それ言っているの? じゃあさあ、なんとかっていう男爵令嬢の時水晶は光ったけれど。僕の時も光ったのはなぜだと思う?」
「え、あ、それは」
神官長はチラリと不正を働いた魔導士を見るが、彼は恐れをなしたように首を横に振る。
それを見て神官長は青くなる。
王太子はにんまりと笑う。
「あれ、忘れちゃった? 王族の直系はこの国を作った天使の子孫だよ。ご神託? 冗談でしょ? 僕たち天使の末裔より早く、君たち神殿の人間の元に届くわけないじゃない? だいたい神殿ってさ、国の祭祀をつかさどっているだけの機関でしょ。本分を忘れてもらっては困るな。と言うことで、神官長とそこの魔導士、並びにそこの男爵令嬢、追って沙汰を待つように」
そして、リカルドはにこにことリベレッタを振り返る。
「ね。心配しなくても大丈夫だったでしょ」
「だったら、初めから言ってくださいよ!」
神殿に令嬢らしからぬリベレッタの大音声が響いた。
♢
ここはバラの咲く王宮庭園、しゃれた濃紺のジュストコールを纏う王太子と淡い桜色のドレスを着たリベレッタが茶を飲んでいる。
「ははは、悪い、悪い。なかなか、大神官の所在がつかめなくてね。手間取ってしまって判定日までもつれ込んでしまったよ」
愉快そうに笑うリカルドの銀糸の髪をかぜがなでる。美貌の王太子は今日もキラキラと美しい。
「所在がつかめないって、攫われていたんですか?」
リカルドが優美な所作でコクリと一口茶を飲む。
「うん、灯台下暗しとでもいうのかな。神殿の地下牢に幽閉されていたんだ」
「まあ、もうご老体ですのに。惨い真似を」
リベレッタが眉根を寄せる。二人とも大神官のことは子供の頃から知っている。気のいいおじいちゃんだ。
「今回の首謀者はオズワルドだ。神殿内のクーデターだね」
「随分、処分される者が出そうですね」
リベレッタの眉尻が下がる。それに対してリカルドは肩をすくめた。
「仕方あるまい。まあ、いくら王家とはいっても、何の証拠もなしに、嘘を吐くなと神殿に乗り込むわけにはいかないでしょう? 思ったより証拠固めに時間がかかったけれど。でも、これで神殿も少しは大人しくなるでしょ」
「まったく、これで私たちの婚約が脅かされたのは何度目ですか」
ジト目で見る。
「ふふ、今回も大丈夫だったでしょう? 何しろ僕たちの間には真実の愛があるのだから」
「真実の愛……口に出した瞬間、胡散臭くなりますよね、その言葉。それとも殿下がおっしゃるからでしょうか?」
「やあ、手厳しいな。リベレッタ。ところで君は僕が身分を捨ててもついてきてくれるんでしょ?」
王太子がキラキラと青銀色の瞳を輝かせる。
「は?」
リベレッタが首を傾げる。
「弟に王太子を譲ろうと思う。僕は魔力も高いし、冒険者になるというのはどうだろう? ついてきてくれるよね?」
「なぜですか? そうなったら、私はベリル殿下と結婚しますよ」
リベレッタがくいっと片眉を上げる。
「え? 僕についてきてくれるんじゃないの?」
「殿下、ご冗談は休み休みいってください。私は公爵家の令嬢。籠の鳥です。冒険者など殿下と一緒にできるわけがないじゃないですか? 」
「こっちだって冗談じゃないよ。弟はまだ十歳だよ!」
するとリベレッタがその美しい目を見開く
「全く問題ありません。許容範囲です!」
「許容って、どんだけ上から? いやそれ、まるっと犯罪だから。十七歳の君に十歳の弟はやれないよ!」
「ささ、殿下お茶の時間は終わりです。執務にお励みくださいませ」
そう言ってリベレッタはそそくさと立ち上がる。
「やだーー! まだリベレッタとお茶飲みたい!」
「いけません! 私とのお茶の時間を、公務をさぼる理由にしては! さっさと仕事にお戻りくださいませ。もう、本当に今度また私たちの婚約に横やりが入ったら許しませんからね!」
一つ困難を乗り越えた二人は、別段絆が深くなることもなく……。
今日は、平和な庭園でリベレッタとリカルドの喧嘩する声が響くのだった。
棚ぼた王太子とツンデレ公爵令嬢の真実の愛?の物語 別所 燈 @piyopiyopiyo21
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