第21話 告白


 通された部屋は、謁見の間では無く、国王の私室に隣接した応接の間だった。

 国王の私的な訪問者を通す場所だ。

 ソアルジュは気を引き締めた。

 何を言われても今は隙を見せる事は出来ない。

 自分の名を告げる近衛が開く扉を見据え、ソアルジュは息を詰めた。


 けれど部屋にいた人物を目に留め、ソアルジュは詰めていた息でむせそうになった。


「セヴィアン王太子殿下?」


 にこりと笑う精悍な男に、ソアルジュは一瞬目を奪われる。

 そして部屋に座すもう一人の人物に慌てて目を向けた。


「国王陛下、これは一体?」


「うむ、まあ────良い知らせだ。座れ」


 そう言ってにやりと笑う実父の顔は、義父以上に油断のならないものだった。


 ◇


 実父とセヴィアンが向かい合うソファに座り、ソアルジュは二人の横にある一人掛けのソファに掛けた。

 三人にお茶が配られメイドが退室したところで、国王が口火を切った。


「まず、お前の病の情報が他国に漏れた事は既に聞いているな?」


 どうせ義父から連絡を受けているのだろう。

 ソアルジュは首肯した。


「はい」


「その話を聞いて、私から私的にお願いがあって、今回陛下を訪問したのです」


 セヴィアンの声に顔を向け、ソアルジュは口を開いた。


「お願い……ですか」


 それは取引というものだろう。

 ソアルジュの表情を読み取りセヴィアンは薄らと笑った。


「あなたの病を治したという治癒士。その優秀な人材を我が国は欲しい。それに応じて頂ければ今回の件、情報操作に協力しましょう」


 ソアルジュは息を止めた。

 治癒士とは価値の高い存在だ。

 稀に他国でも産まれるが、その出自の九割はこの国であり、また国外への移住、留学や旅行に至る迄、あらゆる面で制限される代わりに、国内では優遇される存在なのだ。


 ふと口の端を釣り上げる。


「必要ありません。今更そんなものが何になると言うのです。私はいにしえの業という病を持つ王族。その価値は────」


「代わりに我が妹をあなたに差し上げましょう」


 被せるように口にするセヴィアンにソアルジュは口を開けて固まった。

 セヴィアンの妹とは十三歳の王女殿下の事だろう。

 十九歳のソアルジュと年齢が合わないとは言わないが、それをするという事は、この国との結びつきを強めると言う事だ。

 掠めた場所から煙を起こした国同士が結ぶ絆としては……悪くない。

 周辺諸国との関係に支障をきたすかと言われれば、隣国の王女を娶ったソアルジュは、他国から受けた不信の回復にも繋がるだろう。


「……」


「お前は、ミレイディナ嬢との再婚約に応じなかったそうじゃないか。どうだ? いい話だろう?」


 楽しそうに笑う実父にソアルジュは困惑の目を向けた。


「そうですね……」


 そう口にし、項垂れるように頭を下げてから、ソアルジュは勢いよく顔を上げた。


「セヴィアン殿下、私めには余りある役割。また大事な妹君を任せるに値すると、その多大なる評価に感謝致します。ですが、大変申し訳ありませんが、この話は受けられません」


 実父がムッと顔を顰めるのが見えた。

 ソアルジュはセヴィアンに言うしかなかった。

 自分の思いを誠実に伝える事しか、それしか誰も納得させる術を思いつかなかった。


 馬鹿な事をしている。

 ロシェルダが振り向いてくれる保証は全く無い。

 でもまだ何もしていない今、初めて知った愛しいと言う感情を、誰かの意思に流されるままに手放す事は出来なかった。


「私は、私はその治癒士の娘に恋をしてしまいました。……まだ何も彼女に伝えられていない。救われた感謝も、愛しいという気持ちを知った幸福も、何も尽くせていないのです。

 ……私から彼女を取り上げないで下さい。

 彼女がいなければ、私はずっと……一人で過ごす冷たい部屋を美しいと勘違いし、人との対話はケムに巻き惑わせるものだと。それが楽しい人生なのだと……信じて疑わなかった。

 彼女が私を変えてくれたのです。

 美しいとは何かを教えてくれた。弾み浮き立つ心というものを。

 私はまだ何も返せていない……彼女の矜持を捻じ曲げた謝罪も……出来ていません。だから────」


「いや、もういいです」


 口元を手で覆い、もう片方の手を突き出してセヴィアンが制してきた。


「もう結構。胸焼けがします」


 そう言ってソファに背を預け、今度は胸を押さえている。

 非公式とは言え、それは些か行儀が悪くはなかろうか。

 ソアルジュは眉を顰めた。

 だがふと見ると実父も同じように苦笑していて、場の空気が何やらおかしい。

 ソアルジュは困惑に瞳を揺らし二人を交互に見た。


「な、なんだと言うのです? 私が何かおかしな事でも?」


 その台詞に実父が首肯した。


「十分おかしい、ソアルジュ。お前、いつの間に人の心に訴えられるような言葉を覚えた? いや、知った? 今迄は全く上辺だけの台詞しか吐いてこなかったと言うのに……」


 くつくつと笑う実父の顔を凝視するソアルジュに、セヴィアンが片手を挙げた。


「ソアルジュ殿下、申し訳ありません。私の話に陛下が乗って下さったのです。どうしてもあなたの本意を知りたくて……ほら、もういいぞ。入って来い」


 その言葉を合図にカチャリとドアが開き、国王陛下の私室から真っ赤な顔をしたロシェルダが入ってきた。

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