後編

第11話 迷い


 ロシェルダがハウロ医師を師事してから二週間が経った。

 それは城に来てからも、大体同じ程の時間が経っているという事だけれども。

 そっとため息を吐く。

 何故なら自分の患者である、ソアルジュの不調の原因が未だ究明できていないからだ。


 以前自分に指導してくれた治癒士の師にも、貴族が背負う業という病を詳しく知りたいと連絡を取った。

 だが、この病は未だ「未知のものである」という返事しか貰えなかった。


 そもそも城には自分よりも優秀な────貴族の治癒士や医師がいるのだ。拘る事など無いのに。

 そう思ってふと恥ずかしくなり、周りを見回してみたが、城に居座る自分への嫌悪感のようなものは、あまり感じられなかった。


「ここにいるのは、医師が多いし……医師っていうのは、大体誰かの為になりたいって奴だからなあ。ロシェルダを邪魔だなんて思わないよ」


 この城に住むハウロ医師はそう言って、のんびりと笑ってくれる。……自分なんて「給金の高い職業だから」、という理由で入った世界なので、この言葉には恥ずかしく思う限りだ。勿論入ってからは、きちんと仕事を全うしてきたが。


「先生はソアルジュ殿下の不調の原因に、心当たりはありますか?」


 そう言うとハウロ医師は困った顔で、「それは医者でも草津の湯でも治らないものだ」と目を逸らした。

 クサツノユとは何なのか。調べようかと思ったが、医療書には載って無いそうで止められた。

 同じく解明されていない医療用語なのかもしれないと、身を乗り出した所でハウロ医師の奥さん────フィーラ医師にお茶を勧められた。


「まあ、とりあえずその殿下からの差入れでも頂きましょうか」


 和やかな時間についつい甘えつつも、ロシェルダはここで過ごす残りの時間を考えて悩み始めていた。

 帰るべきか、否か────


 ◇


それとは別に朝の診療の時間で、最近気恥ずかしく思う自分がいた。殿下が悪いのだ。……触れようとすると、恥ずかしがるから……


「な! 何でそんな事をするんだ!」


「へ? いえ……診察……ですが……」


「でもだな、くすぐったいというか……く、くすぐったいんだ!」


 衣服の前を掻き合わせ、顔を赤くされてそんな事を言われれば、なんだか痴女にでもなったようで、こっちも赤くなってきてしまう。どうしたらいいのか……

 仕方がないのであまり触れないようにと、こっちも変に意識してしまうので、何だか集中出来ない。

 やっぱり医師を変えた方がいいんじゃないかと、ぽつりと呟いたものはキッパリと否定されたけれど。


「うるさいな! いいからお前が診ろ!」


 その言葉に少しだけ安堵するものの、ソアルジュの態度に首を捻るようになった。

 以前はもっと紳士的な態度で接してくれていたのに。


「殿下は人見知りですからね。初見の人間には猫を被ってしまうんですよ」


 そう答えてくれたのはリサさん。ソアルジュ殿下の乳母だった人で、今は私に付き添い、あれこれ世話を焼いてくれている。


「……そんな事よりお前、今日はちゃんと予定を空けてあるんだろうな」


 ぶすっと剥れて衣服を整えるソアルジュから慌てて目を逸らし、ロシェルダは首肯した。


「はい、ハウロ医師にもお話してありますから」


「……別に任意で通ってるだけなんだから、許可なんていらないだろうに……」


 ロシェルダは肩を竦めた。あれこれと教えを請い、お世話になっている上に、師事までしている相手なのだから、そうは行かない。

 ハウロ医師はただロシェルダに親切にしてくれている。それに対しロシェルダが返せるものは誠意だけだ。


「それより、本当に私なんかがお邪魔してもよろしいんでしょうか……」


 ロシェルダは眉を下げた。


「いいと言っているだろう。何より義父が会いたがったんだ。私を治したお前に」


「はい……」


 そうは言ったものの、相手は公爵。ロシェルダは両手を胸の前で組んで、そっと息を吐いた。

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