第6話 何故か気になる
「本当に完治したのか……」
玉座で父が驚いている。
彼を囲む近衛や護衛たちも等しく息を飲む様に、ソアルジュはいくらか溜飲が下がった。
「ええ、ですがしばらく経過を見させて頂きたいのです」
その言葉に父が眉根を寄せた。
「まだどこか悪いのか?」
「いえ、ですが、治療院のベッドの上で過ごすうちに、私は働きすぎだったと気がついたのですよ」
ニコリと笑えば、父は顎を撫でつつ、ほうと呟いた。
「少し休みを下さい」
息を吐きながら背をもたれさせる父は、探るようにソアルジュを見る。
「平民の娘を連れ帰ったと聞いているが」
「ええ、治癒士の娘です」
「……オランジュのような事は許さんぞ」
「まさか!」
ソアルジュはありえないと笑おうとした。けれど何故か上手く笑えず、困ったように口元を歪ませる事しか出来なかった。
「良い腕を持っているのですよ」
取り繕うようにそんな言葉が出る。
「そうか……まあいい許そう。よく戻ったな、ソアルジュ」
「ありがとうございます」
鷹揚に頷く父にソアルジュは深く頭を下げた。
下を向くその顔は笑っていたけれど、どんな顔を作ったのかは自分でもよく分からなかった。
◇
自室として与えられた客間で、ロシェルダは呆けていた。
(……何これ……)
左右を見渡せばドアがある。入って来たドアは背後にあるから、あれらは何処に続くのだろう。
入り口が三つある部屋なんて聞いた事がない。
困惑するロシェルダを見透かしたように年嵩の侍女が声を掛ける。
「あちらは寝室。あちらはバスルームにございます」
優しく微笑まれ、顔を俯けてから何とかお礼を言った。
そ、そういえばベッドが無い……。そうか、貴族の部屋はこんなに広い上に続きに……ええ?! そんなものまであるの?
混乱の元、得心しそうになって、ロシェルダの胸に嫌な予感が過ぎる。
貴族……よね。
おどおどと出入り口付近に立ち竦むロシェルダを、侍女はエスコートするようにソファへ導いた。
そのまま流れるような所作で紅茶を淹れ、部屋の端で静かに佇んでいる。
「……」
飲まないのはマナー違反だろうか……
講師に習った作法を必死に思い出し、何とか形になるようにと、とにかく飲んだ。
そのまま一息吐き、佇む侍女を振り返りロシェルダは聞いてみた。
「ソアルジュ様というのは……何者なのでしょう」
その問いに侍女は僅かばかり目を見開き、そっと微笑んだ。
「この国の第二位王位継承権を持つ御方です」
◇
ソアルジュは王の子だ。
けれど所謂寵姫の子だった。母は妃では無い。
幼い頃、正妃の嫉妬にこの身が危うくなり、父はソアルジュを王弟の婿養子にした。城から遠ざける為に。
しかし王位継承権は剥奪されず、長年ずっと正妃からは疎まれていた。彼女は王女しか産まなかったので、継承権第一位は叔父であり義理の父だ。
まあ、正妃が娘の一人を女王にするか、自分の傀儡となる次期国王を欲しているのは知っているが、どうでもいい事だ。
以前ソアルジュが古の人の業を発症した際に彼女の興味は失せた。
国として、それは栄誉の証と称えられるが、それを背負った者が王になった記録は無い。ソアルジュの継承権はまやかしだ。誰も本気にしていない。
自身もまた王などに興味は無かったので、最初はこの病に感謝もしたものだった。
気楽な役回りだった。
容姿に恵まれ権力を持ち、業を背負った貴族と賞賛と畏怖すら手に入れた。
けれどその病はそんなソアルジュを嘲笑うように掌を返し蝕んだ。
ずっと好きにしてきた。
与えられる物が多かった。
誰も彼も自分を見た。
羨望と嫉妬すら魅力とし、
ソアルジュはそんな者たちを嗤い、欠片も意に介さなかった。
やがて一変する世界で、今まで自分が向けて来た眼差しで、奴らに見下ろされていると知った。暗闇に落ちていく自分を嘲笑う者たち。
そうして自分は呆然と、闇に溶けた。
はっと目を開ければ、見覚えのある部屋だった。
けれど病室では無い事に動揺し、部屋を見渡す。
何故────?
何かを探すように首を巡らす自分に戸惑いつつも、戻る意識に帰ってきた事を思い出し安堵する。あの少女と一緒に。
はっと笑うように息を吐き、ソアルジュはソファに座り直した。
馬車の移動に疲れたのだ。
それで謁見の後仮眠を取った。
馬車では眠れなかったから……
思い出せば苦い思いが浮かんでくる。
密室で二人きりなのだ。この場合従者は数に入らない。
移動の最中、診察やら勉強やらの為に、今まで割けなかった時間を補うべく、思う存分会話を楽しもうと思っていたのだ。
少しでも彼女が自分に興味を持つように、いくらでも優しくしてやるつもりだった。なのに……
未婚女性が異性の前で無防備に寝るな!
流石にどうすればいいのか分からず、暫く顔を凝視してしまった。
従者に目を向ければ、こちらもさっさと目を閉じ、我関せずを貫いている。ソアルジュは馬鹿馬鹿しくなって自分も寝ようと腕を組んだ。
けれど少女を連れ出せた事実が急に実感出来、嬉しくなって全く寝付けなかった。揺れる馬車で一人、黙って少女を眺めていた。
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