エピローグ~シーソーゲーム・勇敢な恋の歌~⑥
「じゃあ、他に話しておきたいことがなかったら、今日は、この辺で終わりにしようか~?」
従姉の提案に、
「そうやね」
と、舞も同意する。
こうして、仲の良い従姉妹同士の会合は終了し、「受験用の参考書を観に行ってから帰るわ~」と、先に店を出た翼を見送り、一人残った店内で、正田舞は考える。
昨日の吉野亜莉寿からの電話報告は、予想外の内容の連続ではあったが、自分にとっては、興味を引かれることばかりだった。
従姉の翼は、秀明が気持ちを引きずらない様に、亜莉寿への告白を促したが、秀明への返答に困るであろう亜莉寿の立場を配慮して、舞としては、その方針には賛成できなかった。
一般的に、恋愛における《愛の告白》というものは、《告白を行う者》にとっては、結果はともかくとして気持ちに区切りをつける効果があるだろうが、《告白をされる者》にとっては、一方的に投げつけられる相手の感情を丸ごと受け止めなければならず、これから、海外での生活を送らなければならない亜莉寿にとっては、今さら、自分への想いを語られても負担にしかならないと感じるだろう、舞は思っていた。
どの様な選択肢を取ろうと、想いが叶わない秀明には同情するが、舞としては、秀明が小学生時代の苦い経験を乗り越えて、自分の恋愛感情に向き合えた時点で、今回の経験は、「決して無駄にならないだろう」と、考えていたのだ。
しかし――――――。
延々と自分たち二人の思い出話しを語りながら、最後に自分の想いを告げるという、考え得る限り最悪のカタチで《告白》を行った秀明に対して、亜莉寿は、二人の関係の継続を望んだ。
他者に的確かつ、辛辣な目を向ける従姉の言う様に、考え方によっては、亜莉寿の選択もまた、《恋人未満》の関係性を継続させるという最悪のセレクトといえるが、亜莉寿自身から話しを聞いた舞の見解は、異なる答えを導き出していた。
先ほど、翼にも語ったが、亜莉寿は、自分のプライドに賭けても、秀明に《借り》を作ったまま、二人の関係を終わらせたくない、と考えているのだろう。
少なくとも、自分の納得の行くカタチで、秀明に感謝してもらえる様なことがない限り、彼女自身が、秀明に対して如何なる感情を抱いているのか、向き合うことは出来ないのではないか?
正田舞は、現在の吉野亜莉寿に対して、この様な評価を下していた。
有間秀明が、去年の秋に自分の想いに向き合いながら、答えを出した様に、今度は、恋愛関係の当事者となった吉野亜莉寿が、彼女自身の想いに向き合う番だ。
その時、彼女は、どんな答えを出すのだろう?
(有間に認められたい、と想ってる時点で、答えは出てる様なモノやけど……)
そう考えると、不思議と笑みがこぼれ、他人の関係性について、これほどまでに思い入れてしまっている自分に気付き、また、可笑しくなって笑ってしまう。
♪恋なんて言わばエゴとエゴのシーソーゲーム
翼が引用した歌詞の通りだと、これまでの舞も考えていたが、秀明と亜莉寿、二人の関係性は、単なる《恋愛感情》や《男女の友情》といった言葉だけでは説明できない、ナニかがありそうだ。
二人は、お互いに『相手に認められたい』と感じながら、実際のところ、お互いに『相手に対して最も敬意を抱いている』間柄の様に見える。
万人の見解が一致するだろうが、有間秀明が吉野亜莉寿に対して、恋愛感情を抱くのは理解できる。
しかし、吉野亜莉寿が、有間秀明に、どのような感情を抱いているかは、まだまだ未知数で、そこに、一般的な男女の恋愛関係のルールが適用されるのかは、今も不明のままだ。
そして、このルール不明で興味の尽きないゲームの現状を、当の本人たち以上に把握しているのは、世界で正田舞一人だけだという《優越感》に似た想いも湧いてくる。
はたして、トランプなどのカードゲームの様に、最弱のカード有間秀明だからこそ、最強のカード吉野亜莉寿に勝るというシーンは、見られるのだろうか?
亜莉寿が渡米したために、しばらく彼女とコンタクトを取れないことは少し残念だが、彼女が秀明との関係継続を願い、秀明もそれを受け入れたことは、舞にとっても、喜ばしいことだった。
これは、自分自身のエゴでしかないが、
「是非とも、秀明と亜莉寿の二人が出す《結果》を見せてもらいたい」
と、正田舞は感じていた。
「ホンマに、あの二人は、見ていて飽きへんなぁ」
独り言をつぶやくと、また微笑んでいる自分に気が付いた。
(半年前は、イバラの道やと思ったけど――――――。がんばったやん、有間秀明)
正田舞は、同じ中学出身の同級生に対して、そんな想いを心の中で、つぶやいて、ファーストフード店をあとにした。
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