第四章~たんぽぽ娘~④

 その後、二人は番組内で映画を紹介する際の時間配分や押さえておくべきトピックスを確認し、打ち合わせを終えた。

 会計を済ませて、喫茶店から駅に向かう道で、亜莉寿は、こんなことをたずねた。


「映画のすぐ後にキングの原作本を買ったみたいだけど、有間クンは、小説も良く読むの?」


「うん、映画ほどではないけど、小説を読むのも好きかな。SF小説については、ビギナーなので、早川のSFハンドブックを買って名作・人気作を読み始めていってるところ」


 秀明が答えると、亜莉寿は食い入るようにたずねてくる。


「そうなんだ! どんなタイトルを読んでる?」


「ハインラインの『夏への扉』と『宇宙の戦士』『ブレードランナー』が好きだったから、ディックの作品をいくつか……あとは、『アルジャーノンに花束を』が面白かった。ベタなチョイスですが……」


 笑いながら答える秀明。


「そっかそっか」


 何やら、思案気味に亜莉寿は返答する。


「吉野さんも、SF小説を読むのが好きって言ってたよね?」


 秀明の問いに対して、彼女は、「うん!」と、返事をしたあと、こんな提案をしてきた。


「そうだ! 有間クンにオススメしたい作品があるんだけど……今度、放送室で集まる日に持って行って良いかな?」


「ありがとう! アリス店長のオススメなら、小説も期待しておくわ」


 秀明が答えると、


「うん! 楽しみにしておいて」


と、フフフと笑いながら言った。



 週が明けて水曜日。

 収録の本番前日にあたるこの日は、放送部から、収録の流れなどのレクチャーが行われた。


「録音ブースの方で操作をしてもらうことは、ほとんど無いから、スタートの合図の『キュー』のタイミングとトークの時間配分だけ気をつけて。初回は、二人の話しの流れをみながら、だいたい十五分前後で、オレもブースに入って、トークに加わらせてもらおうと思うから、目安にしてほしい」


 テキパキと説明する昭聞の的確な指示のもと、リハーサルは進む。


「じゃあ、番組開始のタイミングだけに絞って、リハをしてみようか?」


 昭聞の提案に、秀明はたずねる。


「ブンちゃんの『キュー』の合図は理解できたけど、冒頭は、何を話したらイイの?」


「まずは、番組のタイトルコールやな。放送用語で、『どなり』とも言うけど。秀明お前も聞いてる、あの番組を参考にしてくれ。秀明に稲野高校放送局の略称『IBC』と叫んでもらうから、吉野さんは、『シネマハウスへようこそ』のタイトルを言ってみて」


 昭聞の要求に、


「「了解!!」」


秀明と亜莉寿も声を揃えて応答する。


「吉野さんのタイトルコールが終わると同時に、オープニング曲を流すから、秀明は、タイミングを見計らって、オープニングのトークを始めてくれ。じゃあ、実際にやってみよう!」


 昭聞は、そう言って、『キュー』の準備に入る。


「本番十秒前! 九・八・七・六・五秒前……」


 四・三・二・一…………。


♤「IBC!」

♢「『シネマハウスへようこそ!』」


BGM:ロバート・パーマー『Addicted to Love』


♤「みなさん、こんにちは!今日から、始まる放送部の映画情報番組『シネマハウスへようこそ』の進行を務めるアリマヒデアキです」

♢「ヨシノアリスです」

♤「この番組では、最新の映画情報はもちろん、オススメのビデオ作品などを紹介する番組として、毎週金曜日のお昼休みに…………」


「おつかれさま~」


リハーサルが終了すると、上級生が、にこやかに声を掛けてくる。


「今日は、キューとクロージングのタイミングを掴んでくれたら、それで良いから~。本番でも緊張せずにリラックスしてね~」


 素の語り口なのか、出演者の二人を気づかってのことなのかはわからないが、プロデューサー役の高梨翼の醸し出す雰囲気にも助けられ、前日の準備は滞りなく完了した。


「明日が本番やけど、今日の落ち着いた二人の雰囲気なら、大丈夫やと思うから~。明日も、この調子でがんばって~」


 これまでとは違い、二人に余計なプレッシャーが掛からない様にしているのか、上級生の口調は、いつも以上に穏やかだった。


「じゃあ、明日に備えて、今日はこの辺までにしとこうか? 二人とも、明日はヨロシク!」


 昭聞の言葉で、放送室に集合してから一時間あまりの前日リハーサルは終了した。

 この日の帰り際、秀明は、亜莉寿から「土曜日に話したオススメの本を持って来たよ」と一冊の文庫本を渡された。

 少し日焼けした外観は、本が購入されてからの年月を物語っている。

白いワンピースの様な服装の少女のイラストが描かれた表紙も印象的だ。


『集英社文庫コバルトシリーズ海外ロマンチックSF傑作選②たんぽぽ娘』


 手渡された文庫本には、そんなタイトルが書かれていた。

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