第三章~パルプ・フィクション~⑥

「そう言えば……吉野さん、有間センセイが、金曜日にオレに語ってくれたことがあるんやけど、聞きたい?」


「いや、ブンちゃん。そこは、友情を確かめあった仲と言うか、紳士協定みたいなものを守ろうや!」


 抗議する秀明の言葉を昭聞は一蹴する。


「吉野さんと映画を観に行ったことをオレに隠そうとしたヤツに友情も紳士協定も無いわ!」


「なになに? 聞かせて!」


 目を輝かせて、昭聞の言葉に食い付く亜莉寿。


「有間センセイは、吉野さんのことを一ヶ月以上ほったらかしにしてるみたいやったから、『大丈夫か?おまえに女子と話し出来るかなんて聞くだけ無駄か?』って、先週末に聞いたのよ」


「うんうん」


「そしたら、有間センセイ、『自分にも会話が盛り上がる女性くらい居る』とか、ぬかすねんな」


「へ~、そうなんだ~。どんなヒトか興味あるな~」


 一瞬、負のオーラをまとった亜莉寿の声は、一段、低くなりかけたたのだが……。


「オレも気になって聞いてみたら、去年の夏休みにレンタルビデオ店で出会った女性の店員さんと、『ジョン・ヒューズの映画の話しで盛り上がった!』って言うねん。これって、さあ……」


 続く昭聞の言葉を聞くと、途端に彼女の声のトーンが弾んだ。


「その店員さんについて、有間クンは、なんて言ってたの!?」


 亜莉寿のテンションの上がり様に、昭聞も笑いを噛み殺し、秀明を見ながら、


「有間センセイ曰く、『そのお姉さんの映画の見方や語る内容は素晴らしくて、自分は到底かなわない』だそうで……『まだまだお姉さんとは話し足りないことがある』『また、いつか会えないかな』なんてことも熱っぽく語ってくれましたよ! なあ、有間センセイ?」


 昭聞は、先ほどとは立場が逆転し、強烈な連打でノックアウト寸前と言える状態の秀明に、わざとらしく同意を求める。


「いや、最後の方のセリフは、ブンちゃんが、オレに聞いたことやん?」


 小声で空しく抵抗を試みる秀明を眺めながら、亜莉寿は、何かを勝ち誇った様な表情で、


「そんなに、そのお姉さんと会いたかったの? 有間秀明クン?」


と問い、腰を屈めてクククと笑う。

 

そして、秀明の耳元で彼にしか聞こえない低く小さな声で、


「昨日は、そんなこと一言も言わなかったのに……」


と、ささやき、また笑顔に戻る。

 マンガ的表現が許されるのであれば、秀明には、亜莉寿の背後に、手の甲を当てて高笑いする、もう一人の吉野亜莉寿が見えた気がした。

 三人の様子を観察しながら、


「あ~、あきクンの話しから想像すると、その店員さんが、吉野さんやったってことで良いんかな~?でも、そんなに印象的なことがあったのに、何で有間クンは、吉野

さんに気付かなかったん?」


 そう問う、翼に対して、亜莉寿は、


「そうなんですよ! 聞いてください、先輩! 有間クンは、ヘアスタイルをアップにして、うなじを見せている女性にしか積極的に話せない特殊な性癖の持ち主なんです!私なんて、同じクラスなのに、髪を下ろしていたら、一ヶ月半も話し掛けられなかったんですから!」


「ちょっと、ヒトをそんな変態みたいに……」


秀明が抗議の声を挙げるも、亜莉寿は、「何か言いたいことでも?」と例の微笑で威嚇する。


「そっか~。有間クンと仲良くお話ししようと思ったら、髪の毛を括っておいた方が良いんや~?でも、私、髪の毛短いから似合うかな~?」


などと言って、上級生が髪の毛をかきあげると、今度は、昭聞が


(おまえ、吉野さんだけじゃなく、翼センパイにも、ちょっかい出したら、大阪湾に沈めるからな!)


と、氷の様な冷たさを感じさせる視線で、秀明を見る。

 放送室が、かしましくなる中、吉野亜莉寿は、上級生に、こう宣言した。


「高梨先輩。この企画、ぜひ私にやらせてもらえませんか? どうやら、有間クンは、どうしても、私と映画の話しがしたいみたいですし」


 答えは聞くまでもないといった感じの満面の笑みで、「ね、有間クン」と付け加えて秀明の顔を覗きこむ。


「ありがとう~、吉野さん。吉野さんが参加してくれたら、絶対イイ番組になると思うわ~」


 こうして、放送部の新企画は、本格的なスタートを迎えることになった。


「よし! そういうことなら、二人で試写会に行って来い! この企画に参加してくれるなら、それで貸し借りナシのチャラにしたるから」


 そう言って秀明にハッパを掛ける昭聞。


「ブンちゃんに借りを作った覚えはないし、今回の企画の一番の功労者って、今のところ、オレじゃない?放送部の提案に乗っただけじゃなくて、共演者も連れて来たんやから!」


「そう思うなら、翼センパイと吉野さんに、そう言ってこいや……」


「あっ……色々と面倒なことになりそうやから、止めとく」


 秀明の言葉を聞き終わらないうちに、昭聞は亜莉寿の方を振り返り提案する。


「吉野さん、知ってると思うけど、有間センセイは、女子と映画を観に行くのとか慣れてないから……色々と至らない点もあると思うけど、そこは大目に見て、一緒に『ショーシャンクの空に』を観に行ってあげてくれへん?」


 その提案を受けた彼女も、


「うん! 有間クンに女の子への気遣いとか最初から期待していないから大丈夫だよ」


と返答し、二人して声を出して笑い合い、上級生の翼も、クギを差すことを忘れない。


「有間クン、女の子と出掛ける時は、ちゃんと気を配らないとアカンよ」


(ハァ……このまま、この企画にのると、三人にイジられ続けることになるのか……)


 新企画が、ようやく軌道に乗り始めたことを秀明自身も嬉しく思うものの、今後の自分の立ち位置を考えると憂うつな気持ちにもなる。

 その気分を振り払うために、秀明は当初から気になっていることをたずねた。


「ところで、ブンちゃん! この企画、番組名というか、タイトルは決まってるん?」


「ああ、もうタイトルは決めてあるねん」


 答えた昭聞が最後に見せた印刷用紙には、こんな文字が記されていた。


《IBC金曜日『映画情報番組・シネマハウスへようこそ』》

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