第四章~たんぽぽ娘~①
吉野亜莉寿が、積極的に参加を表明して出演者が決定したことで、新企画の準備は、一気に進み始めた。
企画の立案者にして、番組プロデューサーの役目を務める高梨翼から、初回放送日までの予定が発表される。
・五月二十五日(水)
『ショーシャンクの空に』試写会
・五月二十六日(木)
最終打ち合わせ会議
・五月三十一日(水)
収録リハーサル
・六月一日(木)
放送用本番録音
・六月二日(金)
『シネマハウスへようこそ』初回放送
最初に日程を聞かされた時、出演者の秀明と亜莉寿には慌ただしいスケジュールと思えたが、「出演者さえ決まれば、いつでも開始できる様にしている」と言う高梨翼の言葉通り、放送部は準備万端で放送開始に備えていた様で、二人は、放送の内容を充実させることに集中することができた。
放送室で四人が初めて顔合わせをした日の二日後となる水曜日の夕方、秀明と亜莉寿は、試写会の会場にいた。
「私、試写会で映画を観るの初めてなんだ」
と言う亜莉寿に、
「そうなんや。そう言えば、オレも、同級生とか友達と試写会に来るのは初めてかも!」
と答える秀明。
二人は、ともに夜の時間帯に映画を観るのは久々ということもあって、気分が高揚していた。
「吉野さんは、この映画の原作を読んでるねんな?」
「うん! ストーリーは、とっても面白いよ。だから、どんな風に映像化されるのか楽しみ半分、不安半分ってところかな?」
と言って笑う。
「あ~、スティーブン・キングって、映像化に恵まれない作品もあるもんな~」
と秀明も苦笑する。
「まあ、今年のアカデミー作品賞にもノミネートされているから、その点では期待して良いのかも知れないけど」
「なるほど! これは、『フォレスト・ガンプ』と、どちらが優れているのか、我々の目で見極めないといけませんな」
と、秀明はニヤリと笑う。つられて、亜莉寿も
「確かに、そうね」
と言って、フフッとわずかに口角を上げる。
秀明は、土曜日に亜莉寿と春休みに観た映画について語り合った際に、彼女が第六十七回アカデミー作品賞に輝いた『フォレスト・ガンプ~一期一会~』の作品としての問題点を鋭く指摘したことを思い出していた。
二人で、そんな会話を交わしていると、上映時間が迫り、司会の女性がスクリーンの前の舞台に登場した。
(さて、『シネマハウスへようこそ』第一回目となる予定の作品は、どんな映画なのか、楽しませてもらいましょう!)
※
「…………」
エンドロールが終了し、場内が明るくなっても余韻にひたる秀明に、亜莉寿が声を掛けた。
「有間クン、どうだった?」
「うん……スッゴい良い映画だったし、スッゴい良くできたストーリーだった!」
興奮気味に答える秀明に、
「でしょう!!」
満面の笑みで亜莉寿も応じる。
「いや~、『この映画に出会えて幸せだ!』って思える作品を久々に観た感じやわ」
と秀明が感想をのべると、亜莉寿はフフフッと笑い、
「大袈裟ね。でも、確かに、その気持ち少しわかるかも。私も原作を読んだ時に、『ああ、良いお話しに出会ったな』と思ったから」
と答えた。
「そっか~。吉野さんが羨ましいな。原作と比べながら、ストーリー展開も冷静に見て分析できたんじゃないかと思うし」
「私は、逆に有間クンが羨ましいけど?ストーリーを知らないまま、映画で初体験できたんだから」
「そういう考え方もあるか!いや、どちらにしても、今日の映画と見比べるために、原作の文庫本を買ってみようと思う」
「うん! 読んだら感想を聞かせて」
「あと、『シネマハウスへようこそ』で取り上げる第一回目の作品が、この映画であったことと、試写会の招待状を融通してくれた放送部には感謝しないと」
「確かに、それはそうね! すごく幸運だったかも」
そんな会話を交わしながら、試写会場を出ると、時刻は夜九時を大幅に過ぎていた。
「うわっ! もう、こんな時間か!? あぁ、今日の映画について、もっと話したい! けど、映画の余韻にひたりたい気持ちもある! どっちにしても、時間が無いけど……」
「そうね。私も感想を話し合いたいと思うけど、いま、映画を観た気持ちを、もう少し留めておきたい感じもあるかな」
そう言いながら、二人は梅田駅を目指す。
百貨店の前を通り、ムービングウォークが設置されている高架下を抜けて、阪急梅田駅のコンコースまで来た時に、秀明は、思いきってたずねてみた。
「あのさ、吉野さん。もし良かったら、今度の土曜日に会われへんかな? 今日の映画をどんな風に放送で伝えるか相談したいし、映画のことも、もっと話しができたらなって、思うから……」
「えっ!?」
と、亜莉寿は、一瞬おどろいた表情を見せた後、
「ん~、有間クンは、そんなに私とお話ししたいの?」
と、人差し指を頬にあて、小首をかしげながら、たずねる。
「うん。吉野さんと、もっと話しがしたいなって、思う……」
最後は小声になりながら、秀明が答えると、白い歯を見せた亜莉寿は、
「そっか! イイよ! 土曜日に打ち合わせしよう。今日は、もう時間が遅いから、詳細は明日の放課後、放送部での会議の前か後に決めるってことで良いかな?」
と返答した。
「うん! ありがとう」
と秀明は答え、「改札まで送らせて」と言って、二人で駅舎の二階に移動する。
自動改札機の前で、秀明が、
「今日は、ありがとう。映画も良かったけど、吉野さんと色々話せて楽しかった」
と声を掛けると、亜莉寿は、
「私も、有間クンと今日の映画を観ることが出来て良かったよ! じゃあ、また明日ね」
そう言って、手を振り、階上のホームへと消えて行った。
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