第三章~パルプ・フィクション~④

「映画の話しを聞く前に、時間が出来たから、有間クンに聞いておきたいことがあるんだけど!」


 劇場で話していた時とは、また異なる気配で語る亜莉寿に、


「はい、なんでしょう」


と再び気圧される秀明。


「どうして、一ヶ月近くも同じ教室にいて、私のことに気付かなかったの!?」


 問い詰めるかのような口調の亜莉寿に、


(うわ~、やっぱりメッチャ怒ってる)


と焦りながら、


「その件については、申し開きの機会をいただけないでしょうか?」


と、恐る恐るたずねる。


「いいでしょう。では、被告人、前へ」


(被告人!? 犯罪者扱いかよ!)


「何か、不満でも?」


「いえ、何でもありません。ワタクシ、有間秀明は、被害を訴えておられる吉野亜莉寿さんに対して、重大な思い違いをしていました。昨年の夏、二人が出会った時、彼女は宝塚市内のビデオ店で働いておりました」


「確かに、そうですね」


「有間秀明としては、自分と同じ年の中学生がアルバイトをしているとは思えず、初対面の吉野亜莉寿さんを年上の女性だと認識していたのです」


「なるほど。一理ありますね」


「はい、ビデオ店の所在地から店員さんは、宝塚在住だと考えていましたし、また、彼女が働いている時と高校に通学される吉野さんとは髪型が違いました……夏の日に出会った店員さんに対して、大人っぽい雰囲気でキレイな女性だな、と感じたので、彼女が自分と同じ年齢だとは想像できず、自分と同じ高校に同級生として在籍しているとは思い至ることが出来ませんでした」


「今の供述をもう一度」


「えっ、と。髪型が違って、大人っぽい雰囲気だったので……」


「そ・の・あ・と!」


「その、キ、キレイな女性だな、と感じたので、自分と同じ年だとは思いませんでした」


 最後は、小声になりながら供述する。


「なるほど、被告人は、被害者の吉野亜莉寿さんに対して、その様な感情を抱いていたのですね」


 ニマニマと笑いながら問う裁判長。さらに続けて


「しかし、それだけ印象的な女性なら、髪型が異なっていたとしても気付かないものなのでしょうか? 被告人は、髪型をアップにした女性にしか関心を示さない特殊な趣味を持っているのですか?」


「いえ、決してそんなことは……入学式のあの日も、彼女と目が合ったかも、と動揺しましたし。って、あっ!」


「『《アイドルと目が合った》とか言うファンと一緒じゃないか!』でしたっけ?それは、照れ隠しだったということですか?」


「なんで、知ってるん!?―――って、ショウさんから聞いた?」


 小芝居も忘れて聞き返す秀明。


「はい、今回の貴重な証人である正田さんの証言です」


「そうですか。正田舞さんの証言でも理解いただけたかと思います。有間秀明は、自他ともに認める女子とは縁が無い男子ですので、その辺りのことも考慮して、裁判長には、ぜひとも寛大な判決をいただければと考えます。被告側からは、以上です」


「わかりました。被告人にも相応の事情はあった様ですし、情状酌量の余地ありとして、被害者・吉野亜莉寿のこれまでの心情を理解し、これからも彼女の心情に配慮することを条件に、《無罪》としましょう」


「ありがとうございます。ところで、裁判長、最後に質問させていただいてもよろしいですか? 吉野亜莉寿さんが、有間秀明の名前を認識していたのは、ビデオショップの会員証の名前を見たからなのでしょうか?」


「そうですね。彼女は会員証に書かれた名前を記憶していました。今回の様な裁判に備えて、ビデオ店での彼の貸出履歴も調査したそうです」


 二十一世紀の現在なら、ビデオショップのSNSアカウントが、大炎上しが発生しそうなことをサラリと言う。


「ちょっ……それ、プライバシーの侵害でしょう!越権行為じゃない!?」


「有間秀明容疑者の性格や人となりを理解するための調査です。問題ありません」


 この場の司法を取り仕切る彼女は、ピシャリッ! と言い切った。


(マジかよ! やっぱり、このコを怒らせたらアカンわ)


と、秀明が背中に冷や汗を感じていると、


「ねぇ、もう髪を下ろしてもイイかな?」


彼女は問うので、


「どうぞ、ご自由に」


秀明が、返答すると、彼女は本気とも冗談とも判断が付かない口調で、こう言った。


「あぁ、良かった。有間クンがポニーテールの女子しか相手にしないタイプじゃなくて」


(しかも、結構、根に持つタイプやし……)


 これ以上、自分に火の粉が掛からないうちに、秀明は、話題を変えることにした。


「そう言えば、あの時レンタルさせてもらった『恋しくて』の感想を話せてなかったけど……」

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