第二章~Get along~⑤
その日の放課後、秀明はクラスメートを伴って、放送室へ向かう。
ノックをして放送室に入ると、坂野昭聞と高梨翼の姿があった。
「おっ、来てくれたか !秀明と……吉野さん!?」
昭聞が驚きの声を挙げる。
「有間クンに誘われて、お話しを聞かせてもらいに来ました。よろしくお願いします」
と亜莉寿が丁寧に挨拶する。
秀明は、三人の様子をうかがいながら、切り出した。
「高梨先輩、僕と坂野クンのクラスメートの吉野亜莉寿さんです。放送部の新しい企画に興味を持ってくれたので、今日は一緒に来てもらいました」
上級生にクラスメートを紹介したあと、続いて、
「吉野さん、こちらは、今回の企画の立案者で二年生の高梨翼先輩です。坂野クンとは、中学校時代からのお知り合いだそうです」
とクラスメートに上級生を紹介する。
「わ~。ありがとう~吉野さん! 女の子に来てもらえて嬉しい~」
そう言って抱きついてくる翼に、戸惑いながら、亜莉寿も「よろしくお願いします」と再度、上級生に答えた。
その様子を見ながら、秀明は
「すいません。部外者なのに、勝手に話しを進めてしまって……」
と、神妙に謝罪の言葉を口にした。
「ううん、有間クンもありがとう! じゃあ、早速、吉野さんにも話しを聞いてもらおうか~」
と、翼が場を仕切り始め、状況に追い付いて来ていない昭聞の表情を確認し、秀明は、胸を撫で下ろし、
(よし! ブンちゃんに吉野さんのことをあれこれ聞かれる前に、凌ぎきった)
と安堵していたのだが――――――。
※
放送部の二人は、前週の金曜日に秀明に話した企画内容と意図をあらためて説明した。
「面白そうな企画ですね」
肯定的な意見を述べる亜莉寿に好い感触を得たのか、翼は昭聞に向かって提案した。
「あきクン! この二人になら、あのお話しをしてもイイかも~」
昭聞は、「そうですね」と即答し、
「映画の情報番組に出演してもらうには、当然、映画を観てもらうことになるけど、毎回、自腹を切って映画館に行くのも大変やろう?」
「あ~、それはそうやね」
と秀明が答え、亜莉寿もうなづく。
「そこで、我が放送部もなるべく出演者のフォローをするべく、試写会のペア券を手に入れております!はい、拍手!」
昭聞の一言に、「おおっ!」と声を挙げて秀明と亜莉寿は手を叩き、なぜか翼もこれに加わる。
「今回、入手したのは、六月公開予定の『ショーシャンクの空に』!」
昭聞が、そう宣言すると、亜莉寿のテンションが俄然上がる。
「ホントに!?」
「それって、スティーブン・キング原作の映画やった?」
と確認する秀明に、
「そう! この原作が、スゴくイイお話しなの!」
と亜莉寿。
「吉野さんは原作を読んでるんや。これは、映画の方も期待できるかな。それに、吉野さんと二人で映画に行けるんや。秀明にとっては、五十八万円くらいの価値があるやろう?」
と言ってニヤニヤ笑う昭聞。思わぬ話しの展開に秀明は、
「あー、そうやな……」
と曖昧な返事をし、
「五十八万円って、何のこと~?」
と翼が疑問を口にする。
「今年の春くらいに、テレビのオークション番組で、『某アイドルの主演映画をそのアイドルと二人で観る権利』が、出品されたんですよ」
昭聞は、先輩の質問に答え、さらに続ける。
「その権利の落札価格が五十八万円だったんですけど、有間秀明センセイ曰く、『自分たちの様なモテない男子が、アイドル級の美少女と映画デートするには、それくらいの価値はある』だそうです」
笑いをこらえながら説明する昭聞に、
「そうなんや~。デートするだけで、五十万円以上も払うの? 男のヒトって、アホやなぁ~」
のんびりした口調で話す翼。
そのの言葉を耳にしながら、秀明は、いよいよ焦りだす。
しかし、彼の動揺をよそに、吉野亜莉寿は、こんなことを口にした。
「坂野クン、私、昨日、有間クンと映画を観て来たよ?」
「はぁ~!?」
放送室に二人が入室してきた時より、さらに、大きな声を挙げた昭聞の表情をうかがいながら、
(あ~、やっぱり隠し通すのは無理やったか……)
と秀明は、うなだれた。
「そんな話し、何も聞かせてもらってないんやけど!」
昭聞が、秀明の肩に手を置き、詰め寄る。
「これは、ジックリと話しを聞かせてもらわなあきませんな~、有間センセ!」
昭聞の腕に一層チカラが加わるのを感じながら、秀明は、昨日、起こった出来事を回想していた。
※
五月二十一日、日曜日。
約二ヶ月ぶりとなる劇場での映画観賞に気持ちが高ぶったこともあり、この日の初回の上映時間よりも、二十分ほど早く劇場に着いた秀明は、チケットを購入し、館内でスクリーンから三列目にある好位置の座席を確保してから、一旦ロビーに出た。
ロビーの椅子に腰掛けながら、チケット購入時に手渡される、この映画館の近況や近日上映予定の作品が書かれた、手書きの《かわら版》に目を通す。
彼は、映画上映前に、この劇場謹製のオリジナル小冊子を読み込むのを楽しみにしていた。
その時、不意に彼の斜め前方から声がした。
「ねえ、有間クン、だよね? 稲野高校の……」
アプリコットとジャスミンの混じった香りが、秀明の鼻腔をくすぐり、手元の《かわら版》から声のする方へと視線を向ける。
――――――と、そこには、彼に謎解きの課題を課しているクラスメートが立っていた。
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