第一章~リアル・ワイルド・チャイルド~⑤

 翌週の月曜日の昼休み、秀明たち四人組が日曜日に行われた皐月賞のレース回顧をしていると、彼らのもとに、梅原と同じ中学校の出身であるクラスメートの三津屋と竹本委員長の二人がやってきた。


「おめでとう委員長! タヤスツヨシ負けてなお強しの二着やったな! 直線の長くなるダービーなら一番人気確定じゃない?」


「オレの言ったとおり、タヤスツヨシ来たやろ? でも、あそこまで、ジェニュインを追い詰めたら勝ってほしかったけどな~」


 この日も、言いたいことだけ言うと、委員長は、自席に戻る。

 そして、秀明は、自分たちの元に残った新たな来訪者に声を掛けた。


「三津屋クンは、何か話したいことがあった?」


「伊藤クンと梅ちゃんから、『ここで何か面白い話しをしてる』って聞いたから」


 理系志望の彼は、同じく理系学部志望の伊藤、梅原と同じ授業を受けることが多く、彼らから昼休みの話題を聞きつけたらしい。

 昼休みに秀明の元に集うメンバーは五名となり、この時点で、一年B組内に形成されるいくつかのグループのうちの最大勢力となりつつあった。


「やっぱり、単位制に進学志望する人間は変わってるな。こんな話しをしてるメンバーがクラス内最大派閥になるとは」


 昭聞がつぶやくと、秀明はすかさず返す。


「ブンちゃん、自覚できてるか知らんけど、自分もその一員なんやで」


 などと相変わらずの掛け合いを続けていると、約一週間ぶりに正田舞が輪に加わってきた。


「わっ! ボンクラーズの人数が増えてる」


 笑いながら会話に加わる彼女につられて、新規加入の三津屋が照れて笑う。


「ちょっと、ちょっとショウさん! 『ボンクラーズ』って、そのネーミングどうなん!? いや、確かにその通りのネーミングやけど」


 秀明がツッコミを入れると、


「私が名付けたんじゃないで(笑)女子の間で、そう呼ばれ始めてるの知らんかった?」


 入学式から、わずか一週間足らずで、このメンバーは、良くも悪くも(いや良い要素はほぼ無いのだが)クラス内で目立つ存在になりつつある様だった。


「それは、存じ上げませんでした」


 答えた秀明は、中学時代からなじみの女子の来訪を歓迎し、質問する。


「ところで、ショウさん。今日も何か聞きたいことでもあるの?」


「いや、その逆。先週、頼まれたことを伝えようと思ったんやけど……あまり大勢のいるところでする話しでも無いな~。有間、今日帰りの時間合わせられる?」


 そう聞き返す舞に、秀明は一瞬、考える。

 中学三年の夏休み以来、家庭内の炊事全般を任されていた彼は、普段、高校の授業が終わると、真っ先に教室を後にして帰路に着くことにしていた訳なのだが……。


「うん。今日必要な買い物は済ませてるから、そんなに遅い時間じゃなければ大丈夫!」


「じゃあ、放課後、猪名寺駅の改札で待ってて」


 正田舞は、そう答えて去っていった。



 県下の様々な地域から生徒が集う稲野高校の単位制クラスは、鉄道による通学者が多くを占めており、自宅の最寄り駅の場所によって、校舎に隣接する位置にある猪名寺駅を利用する組と、校舎からは数百メートル離れた位置にある稲野駅を利用する組に分かれる。

 その日の放課後、他のクラスメートと話し込んでいる梅原、稲野駅から帰宅する伊藤と校門で別れた秀明は、帰宅方向が同じである昭聞と、猪名寺駅の改札口で雑談をしていた。


「ショウさんの話しって、やっぱり吉野さんのことかな?」


「さぁ? でも他に正田さんに頼んでたことがないなら、そうなんちゃうの?」


 そんな話しをしていると、二人の元に正田舞がやってきた。


「あっ、坂野クンと二人なんや」


 彼女が二人に声を掛けると、昭聞は、気を利かせる


「ゴメン、帰る方向が同じやから。正田さんの話しが秀明にだけ話す内容なら、少し場所を離れるわ」


「うーん、まあ、坂野クンだけなら話しても大丈夫、かな?伝えたかったのは、吉野さんのことなんやけど」


 やっぱり……という表情で顔を見合わせる秀明と昭聞に、


「今日の体育の授業の時に吉野さんと話しをさせてもらったんやけど……」


と、彼女がその時の会話から得た情報を話してくれた。

 吉野亜莉寿が正田舞に語った内容は、入学式直後の自己紹介の時に伝えたことのほかに、


・両親の仕事の関係で幼少期は海外で過ごす期間が長かったこと

・そのため子供時代に親しんだテレビ番組などについて同世代と話しが合うことが少ないこと

・趣味の読書は両親の、映画観賞は叔父の影響が大きいこと


など、彼女の人となりが伺えるエピソードだった。


「なるほど。吉野さん、自己紹介の時だけじゃなくて、他の生徒と雰囲気が違うと思ってたけど、その話しを聞くと納得やわ。けど、オレも聞かせてもらって良かったんかな、その話し」


 昭聞が納得しながら、自身が会話に加わったことについての疑問を口にする。


「まあ、問題ないんじゃない? いま、話したことを他のクラスメートに話しても大丈夫か確認したら、『あまり大勢のヒト相手で無ければ、そうして欲しい……』って、了承してもらったから」


と情報提供する彼女は快活に答え、ほほ笑みながら、クギをさすことも忘れない。


「それに、有間も坂野クンも、女子のプライバシーを誰彼かまわず話すタイプじゃないやろ?」


「「はい、気をつけます!」」


声を合わせて応じる男子二名。


「……で、肝心の吉野さんがオレと関わりがあったかどうか、って何かわかった?」


と前週から気になっていたことを聞こうとする秀明に、


「あぁ、今日はそれが本題やった! 吉野さんに有間と関わりがあったのか聞こうとしたら、彼女の方からさぁ……」


 そう言って、正田舞は、授業中の吉野亜莉寿との会話を回想した。

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