プロローグ~イノセント・ワールド~③
今度は、秀明がウンウンと頷き、
「それで、お姉さんの見解は?」
「うん、それで……」
再び何かに取り憑かれたかの様に語り出す。
「その別々のグループに居て交流するハズのないメンバーが、補習授業で一同に集まるってアイディアが素晴らしいと思うの」
「ああ、あの五人が登校してくるシーンの演出、スゴく良いですよね」
映画を観る上で、ストーリーを構成する脚本とともに、映像的演出を重視する秀明も同意する。
「そうそう! あのオープニングの映像だけで五人の個性や特長を分かりやすく伝えているし、同じクラスなのに、接点の無さそうなメンバーが、教室に閉じ込められることで、否応なく他のグループの生徒と向き合わせるという展開は、ホントにスゴいと思う。さらにスゴいのはね、その別々のグループに居る者同士の恋愛を描くことで、新しいドラマを生み出したことかな」
「なるほど!」
一気呵成の意見表明にも反応良く賛同する秀明。
気を良くしたのか、さらに彼女は言葉を続ける。
「あと注目したいのは、クラスで浮いている不思議ちゃんのアリソン。黒づくめのメイクとファッションの《ゴス》少女が映画で取り上げられたのは初めてなんじゃないかな?お嬢様のクレアに、『わたしたちも自分の親みたいになるのかな?絶対にイヤ』って話し掛けられた時のアリソンのセリフが、またイイの!『そうなるわ、必ず……』」
「「『大人になると心が死ぬもの』!!」」
二人の声がハーモニーの様に重なる。
一瞬の沈黙のあと、アハハハハハハ、と職務放棄中の店員は、今までで、一番大きな声を挙げて笑った。
彼女の声に秀明も声を少し弾ませて答える。
「このセリフ、何か印象に残ってるんですよね」
「あ~、驚いた! あのセリフに共感するヒトと話せるとは思わなかったから」
また、嬉しそうに笑う彼女は話しを続け……て。
「あのセリフは、大人になっても『心が死んでいない』ジョン・ヒューズだからこそ書けたんじゃないかな、と思うのね。だからこそ、この映画、10代の自分たちに共感できる内容になっているんじゃないかと思うんだけど。あ~、この気持ちを共有できるヒトと会えるなんて、清々しい気分!この映画のラストの不良少年ジョンが拳をあげたのは、こんな気持ちなのかな?」
(いや、それは良く分かりませんけど)
そう思いながら、秀明は内心で苦笑しつつ、
「お姉さんが嬉しい気分になってくれたなら、ボクも嬉しいですよ」
と笑顔で返しておいた。
「ありがとう。少し雨が小降りになって来たけど、まだ時間は大丈夫? キミに時間があるなら、『フェリスはある朝突然に』についても話したいんだけど……ダメ、かな……?」
気遣いを見せながらも、すがる様な表情をみてとった秀明は、「大丈夫ですよ!」と、快活に応じる。
「せっかくだから、お姉さんの『フェリス~』論を聞かせて下さい。あっ、『フェリス~』にも気に言っているセリフがあって、主人公のフェリスが、冒頭とラストで観客に向かって言う『人生は、何をするか、ではなく、何をしないか、だ』みたいなセリフなんですけど……」
「そうね! それも、ジョン・ヒューズが10代に贈っているメッセージと言えるかも。フェリスは、映画の中で、たくさん名言を残しているし(笑)でもね、この映画は、一見主人公と思われているフェリス以外の登場人物が重要だと思うの」
「ふ~ん、と言うと?」
(どう言うことなんです?)
と疑問に感じながら彼女に発言を促す。
「うん。この映画のフェリスって、他のヒューズ作品の登場人物と違って、完全無敵のヒーローって、感じじゃない?クラスの中でのハミ出し者だけじゃなくて、中心的人物の体育会系男子や流行に敏感な女子にも、それぞれ悩みはある!って描写が、ヒューズ作品の特長なのに……」
「あ~、確かに、フェリスって、映画を観たヒトが共感する存在じゃなくて、『あんな風に自由に生きられたらな』って思う、理想のキャラクターを演じてる気がしますね!」
「そうそう、この映画の本当の主人公は、フェリスの友人のキャメロンと妹のジーニーなんじゃないかな?学校をズル休みしたり、成績を改竄したり、やりたい放題のフェリスに、『あいつは特別だから……』って、ふさぎ込んだり、『どうして、兄貴だけ贔屓されるの……』って、嫉妬したり。でも、そんな二人がラストで自分自身のことについて、前向きになれるところが良いな、って感じるの」
「なるほど……言われてみれば、友人キャメロンとフェリスの妹の方が共感しやすいキャラクターですね~」
「でしょう(笑)? そして、キミが言ってくれた『人生は、何をするかではなく、何をしないかだ』も、この映画のテーマになってると思う。人間が自分の人生を振り返る時に思うことって、『あの時、こんな事をしなければ良かった』ってことよりも、『あの時、ああしておけば良かった、こうしておけば良かった』って言う後悔なんじゃないか、と思うの。キャメロンは、ふさぎ込んだ性格だけど、それは、将来の進路を指図する父親に遠慮して、自分自身を抑え込んでいるからだと気付いて……だから、最後にキャメロンが自分を抑圧する父親と対決する、と決意する場面は、ホントに胸が熱くなるなって……」
それまでの冷静沈着な話しぶりから一転、急に感情を込めた口調になった彼女に、秀明は声を掛けられないでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます