プロローグ~イノセント・ワールド~②
「レンタル期間は、一週間でよろしいですか?」
「いえ、一泊二日で……」
(ここで会計を済ませてしまうと、この雨の中、外に出ることになってしまう……)
などと困惑していると、
「あっ、勝手にすすめてしまってゴメンナサイ。まだ、雨が強いから、良かったら、そこで休んで行きませんか?」
と、ドリンクの自販機の横に備え付けられたベンチを指差す。
「では、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
ペコリとお辞儀をして、一泊二日分のレンタル料金を支払い、
(雨宿りさせてもらうから、自販機でドリンクくらい買ってた方が良いよな)
そんな事を考えながら、ドリンクを選ぼうとすると、
「さっきのお話しの続き、イイですか?」
と、再び声を掛けられる。
何度目かの不意打ちに
「えっ、あっ、はい」
と、これまた何度目かわからない当惑の言葉を返すと……。
アハハ、と声を上げて笑う店員。
「ゴメンナサイ。さっきと同じ反応だったから面白くて」
さすがに、この言葉には、秀明も少しムッとして、反論する。
「いやいやいや、そんな風に急に声を掛けられたら、ビックリしますって」
と反論する。
「あっ、ゴメンね。こっちから話してばかりで。でも、『ホーム・アローン』以外で、ヒューズの映画の話が出来るヒトが居ると思うと嬉しくて」
そう言うと、彼女はもう一度「ゴメンナサイ」と言って顔の前で手を合わせた。
この時になって、秀明は、ようやく冷静に彼女の姿をとらえることが出来た。
身長は、一六五センチの自分と同じくらい。
スラリと伸びた手足と大人びた雰囲気、何より店員として働いていることから考えても、中学生の自分よりも、いくつか年上だろうか?
そんな想像を巡らせていると、
「良かったら、雨が止むまで、少しお話しさせてもらえませんか? ビックリさせてしまったお詫びも兼ねて、ココのドリンクをおごらせてもらうから。他にお客さんも居ないしね」
先ほどと同じように、また悪戯っぽい笑みを見せながら、マイペースで話をすすめる年上と思われる店員に対して、つい敬語になり、
「あ、ありがとうございます」
「何か飲みたいモノはある?」
「じゃあ、ウーロン茶をお願いします」
「は~い」
と返事をして、自販機に硬貨を投入。
ウーロン茶のボタンを二回押し、取り出し口から引き出して、一本をベンチに腰掛けた秀明に差し出す。
「それで、ヒューズ作品についてなんだけど……」
自分もベンチに腰掛け、会話を続ける。
「今まで、どんな作品を観たの?」
「今日、借りた『恋しくて』以外、そこのコーナーにある映画は全部」
「ホントに!? どの作品が良かった? 少し感想を聞かせてくれない?」
またしても急な展開に苦笑しながら答える。
「えーと、五本の中では、『ブレックファストクラブ』と『フェリスはある朝突然に』が良かったかな。『素敵な片想い』と『プリティ・イン・ピンク』は、似た様なストーリーだったし……『ときめきサイエンス』は、伝えたいメッセージは分かるけど、如何にもオタク向けに感じられる、と言うか……」
店員は、うんうん、と頷きながら、さらに質問を重ねる。
「『ブレックファストクラブ』と『フェリス~』は、どんな所が良かった?」
「う~ん。『ブレックファストクラブ』は、登場人物の設定と言うかキャラクターがリアルなところが良かったかな。学園モノの映画って、イイ奴とイヤな奴がハッキリと描かれている作品が多いと思うけど、この映画は、そんなお約束の型にハマっていないと言うか……クラスの中でも、グループが違うクラスメートとは、交流もなかったりして、相手が、どんな事を考えたり、どんな事で悩んだりしているのか分からないことも多いけど、色々と話したりすることで、ほんの少しでも『互いに分かり合えた』と思わせるところが、何かイイなぁ、と」
「おぉ~、語ってくれますね~」
ニヤニヤ笑いながら指摘され、秀明は、自分が照れているのを感じた。
しかし、ショップの仕事を放棄中の隣に座る店員は、なおも、興味津々! と言う雰囲気で質問を続ける。
「『フェリスはある朝突然に』は、どんな風に感じた?」
「『フェリス~』は、『ブレックファストクラブ』みたいなリアリティは感じられなかったけど(苦笑)でも、あんな風に平日に学校をサボって、街中でやりたいこと、好きなことが出来たら、楽しいだろうなって言う憧れみたいなモノを感じるかな? 日本じゃ絶対に無理だけど。って、アメリカでも、あんなの有り得へんか(笑)」
「そっかそっか」
満足した様子で、傍らの女子店員は、今度は自分から語り出した。
「ジョン・ヒューズの学園を舞台にした映画なら、『ブレックファストクラブ』と『フェリス~』の出来が抜けているのは、ワタシも同意かな。ちょっと、ワタシの方からも語らせてもらって良い?」
「どうぞどうぞ」
「まず、『ブレックファストクラブ』は、学校のクラス内で感じられる階級と言うか《グループ》の存在を明確に描いたことが画期的だと思うの。体育会系のスポーツマン・ファッションに関心の強いお嬢様・成績優秀の優等生・クラスで孤立している不思議少女・クラスメートに関心を持っていない不良少年。これまでの映画でも、個別にこんなキャラクターが描かれることはあったと思うけど……それぞれのグループに所属するメンバーは、他のグループと交流が無くて、『相手がどんな事を考えているのか分からない』って言うのは、キミの言ったとおりね。それで……」
ココまで一気にまくし立てると、彼女は自分をおちつけるためか、一息ついた。
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