エピローグ~シーソーゲーム・勇敢な恋の歌~①

 翌日の土曜日、約束の時間通りに、阪急仁川駅のロータリーで待っていた秀明の元に、一台のミニバンが近づいてくる。

 軽くクラクションが鳴らされ、運転席後部の二列目のシートからは、亜莉寿が手を振っているのが見えた。

 秀明は、亜莉寿と彼女の両親に挨拶と礼を述べて、ミニバンに乗車する。


 車内にて、「忘れないうちに――――――」と、秀明は、自宅のパソコンでプリントアウトしてきた自分のメールアドレスが印刷された用紙を亜莉寿に手渡す。


「ありがとう! 向こうで、インターネットの環境が整って、メールが使えるようになったら、すぐに、このアドレスに連絡させてもらうね!」


 亜莉寿は、喜んで用紙を受け取り、丁寧に折りたたんで、自分のカバンのポケットに仕舞いこんだ。

 そして、再び、隣に座る秀明に話しかける。


「昨日は、家に帰ったあと、正田さんにもお別れの電話をさせてもらったんだ……」


「そっか……ショウさんとは、メールのやり取りが出来ないかも知れないから、お互いに名残惜しかったんじゃないの?」


 秀明が、そうたずねると、


「そうだね……正田さんとは話しが尽きなくて、結局、夕食の時間まで話し込んじゃった」


と、亜莉寿は、舞との会話を思い出しながら、少し微笑んだ。


「おかげで、我が家の電話は、ずっとふさがったままだったよ」


 後部座席の二人の会話を聞いていた亜莉寿の父・博明が苦笑しながら答える。


「向こうでは、長電話は程々にしてね……」


 ため息をつきながら、母親の真莉も、亜莉寿にクギをさした。


「は~い」


と、返事をした亜莉寿は、秀明を見て、また悪戯っぽく笑った。



 仁川駅から関西国際空港へは、高速道路を利用して、一時間ほどの行程だ。  

 四人が搭乗の時間まで待機する空港の四階、国際線出発フロアは、春休み中の週末ということもあって、多くの人で賑わっていた。

 開港から一年半しか経過していない新空港に初めて来た秀明にとっては、周りの風景が、すべて新鮮なものに映る。

 空港ビルの広大さとデザイン性に圧倒されながら、亜莉寿と言葉を交わしているうちに、「アテンションプリーズ!」と、空港内でおなじみのアナウンスが流れ、彼女たちの搭乗時間が迫っていることを告げた。


「じゃあ、そろそろ行くね……有間クン、私のメールが届くまで、寂しがって泣かないようにね!」


 亜莉寿は、冗談めかして秀明に語りかける。


「う~ん。亜莉寿からのメールが来るまで、寂しくて、毎日、枕が濡れてるかも」


 秀明も、おどけた表情で答える。


「それだけ言えていれば、大丈夫そうだね!」


 亜莉寿は、クスクスと楽しそうに笑いながら、秀明の返答を受け取った。

 そんな二人の様子を見ながら、母親の真莉も秀明に声を掛ける。


「有間クン。娘のことを色々と気に掛けてくれて、本当にありがとう。時間があったら、遠慮なく私たちの所に遊びに来てちょうだい。あなたも、学校や受験をがんばってね」


 穏やかな表情で話す真莉に、秀明は恐縮しつつ、


「はい! そう言ってもらえるだけで嬉しいです。ありがとうございます」


と、答える。

 急に、かしこまった秀明の様子を楽しそうに眺めながら、


「それじゃ、有間クンのこと、お願いね!」

「ああ、わかったよ」


 亜莉寿は、最後に父の博明と意味深長なアイコンタクトを交わした後、母と一緒に、秀明と父に手を振りながら、保安検査場に続く出発口に消えて行った。



 亜莉寿と母の真莉の搭乗したロサンゼルスへの直行便を屋外のスカイデッキで見送ったあと、秀明は、博明に声を掛けられた。


「無事に飛行機も見送ることができたし、そろそろ戻ろうか。ところで、有間クン。今日は、この後、何か予定が入ったりはしてないかい?」


「いいえ、特には……今日は週末なので、夜までに自宅に戻れたら問題ないです」


 そう答える秀明に、博明は、意外な提案をしてきた。


「そうか! 実は、亜莉寿に頼まれて、君を連れて行きたい場所があるんだ。夕方までには、すべて終わって帰ってもらえると思うんだけど、ちょっと、僕に付き合ってもらえないか?」


 亜莉寿の父からの誘いということもあり、特に断る理由もなかった秀明は、


「わかりました! 一緒に行かせてもらいます」


と、快諾する。


「ありがとう! 娘からの依頼を果たせそうで、気が楽になったよ」


博明は、笑顔で答え、


「それじゃあ、目的地に着くまでの車内で、以前に会った時に約束した僕と亜莉寿の母親の昔話でも聞いてもらおうか?」


と言って、空港内の駐車場に向かった。

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