第十四章~バスケット・ケース~⑫

 それなのに――――――。


 聞き間違いでなければ、彼は、自分のことを「好きだ」と言っていた。

 それは、一般的にいうところの恋愛感情というものなのだろうか?

 仮にその通りだとすると、春先の一時期をのぞけば、彼をからかったり、迷惑を掛けっぱなしだった自分に対して、好意を向ける理由がわからない。

 秀明が、女性にモテないとしても、本人が好意を向けるだけなら、クラスにも他の女子がいるのに、何故よりによって自分なのか?


(どうして、私なの? ワケがわからないよ……)


 それが、吉野亜莉寿の現在の偽らざる本音だった。

 今日の会話の中でも、秀明は、何度か


「亜莉寿には、かなわない」


という意味の言葉を発していたが、亜莉寿からすると、自身の事情のことしか頭になかった自分の方こそ、秀明には、到底かなわないと思う。

 もしも、逆の立場で、秀明が亜莉寿の元から去るという決断をしていたら、自分は、彼のチカラになってあげることが出来ただろうか?

 曖昧に笑い、自分が寂しく想う気持ちを察してほしい、と思っていただけで、何も行動できなかったのではないか?


 そう考えると、自分の気持ちを押し殺しながら、亜莉寿にとっての最善の方法を常に考えてくれた秀明に対しては、ますます頭が上がらない気がした。

 少なくとも、自分には、彼に好意を持ってもらえるだけの理由がないと思うし、その資格も持ち合わせていない様に感じる。


(こんなのって、おかしいよ――――――)


 亜莉寿は、また、自分には理解できないことだらけの思考のループに陥りかける。


 ただ、そんな自分でも――――――。

 ここまで考えて、わかったことがある。

 一つは、一学期が始まってから秀明たちを観察していた際に芽生えた、彼の周りに多くの生徒が集まって来る理由だ。

 彼の周りに集う生徒を見ると、一様にマニアックな趣味を持っていそうな面々が多い。

 亜莉寿自身も例外ではないが、世間一般と比べて、マイナーなジャンルの趣味を持つ人間は、


「どうせ自分の話しは、他人には通じない」


というプライドを持ちながら、その反面どこかで、


「自分の話しを理解してほしい」


という想いを持っている。

 秀明は、趣味の方面ではメジャーでないジャンルを好んでいる様だが、他人の話しを否定せずに寄り添いつつ、場を盛り上げる術に長けている。

 自分が、秀明に色々と打ち明け話をしてしまったのも、そんな彼の性格の成せるわざなのだろう。

 そして、もう一つ――――――。

 自分は、これからも、秀明とたくさんコミュニケーションを取りたいのだ、という想いにも……。


「離ればなれになっても応援している」


と、秀明に言われた時、亜莉寿は、何故か彼に突き放された気がした。

 今までの様に頻繁に会うことは出来ないだろうが、自分と秀明なら、電子メールの文章の往復だけでも、十分に楽しくコミュニケーションが取れる、と亜莉寿は確信していた。

 秀明が、なぜ今生の別れの様なニュアンスの言葉を選んだのか――――――。

 亜莉寿には理解できなかったが、もし、そうなってしまったら、と考えると、とても、悲しく、寂しい気持ちになった。

 秀明が熱く語った、あの映画の様に――――――。


 電子メールでのコミュニケーションを取るという、自分の提案を受け入れ、彼が前向きに考えてくれた時は、ホッと安心することができた。

 自分は、まだまだ秀明とたくさんのコミュニケーションを取る時間を必要としている――――――。

 それだけは、ハッキリと確信を持って断言できる。


 そのためには、自分に出来ること、もっと言えば、自分にしか出来ないことで、秀明から受けている《恩》を返していきたい――――――。

 吉野亜莉寿は、そう強く想い、父と叔父に相談を持ち掛けようと決意した。

 そして、今の気分を誰かに聞いてもらいたくなり、リビングに移動して、固定電話のボタンに指を伸ばした。

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