ナナカマドの宿り木

よろず

本編

プロローグ

「大人舐めんじゃねぇぞ! クソガキがッ!」


 鈍く光る刃が翻り、己の終わりを悟った。


 喧嘩を売る相手を間違えたのは明白で、だけど、許せなかったのだ。

 こいつは仲間の売上を奪って、罵って、足蹴にした。


 親に捨てられた。

 誰にも必要とされてない。

 何の力も持たない子どもでも、俺たちは生きている。生きたい。死にたくない。


「クルトっ」


 細い少女の体が、視界へ滑り込む。


「あ――」


 慌てて手を伸ばしたが間に合わず、鮮血が、地面へ散った。


「アズッ!」

「アズサッ!」

「アズちゃん!」


 仲間の、年長者たちの声が少女を呼ぶ。


「アズ、さ……」


 倒れ込んできた体を、呆然と受け止めた。


 どうしよう。真っ赤だ。

 みんなの光が――死ぬ。


「クルト、おバカ。……一人はだめって、おしえた」

「ご……めん、アズ、死なないで」

「……止血、して、行くよ。フランクせんせ、のとこ。縫えば、治る」


 少女から教わっていた応急処置を思い出し、着ていたシャツを脱ぎ傷口へ押し当てた。

 傷を見て、ゾッとした。

 可愛いらしい少女の顔に、大きな切り傷。


 血塗れで、少女は微笑んだ。


「だいじょうぶ」


 血を吸ったシャツを自分の手で抑え、少女は立ち上がる。


「――報復と、見せしめを」


 少女の指示に頷き、年長者たちが意識を刈り取った男の体を引きずって行く。


「アズちゃん、おばか! 飛び出すなんてどうかしてる!」


 少女と仲の良い年長組の一人が駆け寄ってきて、泣きながら、怒っていた。


「フェナ……。ごめんついでに、後、頼んでも良い? 私はクルトと、フランク先生の所に、行ってくる」


 少女は己の足で立ち、自分で歩き、医者のもとへと向かった。

 守れず、守られ、傷付いた彼女を背負うことすらできない。

 己の無力さに、腹が立った。


 フランクは、孤児たちがよく世話になっている数少ない信頼できる大人で、医者だった。

 処置が終わり、ベッドに寝かされた少女は熱を出した。


 誰も、彼を責めなかった。


「なぁ、お前」


 背後から掛けられた、知らない大人の声。


「俺は、フランクの昔馴染だ。あいつから、お前らの話を聞いた。――強くなって、あのお嬢ちゃん、守りたいんじゃねぇかと思ってよ。……力になれるぜ?」


 強くなりたい。

 今度こそ、自分が彼女を守りたい。


 九つの少年は己の意思で、生き方を決めた。

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