今宵一刻値千金
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今宵一刻値千金
一陣の風が荒涼とした夜の大地を渡っていく。
夜を彩る虫の音も、侘しさを醸し出す鳥の鳴き声も、さや……と鳴る草木の音も聞こえない。所々に岩が転がっているむき出しの荒れ地の上にただ風だけが吹いていた。
そんな荒れ地の中にある岩の上に一人の初老の男が座り込んでいた。
男は己の横に置いてある瓶から手にしたぐい飲みに液体を注ぐとそれを一気に煽る。
「……それは酒か? まだ残りはあるのか?」
不意に後ろから声をかけられたが、初老の男は慌てる様子も見せずにそちらを振り返る。そこには初老の男より一回りほど若く見える壮年の男が佇んでいた。
「おお、これが最後の一本だがまだ半分ほど残ってるぞ。ほれっ」
「頂こう」
初老の男が自分のぐい飲みに酒をなみなみと注ぐとグッと突き出し、それを黙って受け取った壮年の男は初老の男の横に座ると一礼してこちらも一気に杯を傾けた。
「はっはっは! よいよい! 若いの、良い飲みっぷりだ!」
「もう若くはない」
壮年の男からぐい飲みを受け取ると初老の男はゆっくりと空を見上げた。その見上げた目線の先にあったのは――静寂が支配する星空に浮かぶ満月であった。
「良い月よのぅ」
「ああ、本当に良い月だった」
月を見ることもなく目を伏せたまま呟く壮年の男に初老の男は先程と同じように酒を渡した。渡された酒を男が飲もうとした時、再び一陣の風が大地を駆け抜けていく。
「良い風だな」
「そうさなぁ、良い風だった ……なぁ」
風に向かい合うように呟く初老の男を見ることもなく、壮年の男は酒を飲み干した。
その後は暫く二人は無言で酒を酌み交わしていたが、酒瓶の中の最後の一滴が尽きると初老の男はやや赤くなった顔をして壮年の男に問いかけた。
「なぁ、お前さん。お前さんは家族を
「俺の――俺の妻と子供は数日前の地球からの総攻撃で死んだ。最後にたった一つ残っていた避難シェルターごとお前ら地球軍のミサイルに焼かれてな」
「そうか、あの最後の一斉攻撃で……わしの息子夫婦と孫はお前さんら月面都市からの先制攻撃で死んだよ。あと数日で孫の誕生日祝いを家族揃ってするはずだったんだがなぁ」
西暦も2200年を過ぎた頃。
月の月面都市に移住した人類と、地球に残った人類の間に芽生えたお互いの主義主張の違いによる
戦争は約数ヶ月続いたが、遂に数日前に両陣営は最終攻撃に踏み切り、お互いの大地――地球と月面都市を焼き尽くしたのだ。
「地球の人間と月面都市の人間、もう生き残っているのはわしらだけなんだろうなぁ。わしの持ってる探査装置にはここ以外人類は未検出とでておるわ」
「ああ。俺の持ってるセンサーにも他に生きている人間が引っかからないからな。月面都市に行った地球の兵士も、そして俺のように地球に送り込まれた月面都市の戦闘員も――俺達以外にはもう他には誰もいない」
月明かりの中、座り込んだ地球の民特有の色の付いた髪の毛と日に焼けた肌の色をした初老の男と、月面都市の民特有の真っ白な髪の毛と肌の色をした壮年の男の間を風が吹き抜ける。
もしも地球人があの月の地球を照らす光の優しさにもっと早く気がついていたら
もしも月面都市の人間がこの大地を駆け抜けていく風の気持ちよさにもっと早くに気がついていたら
そうであったならお互いの関係は変わっていたのだろうか?
男達は一瞬そんな事を考えたが、すぐに頭から追い払う。もはや今となっては全てが遅すぎたから。
やがてどちらともなく立ち上がり二人は向かい合った。
「さて、酒ももうこれで無くなったことだし、わしらもそろそろ
「ああ――ああ。そうだな、これで終わりにしよう」
「わしの得物はこれなんじゃが、お前さんはなんだね?」
初老の男が腰にぶら下げていた棒状の物のスイッチを入れると「ブゥゥン……」という低い鳴動と共にブレード状の物が現れる。
「これは奇遇だな。実は俺も同じ武器をメインに使っている」
壮年の男が懐から同じような棒状の物を取り出してスイッチを入れると、やはりこちらも低い唸りと共にブレード状の物が現れた。
「ほほっ! お前さんも超高周波ブレードの使い手だったか!」
「ああ。まさか同じ武器の使い手と戦えるとは思っていなかった」
「いやあ、最後の夜にお前さんのような人間と酒を飲めて良かったわい」
「それは俺も同じだ」
二人はお互いの顔を見て少しだけ笑い、それから真顔になって距離を取ると超高周波ブレードを構えた。
どちらが勝とうとも、どちらが負けようとも、お互いに未来はない。
それでも二人は戦わねばならない。地球と月面都市、それぞれの人々の決着を着けるために。
「――では」
「――参る」
地球の民と月面都市の民の最後の戦いが今、はじまる。
<了>
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