39話 力不足





 いつもの図書館3階、パソコン室にて執筆作業に勤しんでいた。今日が批評日というのにギリギリまで作業をするのは毎度のことだけどやめられない。小説に限らず大学のあらゆる課題において。


『ピアノのない朝』はタイトル的にはかなり気に入っていたので迷ったが、『ランナーズハイ』に変更した。ピアノのない朝だと、このタイトルが表す意味は?と聞かれた時に、なんとなく良さげと答えてしまうほかないから。


 終盤、結構極端な情動を書こうと思って、川に友人キャラを飛び込ませてみた。息づく桜花の時のような、書く喜びや爆発的な集中力を渇望したけれど、そこまでは高まらず、ゆっくり白紙が文字で埋まっていく。まだ純文学らしい文体が馴染んでいないし、町屋良平の模倣でしかなく、自分自身の文体になれていないことは気づいていた。ただ、期限があるから書いている。その状態で、書き進めて終盤。批評の時間まであと2時間程度と時間が迫ってきて、ラストのプロットを思い浮かべて迷った。


 プロットのラストは、主人公とヒロインが結ばれない。


 この小説の2人はわかり合えないと思った。解決策もないまま、ピアノだけが止まって、でも走りは止まらない、ピアノの夢を追いかけるヒロインを追うことが夢だったのが、自分だけの夢に変わって、ただ走ることに没頭していく話だったのだ。


 でも2人がわかり合えないラストは、心情にかなり気をつかう。慎重な描写と展開が求められるけれど、今、そんな時間の余裕はない。迷っている暇すらない。


 ラストは渋々変更して、2人はわかり合ってしまった。ああ、こんなに綺麗なおわり方をする2人じゃないのだけれど、案外最後の一文まですんなりとおさまってくれた。ただ、出来上がった小説を印刷する際、一縷の後悔があった。はじめて純文学に挑戦したけれど、やっぱり難しかった。自分なりに文章や心情に想いの内や自分なりの哲学を込めたつもりでも、文体はただの町屋良平で、ラストも満足に書けなかった!

 力不足を実感した。






 部室に駆け込んだぼくは、頭をフル回転させた疲れで、ぼーっとしていた。すでに小説は多田師含む何人かに渡して、しばしの沈黙。1年生にも2人ほど読んでもらっているけれど、純文学もどきを読むのは初めてだろうから、ちょっと取っ付きにくいだろうなぁ、と思った。

 多田師は何やらメモを必死で取りながら、紙とにらめっこしていた。そこまで必死に批評してくれているのか、はたまた意味がわからん!と思っているのか謎だけれど……。


 ちなみに新生文芸部の批評はまさに理想の形で進行している。

 誤字・脱字のチェックや気になる表現があればもちろん言うが、好きだった表現とか、感想とか、考察があれば、なるべく言ってもらうようにしている。読めることは書けることに繋がる。2年生たちはまだ誤字・脱字チェックは漏れが多いのでいつもぼくが「おいおい見逃してるぜ〜」と煽るのだが、感想やら考察するのは全然上手い。何より批評の雰囲気が良い!以前までの「批評するよ」と言った瞬間のピリつきなどはなく、よーしやるか〜という普通にやる気のある空気感になって、批評中もかなり和やかな雰囲気でやれていた。


 文芸部は本当に平和になった。

 イベントのたびに心をすり減らすような出来事も、もうないのだ。


 批評が始まると、いや〜、わからないといった表情の多田師。「聞きたいことが山ほどある」と言っていた。批評はほぼ多田師の質問攻めとぼくの返答ラッシュのやりとりだけで進行し、1・2年は「ここの表現が好きです」とか「ここ誤字ありました!」とかで、終始ポカンとしていた。

 多田師とぼくは、お互いの小説を読むときは特に意識して踏み込んで質問していくことが多いのだけれど、今までで1番の質問攻めだった。それほど難解で意味不明な小説だったのだろう。

 批評が終わって、純文学自体が難解で多田師が読めないのか、そもそもランナーズハイが小説として破綻だらけなのか、持ち帰って確認する。結局、破綻があるのかどうかは分からないし、小説の理解には合う合わないがあるので判断できなかったけど、やっぱりぼくはもうちょっと独自の文体を確立させるべきなのかなぁと思った。まだ純文学をしっかり書いた自信がないから、これが純文学なんだよ!と胸を張れるまでにはなっていない。

 ただこの面倒なヒロインと文章の一部の表現はかなり気に入っていたので収穫は大いにあった。

 極端に難解な小説と、わかりやすくてストレートな小説の中間を、次は書きたいと思った。やっぱり書く以上、面白さが明確なものを読者にも読ませたいし、何より書きたい。


 でも次は、最後の小説かもしれない。


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