セクハラ疑惑で追放された俺と追放した勇者の両極端英雄録〜こっちは新しいギルドをつくるから、お前らは俺抜きで1から頑張りな〜【大陸の英雄たち】
第26話 「暮れずの黄昏」と「ディアンマ大森林」と「再来の巨獣」と「森の声」
第26話 「暮れずの黄昏」と「ディアンマ大森林」と「再来の巨獣」と「森の声」
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ジール・ドラゴの速度は、当然だが速い。
300キロというのはちょっと眉唾だが、それでも目で捉えられないくらいには速い。
当たり前だ、と俺は思う。
何せこの森はジール・ドラゴのいわば独擅場だ。
元は異世界に由来する魔獣であるがゆえ、こいつが果たしてどこで生まれ育ったか、なんてのはわからない。
だがしかし、少なくとも三年前から今まで、ずっとこいつはこの森で生きてきたのだ。
肉を食み、獲物を喰らい。
少なくない数の「開拓者」をすら糧として、この三年間を君臨してきた。
あるいは、もっと昔から。
あるいは、100年前に異世界からこちらへと「落ちて」くる以前から。
その時間と生きてきた「重み」は、たかだか80年でくたばっちまう人間とかいう弱小種族の比ではない。
「だがな」
俺は言う。
拳を構え、地面にどっしりと足を下ろし。
実在のエネルギーである「闘気」や「魔力」とは違う、とても曖昧な、あるいは精神論と片付けられてしまうような「何か」をヘソの下に集めながら、俺は言う。
「100年生きて何が偉い? 100年狩る側に立ってりゃ最強か?」
否。違うだろう。
強さとは。
少なくとも俺が求めた強さとは、そういうものではないはずだ。
それが「何」なのか、なんてのは、未だ道半ばにあるこの身で出すには重すぎる答えだが。
しかし、ひとつだけわかっていることがある。
「俺はお前に負けたが、生きている。怪我して逃げて、助けられて日和ったが、それでもまだ生きている。そしてお前も、生きている」
だから、
「お前は竜で、俺は人だが。──条件は五分五分だぜ。だから勝率も、ちょうど五分」
計算はあってるはずだ。何せ我がギルド元ナンバーフォーの大剣女も「確かに!」と太鼓判を押してくれた。
だから、
「さあ──死合おうか」
俺は、高速で何かが行き交う木々の間へと、突貫していった。
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四体の魔獣が位置取りを探るように走り回る中、私とトワイライトは、死角を作るまいと視線を周囲に巡らせ続けた。
敵は四体。
こちらは二人。
数の上では不利にも見えるが、背中合わせになった私とトワイライトに、そう簡単に隙は生まれないはずだ。
だが、
「!」
まただ。
広く意識した視界の端と端、そこにいる魔獣のうち左の一体が、まるで像をブラしたようにかき消えたのだ。
「一体!」
「こちらも」
トワイライトの言葉から、そちらの視界でも同様のことが生じたのだと認識する。
次の瞬間に来たのは、圧だ。
気配。あるいは風。あるいは威力。あるいは殺意。
大剣を両手で構える私の目の前に、唐突に横なぎに振るわれる棍棒が現れて、突風のような勢いが私の頭を潰しに来た。
私は半ば反射頼りに剣をそえる。
だが一瞬だけ剣と棍棒の間に散った火花は、攻撃のエネルギーを殺し切るにはいかにも足りず、
「……ぐっ!」
ギャリン、と何か「紅蓮の釜戸」で聞くような鉄音と共に、私の大剣が強く外側へと弾かれた。
魔獣が放った棍棒は、剣によって軌道を逸らし、勢いをわずかに減じさせたものの、その端が重量を伴ったまま私の右側頭部をかすめる。
剣を引き戻し、力任せに目の前を薙ぐが、もうそこに魔獣の姿はない。
あちらにダメージはなし。こちらのダメージは軽微。
とはいえ、
「ああ、ムカつく」
棍棒がカスめた側頭部から、派手に血が溢れてきたのを私は悟る。
チラリと後ろを振り返ると、どうやらそちらにも同じ攻撃が来たのか、剣を振った残心のポーズで固まるトワイライトの姿があった。
だが私と違い、トワイライトに見える傷はなく、
「避けたの? やっぱすげえねトワイライトは」
「いや、偶然だ。勘で一歩右にズレてみたらドンピシャだった。反撃は叶わなかったが」
「そういうの普段私のヤツなんだけどなぁ。ちなみに左に避けてたらどうなってたの?」
「死んでたな。はは。ウケる」
「だからそういうの私の芸風なんだけど!」
叫びながら大剣を構え直し、また私は魔獣たちの対峙を再開する。
本当に厄介だ、と私は思う。
この魔獣、ブラッドマンキータの高速軌道。
来る、とわかっていても、避けられないどころか剣を合わせることすらできやしない。
もはや瞬間移動、と言ってもいいレベルだ。
しかも、移動だけではない。
魔獣の姿が目の前に現れた時には、すでに手に持っている棍棒は振るわれ、その最高速と言っていいタイミングが、ドンピシャでこちらの頭を割りに来るのだ。
一瞬の油断が命取り、なんて言葉はよく聞くが、この猿が放つ攻撃ははまさに「それ」だ。
こちらの隙を感じたなり、致命に足る一撃を携え、一瞬で命を狩りに来る。
そう思う間にも、マンキータたちはいかにも猿っぽい、上等に言うと曲芸師じみた挙動で移動を繰り返し、私たちの隙をうかがってくる。
「……あの時は、アニキがどうにかしてくれたけど」
思い出すのは、羽女と初めて会った時のことだ。
空中で陣式呪言を展開した羽女は、この猿に匹敵するほどの速さを持っていた。
いくら目で追おうともそれはなされず、ただ細かい一撃が私の体を無数に削りに来た。
その時と違うのは、今「一撃」を一回でもまともに受ければ、私の頭はスイカのように弾け飛んでしまうこと。
同じなのは、羽女が紛れもなく猿に匹敵する猿女だと言うことだ。
と、その時、トワイライトが訊いて来た。
「……あの時、というのは?」
「んあ? ああ、ちょっとね。陣式呪言の高速機動使いと戦ったんだけど、その時はアニキがどうにかしてくれたのを思い出して、ね」
もっとも、この猿が使うのは陣式呪言によるものとは思えないが。
「ふむ」
そうトワイライトは言って、
「こんな感じだろうか」
指を空中に沿わせ、廻らせ、そこに十センチほどの緑色をした円形の陣を作り出した。
「……は?」
あの時と同じ陣。
それは、仮にも「翼人」である羽女が作り出したものとまったく遜色がない、高速移動の陣だった。
それをトワイライトは驚くべきことに一瞬で、しかもなんの準備もなく、完全なアドリブで作り出してしまったのだ。
……世間の呪言使いが見たら泣いちゃうかも……。
そう思った時だった。
「あ」
「む?」
会話に気を取られていたせいで気付くのが遅れたが、マンキータのうちの二体がまた、謎の高速機動によって姿を消していたのだ。
直後、そのうちの一体が、棍棒を振りかぶった状態でトワイライトの前に姿を現した。
だがその位置は、運の悪いことに、あるいは運のいいことに、トワイライトが作り出した緑色の陣にピッタリと重なる位置で、
「ヴァ?」
陣を体で砕いた猿から、一瞬だけ声が漏れた。
その直後、猿がまるで、電動馬車に轢かれたかのような勢いで呪言効果によって発射され、
「ヴァーーーー!!!」
私の背後に迫っていた二匹目の猿を巻き込み、
「ヴァーーーー!!!」
その向こう、私たちを囲む位置で待機していた三匹目を巻き込んで派手にクラッシュした。
巨大な棍棒を含めたマンキータ三匹分の重量が、ぶつかり、飛ばされ、弾かれ、きりもみ回転を繰り返しながら地面を十数回バウンドし、やがて動かなくなる。
「………………」
「………………」
それを確認した私とトワイライトは、後ろを振り返り、そこに残ったもう一匹のブラッドマンキータへと視線を送った。
それは、最初の攻防で私が棍棒を断ち切ったことで、無手になってしまっている一匹だ。
「……ヴァ」
猿が逃げ、私たちは追いかけ、五分後に勝った。
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森の闇に紛れながらこちらを観察するジール・ドラゴに、俺は視線を送ろうと試みる。
だがそれはなされず、振り返った先にはまた闇がたたずむのみだった。
風の音はある。移動の圧もある。
だがそれらはまるで幻のごとくすぐにかき消え、また俺の背後で生じては、こちらを翻弄するかのように気配だけを戦場に落としていく。
現れる。
また消える。
そうした挙動からわかるのは、この魔獣が、
「……遊んでやがんな……!」
怒りによって食いしばった歯が音を立てるが、俺の頭の中は常に冷静だった。
まずは位置取りだ。
走り、移動を繰り返し、木々の間を駆け抜けることによって、攻撃の的を絞らせない。
ジール・ドラゴの速度限界がどの程度のものなのかがわからず、また遊ばれている気配があるため、有効かどうかはわからないが、やらないよりはマシなはずだ。
俺は、巨大な倒木の下をくぐるように抜けた。
目の前にあった木の陰に入り、フェイントを入れるようにして反転、今走って来たルートを逆走した。
そうして走り続ける中、同じように高速で飛び続けるジール・ドラゴの気配は、執拗に俺を追ってきていた。
果たして、遊ばれているのだろうか。
それとも、必死こいて俺を追ってきているのだろうか。
それすらわからない、不利と有利も何もかも不確かな戦場だが、それでも俺には達成感が湧き上がり始めていた。
なぜって、対抗できている。
三年前は違った。
拳爛会というギルド総出でこの竜と戦い、それでも翻弄され、傷を負わされ、まるで猫に追い詰められるネズミのように弱らされていったのだ。
拳爛会は六人の少数ギルドだった。
その後俺たちは「暮れずの黄昏」によって助けられたが、街へと帰りつけたのは五人だった。
五人は傷を癒したが、その後再集結した際には四人になっていた。
そうして俺は残りの三人とすら決別して、「黄昏」へと加入した。
フリ散らかしたとはいえ、その時の三人とは今でもたまに飯を食う。
アイツらはそれぞれ前線都市内で職につき、家族を得たが。
俺は知っている。
ああそうさ。
安全を求めるなら、本当に心が挫けちまったなら、前線都市にすらいられないはずだ。
だから俺は知っている。
アイツらが、今も俺の報告を待っているのを知っている。
……倒したぜ、ってな……!
だから俺は前線を離れない。
だから俺は魔獣を倒し続ける。
だから俺は走る足を緩めないし、この魔獣とエンカウントできたことを心から感謝している。
先ほど聞いた言葉が、脳裏に蘇った。
──そうか、頑張れ。
……本当にムカつくヤローだぜ……!
この竜のことは調べ上げてきた。
近似種族の討伐記録も、あされるだけあさってきた。
恥を忍んで、いろんな開拓者(ドゥーンを除く)に意見を求めたりもした。
それでわかったことはとても少ない。
あるいは俺はバカだから、理解できなかっただけかもしれないけれど。
その中で、明確に自信をもって理解できたと、そう言えることは、とても少ないけれど。
それでも、わかったことだってあった。
それは、
「死ぬほど頑張るしか、ねえってことさ……!」
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俺は、追いかけてくるジール・ドラゴから逃げるように走る中、目の前に現れた巨木の幹に足をかけた。
軽い靴音でもって一気に五メートル以上を跳び上がり、森中の宙に身を投じる。
背面跳びのような格好のまま、俺は薄闇満ちる大地を見据えた。
そこを通過するであろうジール・ドラゴを、待ち構えるためだ。
だが、その時。
わき上がるように、あるいは「今」この場に生じたかのように。
跳び上がった俺の、その視線が向かう先、すなわち地面の方向の。
『その背後方向』。
つまりは、俺がいる場所の真上に、だ。
気配が生じた。
実態が現れた。
……ああ。
そうだよな。
三年前からわかっていたさ。
お前、性格悪いもんな。
「俺が跳んで、意識を地面に落とせば。お前は間違いなく、その反対に現れる」
頭で考えたことじゃない。
三年前こっぴどくやられて、その時の経験が俺を怯えさせたのだ。
それは危ないぞ、って。
だから俺は叫ぶ。
じいちゃん。サム。ビート。マリア。ロックス。レイジ。
大事な人たちの名前を思い出しながら、俺は叫ぶ。
「──ハザマ貫闘流は、たとえ宙でも地面でも、あらゆる場所を己が戦場とする……!」
俺は体を捻った。
弾かれたかのように右足が飛び出し、それと同時に、握り固めた両拳が空へと向けて振り下ろされる。
ハザマ貫闘流、
「──『挟爛裁牙』……!」
俺の右足と両拳が竜の体を挟み込むように打撃し、その鱗を割り砕いた。
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俺がダイアーマーケロンの様子を観察している最中、その変化は唐突に訪れた。
背を預ける木の向こう。ゆっくりと蠢きながら通りすぎようとしていたその巨体が、なんの前ぶれもなく動きを止めたのだ。
「まさか……俺たちの存在を感づかれたか?」
「嘘でしょぉ!? こっちはまだ何も……」
「うんこ、とかじゃないかのう。わらわも空飛んでる時唐突にもよおしたりすると、あんな感じになるぞ」
聞きたくない情報が聞こえてきたが、それならそれで危険である。
もしもあの巨体から出てきた排泄物がランダムな「空間移動」に巻き込まれてみろ。誰が被害を負うかわかったモンじゃない。
いや。
「……どうにかマティーファの直上に……いや、サイズ的にこちらも危険か……後の問題は硬いタイプか柔らかいタイプか……」
「あんた意外と余裕あるわねぇ?」
そうでもないぞ。だってあれを倒す方法があまり思いつかない。
と、その時、
「お」
唐突に森がざわめいた。
それにともない、地面が揺れた。
さながらはるか遠くで土砂崩れが起こりでもしたかのように、大地を揺るがす重低音が、断続的な響きでもって唐突に聞こえて来たのだ。
マティーファが焦った様子で叫ぶ。
「な、何ぃ!? どこから……」
否。
変化はそれだけではなかった。
今しがた動きを止めたダイアーマーケロン、その巨体が、
「浮く……!?」
違う、そうではない。
ダイアーマーケロンは、その毛むくじゃらな見た目からして、牛や羊のような四足獣なのではないか、との予測がされていた。
だが、マーケロンはその重量ゆえか這うような移動をするのみで、果たしてどのような生き物であるか、というのは、未だ謎に包まれていたのだ。
それが今、浮いていく。
否、「立ち上がっていく」。
先ほどの重低音は、マーケロンが立ち上がるために、人間で言う「上半身の部分」を、地面に擦れさせながら引き起こしていく音だったのだ。
100メートル超の巨体が、起き上がっていく。
人類が初めて確認するであろうその体の下には、やはり牛や羊のような形の、しかしムカデのように数を備えた極太の足が、無数に生え揃っていた。
しかもマーケロンの巨体は、
「さらに膨れ上がって……!」
マティーファが言うように、マーケロンの巨体は、内側から盛り上がるようにしてさらにそのサイズを増していく。
それに伴い、もじゃもじゃと生えていた体毛がまるで雪崩のように脱落し、地面に降り積もっていった。
森の天井を突き破ってなお、マーケロンは体を膨張させていき、その体高は300メートルをこえ、500メートルをこえていった。
ついには体毛と共に無数の手足までもが脱落し、最後に体の両側に、筋肉質な両腕が生えて来た。
そうして出来上がった姿は、つい先日トワイが倒した「無言の底沼」の1000メートル超級魔獣、そのものだった。
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はるか見上げるサイズに成長、否、「進化」してしまったダイアーマーケロンを見て呆然とする俺は、その時唐突に「声」を聞いた。
──かわいそう──
か細く、ともすれば聞き逃してしまいそうで、しかし優れた役者のセリフのように、内包した感情だけははっきりと知覚できる不思議な声。
しかもそれはどうやら俺だけでなく、マティーファやレイチェルにも聞こえていたようで、
「え、な、何!? かわいそう!? 私のことぉ!?」
「お主何か被害妄想が激しめなのはもしかしてうちのギルマスのせいかのう」
なんで俺だ。濡れ衣だ。いやそんなことより声だ、声。
ダイアーマーケロンの巨大化と起立によって荒れに荒れる森林内でも、その声だけははっきりと聞こえてくる。
──まーけろん──
──うんだ──
……産んだ?
声は続いていく。
──たまご──
──うんだ──
──まもる──
──わたしたち──
──まーけろん──
──わたしたち──
──たまご──
──まもってた──
でも、
──でもだめ──
──こわしちゃう──
──たまご──
──こわしちゃう──
──だめ──
──じぶんで──
──こわしちゃう──
──それだけは──
それだけは、
──……だめ……!──
最後の言葉は、より一層悲壮的な感情を込めて響き渡った。
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