第18話 マティーファ、現実逃避をする/ドゥーンと闇の福音


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 戦後、領域内における魔獣被害の調査・対策を担当する王都「国安省」は、大魔獣が残した痕跡調査へと、「明けずの暁」を始めとしたいくつかのギルド、あるいは個人開拓者を、名指しで駆り出した。


 発生源であった大魔獣がいなくなったとはいえ、霧は未だ、椀の底に沈澱する不純物のように、湿原の広い範囲を満たしている。


 視界も悪く、またこれが果たして「まともな任務なのか」という足場すら不確かな中、湿原の入り口へと集まったのは、どこのギルドともわからぬ、しかし確かに「見覚えのある」メンバーたちだった。


 霧に紛れ、あるいは闇に溶けるように各々の装備で顔を隠した面々は、「明けずの暁」の三人を除けば全部で八人。

 その誰もが、歩く際に蚊の鳴き声ほどの足音も立てず、また自らの後ろに一切の足跡を残さない、「何かしら」の手練れだと思われるものたちであった。


「いきなり名指しで調査依頼きたときからそうじゃねェかとは思ってたが、これはまァ、『そういうこと』なンだろうなァ」


 湿原の中心地へと歩みを進めながら、俺は沈黙に耐えかねたかのように喋り出した。


「『音祝ぎ』、『無雷』、『神撫』、『鬼雀』。まァ、言ったらオールスターメンバーってとこか。『国安省』も太っ腹なことだなァ」


「アニキアニキ、なんかさっきから訳知り顔で独り言激しいけど、あの人たち誰? 私たちも顔隠したほうがいい?」


「なンでだよ」


「殴り合いになったら防御力が少なくて不利じゃん」


 周囲、静かに歩いていたはずの面々が、不意を突かれたように、じゃり、と足音を立てた。


「あー警戒された。いいンだよ、俺たちはこれで。後ろめたいことなンて何もしてねェんだし」


「じゃあこの人たちは後ろめたいことしてんの?」


 ノエルの言葉と同時、周囲を見渡してみると、そこにいた誰もが唐突にこちらから目を逸らす。


 ……自覚はあンのかー。もしくはノエルの陽っぷりに当てられたか……。


 と、そのようなどうでもいいことを考えていると、顔を隠した八人の中から、不意にこちらへと歩み出てきたものがいた。


 全身を黒づくめの装束で覆い、頭にすっぽりとかぶるのは目だけを出した黒頭巾。額には防具としての鉢金を巻いており、腰には長短様々な刀剣類が、見えるだけで四本ぶら下げられている。


 服装が妙にゆったりとしたものであるのは、他にも武器を隠しているからだろうか。あるいは「そう」思わせることそのものが、すでに戦略の一環なのかもしれないが。


 仕事仲間の間では、そのまんま「黒装束」と呼ばれている人物が、男の声でノエルへと声を放った。


「お嬢さんお嬢さん。ここに集まったものたちは、拙者含めいずれも各々のギルドにて『汚れ仕事』に身をやつすものたちでござる。あまり本当のことを言っては、隠キャで友達皆無ゆえに皆が傷ついて」


 途端、黒装束の背中に苦無や短刀などの刃物が七本刺さった。


「あいたー! な、なんでござるか気を遣ってやったと言うのに! これ毒とか塗ってござらぬよな!?」


「……」


「ガ、ガン無視でござるよ! いいもんね解毒薬くらい常備してござるし! さあ白状するでござる! 何を塗った!? どのような珍妙珍奇な毒草の名が出ようと拙者たちどころに」


 七人の中の一人が言った。


「唐辛子」


「熱ぅーーーー!!!?」


 黒装束は、そう叫びながら水場を求めて走り去って行った。


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 顔を隠してまで「仕事」をこなすものたちが集められ、そこに俺たち「明けずの暁」までもが組み込まれたことには、無論理由があった。


 それは、王都北方「無言の底沼」に生じた魔獣の痕跡について、油断のない調査をすることはもちろんだが、その内容いかんによって「対応」を変えるためである。


「要は、都合の悪いモンが出てきた際に、無視したり嘘ついたりできる面々、ってわけだ。無論、そこで掘り出された『真実』については、ちゃんとお偉いさんに伝えなきゃなんねェけどな」


「ふむ。そうなるとドゥーンお主、信頼されておるのじゃな。そのような調査に、わらわたち『明けずの暁』がギルド丸ごと駆り出されるとは」


 レイチェルがふわふわ浮きながらそう言ってくるが、うん、ああ、それはなんというか、


「いや、これは、まァ、なんだ。その……労役の一環というか」


「もしかしてわらわたち、お主のそれに巻き込まれておる?」


 その通りなので俺からは特に言うことはない。


「まァ、この一件を投げてきた役人がちょっとしたお得意さんでな。色々世話になってンで、逆にものを頼まれることもある、と」


「ふーむ、それでこのメンバー、か」


 そう言ってレイチェルが振り返る先には、俺たちと共に湿原を歩く、「黒装束」を含めた八人の開拓者たちがいた。


「……わらわ思うに、ともすればこれ、トカゲの尻尾切りになりかねんくないかのう? その辺こやつら、どう思っておるわけ?」


「自覚はしてるだろうよ。ただ、黙って切られるつもりもない。その自信があるから、こんな仕事にも奮って参加してンだろさ」


 などと言いながら進んでいると、程なくして視界がさっと晴れた。


 これまでの道程でも、霧は濃くとも周辺を見通すに不自由はなかった。

 とは言えやはり、上から見るとマーブル模様のように配置されていた木々や、低い丘など、俺たちの視界を遮るものは、湿原にはいくらでも存在していたのだ。


 しかし今、俺たちの見る先に広がったのは、そういった「障害物」の一切を廃し、どこまでも広がる、「何もない空間」だった。


 無論、霧は未だ漂っているため、「空間」の向こう側は見通せない。


 それでも、だ。


 不意に開けた、広い視界。それが何かしら「異質なもの」であるという証左は、霧の向こうではなく、俺たちが立つ「こちらがわ」にはっきりと見えていた。


 足元だ。

 そこにあったのは、


「……深っ」


 穴、であった。


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 霧の中、不意に俺たちの目の前に現れたもの。

 それは、後の調査で、直径1000メートルにも及ぶことが発覚することになる、巨大なクレーターだった。


 その事実は、あの巨大魔獣が、「空から降ってきたものである」のだという結論を出すに、十分な証左であった。


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 前代未聞の大魔獣を四つ割りにするという大戦果をあげ、莫大な貢献ポイントを獲得した我がギルド「暮れずの黄昏」は、大手を振って「ブルーフレア」へと帰還した。


 ブルーフレアに暮らす住民たちも、本来はライバルであるはずの開拓者たちも、私たちの先頭で笑顔を見せているトワイライトへと、皆一様に羨望の眼差しを向けている。

 大陸未曾有の危機を退けた、として、「黄昏の勇者」トワイライトの名声は、さらにそのステージを一段上げた、と言っていい状況だった。


 ようやく帰り着いた「黄昏」拠点の館も、見慣れたものとはいえ、十数日ぶりにその姿を拝むとなれば、感慨はひとしおだ。


 思えば、ここ数週間は私にとって激動の日々であった。


 新たな獣王武装を手に入れ、トワイライトの「勇者」としての地位の確たるを確信した私は、「ギブソン派」をまとめ、それ以外のセクハラ被害者を丸め込んだ。


 ドゥーンを信頼し切っているトワイライトの説得は困難を極めるかと思いきや、これはことのほかすんなりといき、結果、私は念願であったドゥーン・ザッハークの追い落としに成功した。


 その後、各公共機関への根回しの日々は多忙を極めたが、今や「暮れずの黄昏」の中枢がトワイライトと私であることは、すでに周知の事実となっているであろう。


 この上で此度の「大魔獣」案件を解決し、トワイライトがギルドへと戻ってきたとあれば、私たちの覇道は、ようやくここにスタートラインを刻むこととなる。


 それに、トワイライトがいなかったことで、半ば放置されていた「ドゥーンが抜けた穴」にも、ここにきて急速にピースがはまり始めていたのだ。


 新たな事務員の確保、戦闘配置の見直し、そしてギルド「暮れずの黄昏」をもっと大きくしていくための策定方針。

 トワイライトと話し合い、分担していかなければならない事項は山積している。


 ゆえに私は、それをトワイライトと話し合うため、トワイライトの執務室を訪れた。


 の、だが──。


「ああ、マティーファ。ちょうどよかった」


「ぬ。おお、お主がかのマティーファ女史か。お噂はかねがね。吾輩、グニル・ダニアと申す者。以後お見知り置きを」


 私がノックをして入っていった執務室には、トワイライトと向かい合って立つ先客がいた。


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 上背のあるトワイライトよりなお大きい体を持った、しかし身体的特徴から言って人間種であることは間違いない、それは男性の開拓者だった。


 逞しい、というよりは太ましい。しかし太っているわけではなく、その肉体は屈強かつ剛健。

 筋肉と脂肪を、人間として持ちうる最大量で両立したのなら、こういう造形が出来上がるだろうという、筋骨隆々とした騎士甲冑の男がそこにいた。


 私は男の握手に応じながら、記憶を掘り起こす。


「あ、いえ、ええ。お初に目にかかります、マティーファですわぁ。グニル・ダニアさまと言えばもしや……『ライジング・フューリー』の?」


 私の記憶に間違いがなければ「グニル・ダニア」とは、前線都市序列第七位であり、この「ブルーフレア」では「黄昏」に次ぐ規模を持つ大型ギルド「ライジング・フューリー」、そのギルドマスターの名前だった。


 ついでに言えば「フューリー」は、今回の突発大規模討伐案件に当初参加予定であり、そこに我が「暮れずの黄昏」を巻き込んでくれた、その元凶と言えるギルドでもある。


 ……確かこいつも、「黄昏」を「ライジング・フューリー」の代わりに、と推してくれやがった「関係者」のひとり、だったわよねぇ。


 私は心中では恨み節を呟きながら、しかし表向きはにこやかに、グニルへと笑顔を返した。


 グニルが言う。


「おお、あなたのようなお美しい女性に、我がギルドを知ってもらえているとは。このグニル・ダニア、感激の極み。どうですかな、今度お茶でも」


「ほほほ、お上手で。ですが社交辞令は結構ですのよぉ?」


「はは、これは手厳しい。あながち冗談でもないのですがな」


 そう言ってグニルは、歯を見せた豪快な笑みを見せる。


 ……苦手なタイプだわぁ。


 特に理由もなくそう思い、そうしてから私はトワイライトの方を見た。


 こちらの目線に気がついたトワイライトは、意を得たり、と笑い、


「うん、自己紹介も済んだようで結構だ。マティーファ、実はここにグニル殿を呼んだのには理由があってな」


「はぁ、理由。……何かまた、合同任務でも発生したのでぇ?」


 大規模討伐が終わったばかりで忙しない、とも思うのだが、あり得ない話ではない。

 だがトワイライトは、首を横に振って私の言葉を否定する。


「いや。実はな、こちらのグニル殿が、ギルドの規模拡大に伴い、新たな拠点を探していた、とのことでな」


 私はその言葉を聞き、嫌な予感が体を満たしていくのを感じた。


 ……いやぁ、まさかぁ。


 とは思いつつも、私の脳裏によぎる感覚は、トワイライトの言葉、表情、そして仕草から「何か」感じ取り、「予感」を「確信」へと押し上げていく。


 そして私の眼前、そこにいるトワイライトは言った。


 こともなげに、さも当然であるかのように。


「この館、『ライジング・フューリー』に明け渡すことにしたんだ。ついては、メンバーたちへの通達と、荷物の運び出しの手配を頼む」


 はぁ。


 え?


「……はい!? え、何ですの!? ……夢!?」


「マティーファマティーファ、最近君現実逃避が早すぎると思うんだが」

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