第17話 「黄昏の勇者」、「暁の 」
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此度の最終攻撃作戦でトワイにあてがわれた配置は、「妖狐の森」の東側、岩肌が剥き出しになった、小高い丘の上だった。
森の頭を上から見下ろす──とまではいかなくとも、正面に目を向ければ、森林の西側方向の、広い範囲を見通すことができるような立地だ。
腕組みをしたトワイが、目を爛々と輝かせながら俺を待っていたのは、そのような場所だった。
「来たか」
丘の東側、なだらかな傾斜となっている方向から俺が近づいていくと、トワイはこちらが何かを言う前に振り返ってきて、子供のように頬を綻ばせた。
「おう、来たぜ。来たが……これ、どうすンだ?」
俺がそう言いながら見る正面、森の西側には、山のように巨大な大型魔獣の影が見えている。
魔獣は、己の正面におちた500メートルの大岩を、およそ大した苦労もなく押し除け、そのまま進撃を再開していた。
巨大魔獣とこちらとの距離はおよそ十キロ前後。
魔獣の歩みがどんなに遅くとも、三十分もかからずに、この場所へと辿り着くであろう計算だ。
「どうするもなにもない。打ち据える。切り捨てる。殴りつける。結局俺たち『開拓者』にできることなど、それ以外にはない」
「だがなァ……。報告、聞いたンだろ? ていうかさっきも見てたろ? アイツが使う概念防御、とんでもねェ代物だ。いくらお前でも──」
複数の「虹」武装による攻撃のことごとくを防ぎ、またその使い手を返り討ちにしてきたのは、この巨大魔獣が操る、「概念防御」と呼ばれる種類の防護結界だった。
普通の魔獣が使う概念防御は、「ある一定の攻撃手段に限った完全無効化」というものが一般的だ。
しかしこの巨大魔獣のものは、文字通り、すべての攻撃手段を完全遮断する。
その上で、攻撃者とその武器にフィードバックダメージを与えるというのだから、これを攻略するのは、並大抵のことではないと思われた。
対抗手段として期待されていたコクランの「カオス」もまた、この魔獣の概念反射には無力だったのだ。
現状、これを打破する手段は、人間側には残されていないと言っていい状況だった。
だが、そんな絶望的な状況の中、トワイが言った。
「問題ない」
こちらから視線を切り、西の大魔獣を見据え、そうしてからトワイは、己の腰にあった二本の剣を、両の手に一本ずつ構えた。
一本は見慣れた剣。俺がこの数年戦場を共にしてきた、金等級武装「インドラ」だ。
そしてもう一本は、
「黄金の剣、『ミカヅチ』。その能力は、全てを屠る光条」
トワイは、ドゥーン、と一度俺への呼びかけを作って、
「ちょっと俺、今からこれブチこんで来るから」
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俺は言った。
「お前は馬鹿なのか」
「なんだいきなり失礼なヤツだな。俺は馬鹿ではない」
そう言ってトワイは不機嫌そうに眉をひそめるが、その実、気分を害した様子はない。
むしろこれから起こる戦いへと向けて、高揚の感情が抑えきれない、とでも言うように口角が吊り上がりっぱなしだ。
俺は言う。
「いーや馬鹿だ。魔獣がときたま纏う、概念防御。それを突破するには、仕組みの看破か有効手段の確立、そのどちらかが絶対ェに必要だ。だけど現状の俺たちは、そのどちらも持ってねェ」
「だが俺は『暮れずの黄昏』のトワイライト・レイドだ」
「だーからな……確かにこれまで、どんな状況であってもお前は敵を斬り伏せてきた。例外はなかった。だが、いくらお前でも今回のこれは例外だ。せめて何か作戦を──」
「否。それは違うぞ、ドゥーン」
トワイは言った。
「──例外は、ない」
「トワイ、だから、それは」
「お前は今言ったな。いくら俺でもこれは例外なのだと」
だが、と言ってトワイは言葉を区切る。
「確かに、ある。『俺』に例外はある。不可能もあるし、できないこともある。だが、今ここにいる『俺』に、それはない。例外はない。──わかるか?」
……いやわからんが!?
「……どうやら伝わっていないな。難しいことだ」
だったら、とトワイは言った。
「証明してやる。俺に例外はない。不可能もない。少なくとも俺はそう信じているし、それで俺はこれまで上手くやってきたんだ」
だから、
「俺は今回も信じているぞ、ドゥーン。俺の剣は、今日も例外なく敵を屠るのだと」
そう言ってトワイは、丘の地面を蹴って夜空へと躍り出た。
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空を走りながら、俺は考える。
黄昏の勇者、などと俺を呼び始めたのは、一体誰だっただろうか。
最新の英雄、などと俺を囃し立てるのは、一体何のためなのだろうか。
否、そんなことはわかっている。
俺を勇者と呼ぶのは「誰でもない誰か」。
俺を英雄ともてはやすのは、この大陸がいま、「本当の強者を求めているから」だ。
俺たちは、東にある小さな領地で生まれた。
栄えても廃れてもない、裕福でも貧乏でもない、幸せでも不幸せでもない、ごく一般的な家庭だったように思う。
歳の近いドゥーンとつるむようになったのは、物心ついてからだ。
ドゥーンの妹が、俺たちのあとをちょこちょこついてくるようになったのは、ドゥーンが「開拓者」という職業の華々しさを教えてくれ、その生き様に憧れ始めた頃のことだったように記憶している。
俺たちは、開拓者になった。
大陸の運命を切り開く、映えある仕事だ。やりがいはもちろんあるし、危険はあるが見返りも大きい。
運にも恵まれ、俺とノエルはすぐに開拓者として頭角を現していった。
俺たちが作ったギルド「暮れずの黄昏」はあらゆる任務に華々しい実績を残し、やがて「獣王武装」も手に入れるに至る。
順風満帆。万事順調。
俺たちの快進撃に陰はなく、俺たちの行く手に敵はない。
ただただ進むだけで俺たちの道は切り開かれたし、俺たちのギルドはみるみる大きくなっていった。
そうだ。
俺はただ、剣を振るだけだ。
剣を振るだけで敵は倒れ、そして「暮れずの黄昏」は大陸の序列を駆け上がっていった。
それは、俺は強いからだ。
それは、俺が勇者だからだ。
だから俺はこれから先も、剣を振る。
魔獣を屠り、大陸に安寧を取り戻すため、剣を振る。
そうするだけで、敵は斬り裂かれ、道は拓き、俺たちのギルドはもっともっと大きくなっていく。
そう。
……「そのはずだった」、のだがな。
ふむ。
「仕方のないこととはいえ──寂しいことだ」
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俺は、空を普通に駆けていくトワイを、森中を必死に走って追いかけていた。
……これだから勇者とか言われる人間は!
闘気法、魔術式、音式・陣式呪言。
他、武具闘術、神聖術理、無手空拳、結界形成など、あらゆる戦種に精通し、あらゆる戦場を駆け、あらゆる魔獣を屠ってきたのが、トワイライト・レイドという男だ。
ああして空を駆けるのも、いくつかの戦種であれば再現可能な現象ではあるが、その「組み合わせ」を可能とするトワイのスピードと精度は、他の「それ」の比ではない。
実際、地面を普通に走っている俺でも、どうにかトワイを視界に収めたままにするのがやっとだった。
トワイは今、正面を進撃してくる魔獣へと、攻撃を仕掛けにいっている。
端的に言って、アホの所業である。
何せ魔獣が使う概念反射の、その対抗策が何もない状態でアイツは走り始めてしまったのだ。
もう一度言うが、アホの所業である。
アイツの「ミカヅチ」がいかに強力な獣王武装だとて、その優秀さは攻撃力に集約されたものだ。
魔獣が操るのが「概念反射」である以上、その多寡は関係ない。
ただ防がれ、ただ返される。
そうして訪れるのは、この戦場での最大戦力、トワイライト・レイドという男の脱落と、それに伴う人類の敗北だ。
だからあのアホがこのまま突撃するのを、俺はなんとしても止めなければならなかった。
だが、
「は、やい……! それに……!」
いくつかの術式符を使い、追いついたとしても、今のトワイを止めることが果たして俺にできるだろうか。
否。無理だ。ああいう意味不明なことを口走るのは、トワイがハイになっている証拠だ。
少なくとも、口先八丁で止まるものではない。
だが、どうにかしなければ確実にトワイは脱落する。
少なくとも、あの神剣「ミカヅチ」は、しばらく使用不可能な状態になる。
それはだめだ。絶対にだめだ。
だったら、やることはひとつ。
考えろ。俺はこの通り、一山いくらの弱小開拓者。
力はなく、武器もない。
ひ弱で、その上怠け者。
だから考える。
最低限の働きで。
トワイライト・レイドに迫る、「最低限の危機」を。
「あいつの勝利の邪魔になるものを……! あいつの前に横たわる障壁を!」
見つけ、降し、打ち払う。
元来、俺にできることなど、それしかないのだから。
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術式符を一瞬で使い果たし、俺は森の中を駿馬のような速度で駆け抜ける。
無論、夜だ。視界は悪いし足場も不確か。
この速度で転べば、あるいは命にも関わるだろう。
だが、
「そんくらいしないと追い越せねェんだよあのアホは……!」
考えることは、この戦場、何がトワイにとっての「危機」なのかということである。
魔獣が誇るのは無類の「概念反射」。
無論、トワイがそこに攻撃を打ち込めば、その反撃を受けるのは虹等級の「ミカヅチ」であっても例外ではない。
だが、例外はなくとも「無敵」はない。
この世界に、「不滅」はあっても「無敵」はない。
何せ、
……最初の一週間は、戦えてたじゃねェか……!
この魔獣が現れてからの一週間、ローテーションを組んで皆で「削り」を入れていたことは、無論記憶にも新しい。
その間、俺たちは戦えていたのだ。
加えて言えば、魔獣が進撃不可になるほどのダメージを、足に与えられてもいた。
この魔獣が「概念反射」などというチートスキルを行使し始めたのは、その後のことだ。
すなわち、「虹」武装のよる一斉攻撃時、だ。
要は、
「『己を害しうるダメージ』を感じ、それを防ごうとした……!」
それならば、出現時、レイチェルの「天覧武装」が通じなかったのも頷ける。
今考えてみれば、レイチェルが一週間もの間寝込んでいたのも、魔力の欠乏ではなく、その内に宿る「天覧」がダメージを負ったからだったのかもしれない。
そしてそう考えてみると、魔獣の「概念反射」に、ある程度の法則が見えてくる。
それは、
「あのフィールドは、ずっと張り続けることはできねェ、少なくともリソースを消耗する行動だ、ということだ……!」
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俺は、魔獣の足元へとたどり着いた。
目の前には、山どころか壁のように聳え立つ魔獣の姿。
後ろを振り返って見上げれば、そこには高速でこちらへと迫る、四つ目の月が瞬いていた。
すなわち、「ミカヅチ」の光であった。
「……普通なら、あれだけの光量、それこそ塵も残らねェ……」
あの宝剣の威力は、光の溜め具合を無限に反映する。
要は、溜め時間が長ければ長いほど、威力を増大させる、ということだ。
以前、「どのくらいまで溜められるのだろうか」というトワイの一言がきっかけで実験をしてみたことがあった。
結論を言えば一時間ほどで光量と音が災害レベルまで達したのでそこで実験は中断され、その際は海が沖まで干からびた。
……あの時は漁師連中と補償を行った統括局に悪ィことしたなァ。
まあ、干からびた海を見てノエルは大爆笑していたので、プラスマイナスで言えばプラスだろう。
だが、そんな一撃も、この魔獣には通用しない。
その全てを、威力として「ミカヅチ」へと返されてしまうからだ。
ならばどうするか。
その答えは、今の俺には、ひとつしかなかった。
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「──もしもお前が、マティーファの言う通り、『意思ある』獣王武装だというンなら」
俺は、右の手を高く掲げる。
左の手をそこに添え、魔獣の顔と四つ目の月が光る空を見据えた。
「もしもその意思が、真なる勇者を求めてトワイの下へとやってきたというンなら」
皮肉なことだ、とそう思い、自然と俺の口端には笑みが浮かぶ。
「無様だなァ。まさかお前、こんな木っ端開拓者の手に渡っちまうなンて、夢にも思ってなかっただろうに」
だが、トワイはその剣を俺に預けた。
所有者権限は、確かに引き継がれたのだ。
ならば、
「──呼ンでやるから、やってこい!」
名は知らんので今つける。
その剣の色は、黄金の光を放つトワイの「ミカヅチ」と対になるような、沈み込む闇の漆黒。
刃が放つ輝きはどこまでも深く、朴訥で、剣身に宿る静かな存在感は、それこそ静かすぎて気付かずに売りに出してしまったほどだ。ほんとごめん。
だから俺は、その剣に名をつける。
「『スサノオ』」
次の瞬間、俺の手には、切り出した鉄塊のような黒剣が握られていた。
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「──まあ、最初からな? 普通の剣だとは思ってなかったけどよう」
俺は、「紅蓮の釜戸」の作業場、その天井に開いた大穴を見上げた。
「これ、修理代どこから出るんだよう?」
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ああ、と俺は思う。
虹の等級。人類最高の武具。
獣王武装。
黒の輝きは月明かりとトワイの「ミカヅチ」が放つ光を反射し、いっそう高貴なものとして戦場に煌めいた。
この剣の「獣王武装」としての能力は、未だわからない。
そもそもこの剣は、魔力を流しても特段反応を示さず、ギルド結成審査の際に二日三日使い倒してなお、「獣王武装」だと俺に気づかれなかったような代物なのだ。
だが、今にして思うと、
……そんなことある?
獣王武装、とは、魔獣の体から出土し、特殊な能力を行使する、魔獣討伐の切り札となるべき武具の総称だ。
それを預けられ、使い、売り払ってなお「そう」だと気づかないなんてことが、そうですね気づかなった人がここにいますほんとごめん。
いや、それはだって仕方ないだろう。現実として気づかなかったものではあるし、そうだ、そう。大体ゴゾーラだって気づいてなかったじゃないか。まだ潰してなかったあたり「何かある」と察していたような節はあるものの、だ。
だとするならば、だ。
「もしかしてこれ、『天覧武装』なんじゃねェか?」
獣王武装と比べてなお一線を画する武器。
概念を撃ち放つ人界の秘宝。
無論、ただの仮説だが、だとするならば、
「俺の魔力を受けてなお反応を示さなかったのは、この剣が内包する『概念』に由来してンじゃねぇのか?」
例えば「消滅」。
例えば「呑む」こと。
否、そんなことはどちらでもよかった。
もしもこの剣が「天覧武装」であり、俺の魔力を受けて一切の変調をきたさない理由が、内包される何かしらの「概念」だとするのなら。
「その対象は、魔力だけではねェはずだろう……!」
俺は、手にした黒剣を地面に突き刺した。
周囲、魔獣が立つ位置を含む、莫大な半径の地面と木々が、水分を失って枯れ果てた。
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この魔獣は当初、大湿原に出現し、そこを霧に満ちた「環境」へと改変、根城にしていた。
だがこの魔獣は今、どうしたことか、そうしてまで作った己の「環境」を捨て、どこかへと向けて歩き始めている。
人類にとってこれは脅威だ。危機だ。侵略だ。
だが大魔獣にとって、この進撃は、果たして「何」であるのだろうか。
湿原。霧。そこを離れてまで、大魔獣が求めるもの。
魔獣が、概念反射のフィールドを張るために必要なもの。
「お前、もしかして。……のど渇いてんじゃねェのか」
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俺は、それを空を駆けながら見ていた。
魔獣の周囲、およそ半径にしておよそ2000メートル範囲もの森とその地面が、唐突に水分を失い、不毛の地と化していったのだ。
夜闇に沈む森、暗がりの中にあってなお生気を感じる深緑が、ことごとくその色を急激に褪せさせ、あるいは崩れ、枯れ、ところによっては激しい地盤沈下を引き起こしてしまっている。
無論のこと、魔獣が立つ場所などは、体重を受け止められるはずもなく、その様はまるで、巨大なクレーターが生じたようになっていた。
……怖ぁ。
何だあれ魔獣の新能力? 無敵バリアとハイパー反撃に加え、あんな能力持ってたら本当に人類の天敵じゃないか。
だとするならば余計、捨て置くことはできない。
虹の獣王武装、「ミカヅチ」。
この光条を持って、間違いなくここで倒し切らなければならない。
ドゥーンは言った。あの魔獣の概念防御は脅威であるのだと。
ドゥーンは言った。いくら俺でも、考えなしに攻撃すれば負けてしまうのだと。
だが俺は、確信している。
なぜって、今まで俺は負けたことがない。
いつも、いつだって、どんな魔獣が出てこようと、それがどんな能力を持っていようと。
この「勇者」の刃は、全ての敵を粉砕し、勝ち、俺の力を世界へと示してきた。
だから今日も、俺は勝つのだ。
だって、当然だろう?
あの魔獣が、どんな力を持っていようと。
どれだけ強く、厄介で、俺の手にあまる存在なのだとしても。
「勝利の邪魔になるものは。横たわる障壁は」
ドゥーン。
「お前が、打ち払ってくれるのだから」
》
俺は、手にした「インドラ」の能力を解放する。
すなわち、「気配の物質化」を用いて、俺は俺の実像分身を一体作り出す。
二人目の俺が隣に生じ、その手に握られた二本目の「ミカヅチ」を見て、そこに溜まった光を確認し、共にそれを上段に構えて。
俺は叫んだ。
「天空エックス超光斬……!」
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俺は空から響いてきたその技名を聞いて、しかしすぐさま、いつものように記憶を消した。
「報告書に書かれる技名を当たり障りのないものに変えるのは、マティーファ、今となってはお前の役目だかンな」
何せ俺はもう「暮れずの黄昏」ではないし、それに今は暇がない。
なぜって、四つに分かたれた魔獣の体が、こちらへと落下してきているのだから。
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