第4話 彼は
受付に部屋を聞き、すぐに向かう。
一刻でも早く彼に会いたかった。
アルコールの匂いが鼻をつく。顔をしかめながら、彼がいる八階の奥へ向かった。
病室の入口の名札には黄色のシールが貼られていた。
彼は独りで窓際のベットに座り、外の景色を見ていた。とても悲しそうな目だった。青い患者服が悲しさを助長しているように見える。
私が声を掛けると、彼は心底驚いたみたいだ。――じっと私を見つめる。
暫くして、笑顔で私を手招きした。
だけど、無理に笑っているのが私には分かりきっていた。陽気な彼の姿はどこにも見当たらない。
彼の右腕と左足がギプスに巻かれ、天井に吊り下げられていた。目を背けたくなるような、痛々しい光景である。
見舞いの果物詰め合わせを近くのテーブルに置く。彼は「ありがと」と礼を述べるも、それきり黙ってしまった。
私は椅子を引いて、ストンと座った。
彼の心境を聞くため、口を開く。
「梅雨がやっと明けたな」
「……ね」
「そこの果物よかったら食えよ」
「……分かったよ」
「病院食は美味いか」
「不味い」
と当たり障りのない会話を続ける。彼は精神的ショックであまり喋りたくないようだ。
それが知人に襲われたことなのか、弱みでも握られていることかは分からないが。
「怪我の具合はどう」
「腕は癒合しかけてて、リハビリを始めるんだ。でも足はまだ治らなそう」
「……演奏会出れなさそうだな」
「……うん」
「悪かったな。すぐ助けてやれなくて」
「ちょうどタイムリープの最中だったんでしょ。しょうがないよ」
すぐに気づけなかった悔しさと犯人への怒りを込めて、膝をグッと握りしめる。
「警察は今どうしてる」
「通り魔の犯行とみて、身辺の聞き取り調査をしてるらしい。お前も聞かれただろ」
「あぁ」と私は答えた。
警察は彼と同じマンションの住人を全て調べ上げあげた――勿論私を含めて。
私以外の住人は特に彼とトラブルがなく、何かしらアリバイがあったらしい。
アリバイがない私は第一発見者ということもあり、真っ先に疑われてしまった。
しかし、彼との仲が良好であり動機不十分だった点や過眠症の疑いがある点で白となった。
――以上の点と彼の証言を踏まえて、「犯人が通り魔」ということになったのだろう。
……それは真実ではないかもしれない。
私は前々から頭に残る疑問を彼に質問した。
「事件当日もチェーンロックしてたよな。
なぜ、知らない奴だと気づかなかったんだ」
彼の目が一瞬泳いだのを私は見逃さなかった。
「あぁ、いつもはチェーンロックしてるよ。でも俺の知人が来たと思ってたから、ロックは解除していたぜ」
――怪しい。
最近になって、不審者の通報が多発していたのを不安がっていたのは彼だ。多分ロックはつけていただろう。
ただ真実を知りたい
――そう思った私は彼に本題を投げかけた。
『本当に知らない奴だったのか』
場が凍りついた。私は返答を待つ。
彼は私をじっと見つめていた。
……相変わらず悲しそうな目をしながら。
「知らない奴だったよ。少なくとも俺の知ってる範囲ではな」
今度は目を泳がさなかった。
私は彼を信じたいのだ。
そしたら、犯人はただの通り魔になる。
――だけど彼は何かを隠しているだろう。
それが犯人なのかは分からない。
もはや道化師がいたとしても、特定できないだろう。
彼は道化師の味方なのだ。
早く捕まって欲しいなら、全力で捜査に協力したはずだ。
私は彼を理解しきれていない。
――そう思いながら無言で見つめ合った。
静寂を破るかのように携帯電話が鳴る。
私のだ。彼に詫びを入れて、病室の外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます