お前は誰だ

桜杏

第1話 私は

 昼過ぎに起きた私はタイムリープ時間跳躍していた


 ――といっても数時間程度だが。

今日も大学に行けなかったことを少し後悔する。たくさん寝たはずなのに、頭がボンヤリしている。

 

 乱雑で狭い部屋の隅に座り込み、ため息をついた。気を取り直してテレビをつける。新人の天気予報士が長い梅雨の始まりをハキハキと告げていた。

 

つい先日「特発性過眠症の疑いあり」と診断された。


 私が上京後に不登校になっていたのを母が心配して内科医に診させた時のことだった。精密検査の結果はまだ分からない。

 

 これが実に厄介なもので私は意図せずに日中何度も寝落ちしてしまうのである。


 ――タイムリープと私が呼んでいるのはそのためだ。


 明日は多分大学に行けるだろう

……とぼんやり思いながら遅い昼飯を買いにダラダラと支度をする。

 

「エレベーターが無いマンションはつくづく面倒臭い」と愚痴をこぼしながら冷え切ったドアノブをゆっくり回した。


 ドアを開けるとちょうど廊下の向こうから大学の先輩である隣人が軽やかに歩いてきた。


 手には、使い古した手提げバックと綺麗に巻かれた傘を持っている。今日は防犯ブザーは持っていないようだ。


 そして「またいつものタイムリープか?」と私に笑いかけた。


 十字架のペンダントがキラキラと光る。


 彼は美少年で明るい性格なので、男女問わず人気がある。暗い私の唯一尊敬できる人だ。


 彼とは偶々同じ大学に通っていたことですぐに仲良くなり、今では大親友になった。ギターを始めたのも彼の影響である。


「さっき起きたばかりだよ」と答えた自分の声が雨音に掻き消されて、排水溝に吸い込まれてしまった。


 ――「どうせなら今日も大学に行かなかった事実も水と一緒に流して欲しい」とも思った。


「授業には出なくてもサークルには顔見せろよ。もうすぐ演奏会なんだから」

 

 と雨に劣らず透き通るような声に


「分かった」

 

 とだけ返事をし、逃げるように階段を駆け降りた。 


 雨に濡れた弁当を丁寧に開けて、モソモソと遅い昼飯を食べ始めた。

煩いテレビを消すと忽ち孤独になってしまった。

 

 ふと窓越しに外を見る。

ベランダに打たれた雨音が静かな空間を際立たせていた。


 雨音! 

それは私の不安な感情を助長する旋律だ。

子供の頃の漠然とした不安感が一気に押し寄せて来る。梅雨の時期は毎年、耐え難い孤独感を永遠に味わっていた。


 何かが私を見ているような気がした。


 辺りを見渡すと、まだ新しいギターと目が合った。

「練習しろ」とでも言うような叱責の目線でこっちを睨んでくる。怯えた私はそれを押入れの奥深くに眠らせた。


 また睡魔が私を襲う。

何度も寝落ちした結果、睡魔に親近感をも覚えていた。


 今ならこの孤独感からも逃げられる

――そう考えた私は身を任せて死んだように眠った。

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