第67話 サメのビーム


△△△


「少年……悔いなくやれたか?」


 返事はない。呼吸も脈拍も止まっていた。

 オウルはトミカの体を横たえると、マツリへ最後の支持を与えた。


「逃げろ。君たちなら逃げ切るだけは可能かもしれん」


 オウル自身に逃げる体力は残っていない。

 武器を使い果たし、疲労は限界。ダメージは骨の髄まで蝕みつつあった。

 手を突いて立ち上がろうとしたところで、オウルは崩れ落ちた。

 気づかないうちに腕を骨折していたらしい。

 マイクルも仰向けに転がっていて、息をするのも苦しそうだった。

 オウルは膝を震わせながら、どうにか立った。


「やれやれだ。悪いがマイクル。最後のアタックになりそうだ」

「わかってます。だがちゃんと言ってほしいな。命令してくれないと働いてあげませんよ」

「立て。マイクル」

「――だっしゃッ……行きますか」


 対するフカ雅は、蒸気をみなぎらせながら笑っている。熱が彼の正気を蝕んでいるように見えた。


「サメに魅入られた者の末路があれとはな。マイクル。最後まで付き合わせて済まんな」

「水くさいこと言うなよオウル・ルーカス」

「サメだけにか?」


 二人は音高く海パンを鳴らすと、フカ雅へ突撃した。


△△△


 トミカが倒れた頃、シャークランド跡地ではハンサム達も苦戦していた。

 彼らのところからは星鮫嵐の影になってトミカ達のいる方角は真っ暗である。

 サメの波が引き起こす轟音がシャークランド跡地まで響いている。


「星鮫嵐が始まったようね~。それじゃあこっちもそろそろ終わりにしないとね~」


 ハンサム達には返事をする余裕もない。

 ピンクシャークとブラックシャークの信じられないコンビネーションの前にじりじり追い詰められていた。

 ピンクシャークの鋭い突進がハンサムをかすめる。

 シャクティの小馬鹿にしたような解説が響く。


イッタァ~! ピンクシャークちゃんのピンクジャブ! 最速! 最速!」


 彼女は二匹のサメの後方に構えて戦いを見守っている。

 スターライトが無言で銃を撃った。

 ブラックシャークが盾になって弾丸を防御する。


「無駄でした~。サメに銃とか!」


 二匹のサメの回転が上がっていく。

 動いて撹乱しようとするが、サメたちは動きを読むかのように、陣地を押してくる。

 まるで熟練のボクサーを相手にしているような感じだった。


「手が出せん。クソが!」

「それになんなんだあのテンションは、シャクティってあんな人物なのか……」

「いや……確かにおかしい」


 ピンクシャークが切り込んでくる。

 ハンサムは防御パリィした後、反対の手で捉まえようとした。

 シャクティの声が飛ぶ。


「半ザメが我々ホンチャンのサメに勝てるかッ! 本物のサメはこう動くッ!」


 ピンクシャークが身をひるがえした。

 尾ヒレが死角から襲う。

 ハンサムは肩で危うくガードする。しかし体重差もあって吹き飛ばされてしまう。


「強い……」

「無駄だから~。仕組みが違うんだよね~我々とニンゲンとでは~」


 ブラックシャークがトドメを刺しに迫ってくる。


「危ないハンサム!」


 スターライトの弾丸がブラックシャークの片目に命中した。


「よくも!」


 と叫んだのはシャクティである。

 まるでブラックシャークの痛みを代弁したかのようなタイミングだった。


「すまない、スターライト。だが、どうする?」


 考え得る方法はすでに試していた。

 血を撒いたり、音で脅したりしてみたが、すべて無駄だった。サメたちは機械のように乱れなく戦術を行使してくる。


「おかしい。いくら狩猟本能が凄かろうと、ただのサメにあんなスポーティーな戦略をとることは不可能だ。それに血にも反応しないとは不自然すぎる――まさか」


 スターライトが何かに気づいた。

 彼女は赤く光るサメの目を睨みながら言った。


「ハンサム。もう一度だ」

「何かを掴んだんだな?――分かった」


 再びピンクシャークが動く。

 ハンサムはそれを受けてから掴みに行く。

 さっきと同じ展開である。


「何か分からないけど、信じるからな、スターライト!」

「OKだ」


 スターライトが銃を構えた。


「ははーん? 何しようとサメに――痛ッ!」


 銃弾が跳ねて、サメスーツに火花を散らした。

 スターライトが狙ったのはシャクティの方だったのだ。とはいえ痛みを与えたに過ぎない。

 だが、なぜかピンクシャークの動きが止まっていた。


「今だハンサム!」

「何か分からんがジャニ!」


 メメタァ。というのはハンサムの拳が初めてヒットした音。


「あっあのバランスの良いピンクシャークちゃんが!」


 シャクティが声を上げると、ピンクシャークは慌てて下がっていった。


「……当たった! 初めて」

「やはりな。サメパジャマを脳波で操作していると言ったのを思い出してピンときた。二匹のサメはシャクティ、お前が操っていたんだ。二匹の目が赤いのがその証拠!」


 目が赤いヤツはだいたい敵に操られている、というのは統計的な事実である。

 秘密はシャクティの発明にあった。

 普段は普通に行動しているが、二匹のサメにはチップを埋めこまれていて、脳波デバイスを使えば操作可能なのである。


「先回りをしてくるわけだ。戦況を見てサメを操作するインチキ野郎がいたんだ」

「サメと実況がグルだったってことか」

「正解でーす」


 シャクティはタガが外れたみたいにケタケタ笑っている。

 スターライトが眉をしかめた。

 

「その異様な精神状態はまさか、その装置のせいか? シャークフレームとか言ったか」

「ンッン~どうでもいいから~そんなこと。とはいえ可愛いサメちゃんをメメタァ! されたんじゃママとして許しておけないわねぇ~? 子供達~ママのところに集まって~! 子供達~」


 ブラックシャークとピンクシャークが引いていく。


「なんだ? 何をする気だ?」


 シャクティと二体のサメは体を寄せ合い、空中で回転し始めた。三体の前に稲妻のような瞬きが見える。


「どうです? パワーを感じるでしょう? これぞ三位一体! シャークファミリーのビームが今! 発射されようとしているぅ~」

「ビーム?!」


 三体のサメの鼻面にエネルギーが集中していく。


「そうだよビームだよ~。ほらほら~早くしないと間に合わないよ~? カウント十秒前、一〇ゥ~キュ――あッ出ちゃった……ッ」


 と言ったそばからビームが発射された。

 真っ白な光が頭上をかすめた。

 星鮫嵐に大穴があいた。幸いトミカ達のいる辺りとはズレていたが、ビームは街の一部に着弾した。

 光のドームが広がり、数秒遅れて爆発音が届いてきた。


「街がッ!」

「出ちゃった。ごめんねえ~? 出ちゃった、ちょっと」


 彼女の言う「ちょっと」で、街の一角が消し飛んでいた。

 サメがビームを出すとこうなる。

 理論上サメからビームが出ることは実証されている。しかしこのサメスーツのビームは桁違いだった。


「シャクティ!」


 ここで始めたハンサムは怒りをあらわにした。


「あらマッチョな声」

「ふざけるなよ。街やみんなに危害を加えることは許さない」

「ん~ハンサムでちゅね~。でも『彼』とはぜんぜん違うから~。あなたサメでもないから~。失敗作だから~。本物のハンサムは! 本物のサメはなァ――ッ」


 サメスーツの頭部に稲光が走る。途轍もないエネルギが集約していくのが視認できた。


「――ぶっといビームがでるんだよォッ!」


 今度こそハンサム達めがけてビームの束が発射された。サメ特有の破壊エネルギーがハンサムを襲う。背後にはスターライトがいる。


「危ない!」


 とっさにハンサムポーズで受け止めた。宮本武蔵が保証するように、一芸はすべてに通じる。ジャニにより高められたハンサムポージングには、達人のごとき防御力が備わっている。

 街を破壊したよりもぶっといビームを、身ひとつで受けて止めていた。


「ハンサム! 大丈夫か」


 スターライトが叫ぶ。ハンサムには応える余裕すらない。

 光の向こうからシャクティの笑い声が響く。


「サメ光線を受け止めるとはねえ! すごいねぇ~偉いね~? でもムリィ~。ここからパワーを上げていくから、もうムリ~」

「――うああああッ」


 宣言の通り、ビームが一段とぶっとくハンサムを襲った。

 腕が押し返される。

 頬肉がブルブル震え、鼻が豚のように押し上げられる。歯茎がむき出しになる。

 ハンサムがハンサムではなくなる。すなわち『ジャニ』の型が崩れつつあった。


「ダメだッ――ハンサムを維持できないッ!」

「クライマックスよ~。瞬間一万バーグをも越える最大出力に耐えられるゥ?! 耐えられはしないィイイイイイイ!」


 最後の波が押しよせた。ハンサムのガードがついに崩れた。


「――みんな……すまない――」


 エネルーギーの奔流ほんりゅうがハンサム達をおおった。

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