第10話 鮫狩り─ビキニとアフロ─


 爆発の少し前のことである。


「ハンサムな男を見なかったか?」

「見たよ。アンタだ」

「そいつはどうも」


 S.H.B.Bの五人も市場でタコを眺めていた。

 ハンサムとは入れ違いである。


「他に何か変わったことは?」

「あんたら以外に? 顔にタコの墨浴びるのが好きな兄ちゃんが来たね」

「えらくはしゃいだ兄ちゃんだな」

「ユーチューバーってのはそんなもんさ」

「ユーチューバー? 確かに」


 ミートバーグには純粋な観光客の他に、サメと過激にふれあって人気者になろうとする動画配信者たちも訪れる。

 そういう動機の人間は無茶をやって高確率で喰われるのだが、それでも彼らの来訪は後を絶たない。タコ墨をかぶるくらい温和しい方である。

 新人は生タコを買った。マイクルが注意する。


「何を買っているんだ仕事中に」

「先輩も烏賊焼いかやき食べてるじゃないっすか」

「これは栄養補給だ。ツール・ド・フランスのレーサーと一緒だ。お前のは生だろう。いま食えないだろ」

「だってタコって凄くないですか? さわり心地クセになるっす」


 新人はビニールに入ったタコを揉んでいる。


「お前の価値観は分からん。しかし隊長、ヤツの目撃情報がでませんね。ホントにここに居るんですか」

「顔を隠しているんだろうよ。それにここに居る、というよりは『ここを通過したはず』といった方が近いな、俺の勘だと。奴は孤独だ。ここは人間も海の生物もいる。サメ人間が孤独を癒やすのにうってつけな場所のはずだ」

「そうですかねえ」

「それに、そのタコ」

「タコくんが何か? あげないっすよ」

「縮こまっている」

「タコくんが? そう?」


 新人はタコの袋を覗き、また揉んだ。


「そうっすか?」

「タコはサメの好物のひとつだ。タコを捕っていた漁師が襲われるケースは多い。タコもそれを本能で知っていて、サメの気配を感じると縮こまるのだ。キンタマみたいにな。つまりヤツはここを通った。間違いない」

「ひどいたとえだ。でも……まじっすか」

「キョロキョロするなよ。ヤツが見てたらどうする」

「さっきの店に戻って尋問しますか?」マイクルが言った。

「いや、ウソをついている様子はなかった。ハンサム顔を見たやつもいない。サメ人間は顔を隠して移動しているんだろう。帽子だとかマスクだとかでな。そっちの方面で聞き込みし直してみるか」

「俺たち向こうを見てきます」


 ライスとゴッサムのカレーさんチームが散っていった。


「あまり我々から離れすぎるなよ。何かあったら声を上げるか、いっそ発砲しろ。銃声があれば我々も駆けつける」

「了解」


 市場に爆発音が響いたのはこの時である。

 生け簀の水がこぼれるほど揺れた。


「なんだ? サメか!」


 市場の客たちが一斉に伏せる。ミートバーグで爆発があった場合、テロよりもサメの確率がはるかに高い。

 続いて立て続けの破裂音。

 昼の空に無数の花火が打ち上がっている。

 ライスとゴッサムが引き返して来た。彼らからは花火の発射地点が見えたようである。


「音はあっちです隊長!」

「あっちはたしか花火工房『ドンパッチ』があったはずよッ!」

「市場から『ドンパッチ』はすぐそこ……花火……爆薬……サメ……」


 オウル隊長の優秀な頭脳がフル回転した。判断は速かった。


「全員『ドンパッチ』へ急行だ。おそらくそこにヤツはいる!」


 人々をかき分けて五人は『ドンパッチ』へ駆けつけた。

 花火工房の前の通りは、火薬の臭いとカラフルな煙でいっぱいだった。

 飛び交う火の玉を避けて、住人たちがビキニを乱し逃げまどっている。


「街は大パニックだぁッ!」

「サメテロか? それとも爆発するタイプのサメか?!」

「いったいなにシャークの仕業なんだぁ!」


 煙の中をパニックを起こした人々がひしめき合っている。


「隊長、これじゃサメ人間が混じってても対処できないっすよ!」

「全員頭を低くして落ち着いて避難しろッ! サメじゃない、ただの火事だ! 人喰いザメなんて存在しないッ!」

「とにかく『ドンパッチ』から離れろッ! 動けない者はその場に伏せてろ! 今から救助するッ! 指示したこと以外は何もするな」


 まずは人々を落ち着かせなくてはならない。

 隊員たちは全員で呼びかけた。ハンサムの捕獲は極秘任務であるため、彼らはただの火事ということで押し通した。

 だがこの騒ぎの原因にサメ人間がいることは、サメ狩り隊のカンで確信していた。「ミートバーグの爆発の半分はサメが原因。あとの半分は亭主の浮気が原因」ミートバーグの漁師たちに伝わる格言である。

 ここまでの騒ぎになった上で対象を逃がすようなことは絶対に避けたい。


「やむを得ん! サメがァアアアアッ!」


 彼らは空へ向かって銃を撃ちまくった。

 獲物、つまりハンサムを警戒させる危険もあったが仕方がない。

 すぐ側で響いた銃声に、人々は動きを止め、煙の中のビキニボーイたちを注視した。

 オウルたちは、先ほどと同じ指示を繰り返した。


「火元は『ドンパッチ』だ。動けないヤツは伏せてろ。動けるヤツはこっちへゆっくり移動しろ。顔をよく見せろよ。詳細は省くがハンサムには即ブッこむ。ハンサムは両手を挙げて沙汰さたを待ってろ。ブサイクは通ってよし」

「聞こえたか! ブサイクは通す! だがハンサムは許さない」


 当然不満が返ってきたが、それでも彼らは従ってくれた。


「隊長、全員ブサイクです」

「だろうな。俺がハンサムなら出ては来ない」


 そう言ってオウルは火元の具合を確認した。

 火事の勢いはそれほどでもない。

 爆発は断続的に続いているが、建物は無事である。爆発の規模はそれほどでもなかったのだ。

 ゴッサムが言った。


「火薬の量が少なかったみたい。周囲の被害の感じから、外に出していた在庫に火がついたってとこかな」

「今後大爆発の可能性は?」

「工房の中にまだ火薬があるとしたら危険。でも工房が燃えるまでにはまだ時間が掛かりそう。消防は呼んでおきました」

「つまり、それまでに決着をつけろ、ということだな」


 オウルは火元の通路を見ようと目をこらした。煙の中から、ときどき火の玉が飛んでくる。

 火の粉がマイクルのメガネにバチバチ当たった。マイクルは気にかけず、


「爆発の原因がハンサムだとしたら、爆発に巻きこまれたことになる」

「死んだってことっすか?」


 新人が言った。彼は生タコの袋を揉み続けている。


「おい、緊張感を持て」

「揉んでると心が落ち着くんですよ」

「まったく……隊長はどう考えますか? ヤツは死んだと? それとも逃げたと?」

「死んだならやることはない。逃げたか知るには結局現場を確認するしかない。問題は『死んだフリ』してるっていう可能性だ。怪我人の中に紛れているかもしれない」


 全員が息をのんで辺りを見渡した。

 無事な者たちは避難は終わった。全員ブサイクである。

 だが怪我をして動けない者が、まだあちこちに倒れている。

 煙のせいで、姿は影のようにしか見定められない。


「あの中にヤツが――」

「――いるってことッすか」


 マイクルがメガネをかけ直す。

 新人もタコを揉んだ。


「可能性の話だ。サメが爆発に弱いといっても、即死したとは限らないということだ」

「どうするんすか? 俺ら救助隊じゃないっすよ」

「そうだ、我々はS.H.B.Bだ。だから鮫害シャークアタックの危険を放ってはおけない。救助隊がハンサムに襲われる可能性があるなら、今ここで確認しなくてはならない。それに爆発元へ向かうには、怪我人たちの側を通らなくてはならない。確認なしで通過はできない」

「マジっすか……」

「隊長の言うとおりだ新人。それにサメが人間を喰って傷を癒やすことは知っているな? 手負いのサメは逃げるどころか生命維持のために人間を食い始めるぞ。我々はすぐにでも動かなくてはならない」

「……そうっすね。俺らはS.H.B.Bなんだから」


 新人は親指を立てて見せた。覚悟を決めたらしい。

 反対の、タコを揉む手が震えているが、オウルたちは気づかないふりをした。


「よし、全員でフォローし合いながら行くぞ」


 隊員たちが頷く。Sクラスのサメに手当てできる距離まで接近する。

そんなミッションにはさすがの彼らも緊張を隠せない。


「負傷して凶暴化しているなら銃で無力化。死んでるなら死んでることを確認しなくてはならないってことね。上等」

「そうだ。凶暴化したヤツを『取り逃がす』という選択肢は存在しない。必ず被害者が出る。これから救助を行うが、ヤツに遭遇したら迷うなよ。『発見しました』ではなく『撃ちました』と報告しろ」

「了解!」


 五人は銃を構え、対象を視認していく。

 依然いぜん、煙が濃い。

 視界の効く距離は一〇メートルより少なく、五メートルよりは見通せるといったところ。

 人影は見渡せる範囲で三人いた。

 皆、地面に伏せていて、顔や性別までは確認できない。煙が下に溜まっているせいだ。


「見たところ三人。だが、ヤツが無事で周囲に隠れているという可能性も忘れるな」

「了解!」

「飛んでくる花火にも気をつけろ」

「了解!」

「では行く」

「了解!」


 海パンを鳴らしてビキニボーイたちが配置につく。

 こんな時は常にオウル隊長とマイクルが前衛ぜんえいである。接近戦でマイクルに叶う者はいない。

 五人でフォローしあえる距離を保ちながら、まずは一番近くの救助対象へ近づいていった。

 まだ動いている。その影は女性のように見える。

 花火が髪の毛に引火したらしく、転がり回っていた。


「もう大丈夫です、マドモアゼル」


 マイクルは燃えている髪の毛を、素手でむしり取った。

 彼はジュードウをたしなんでいるのだ。ジュードウ家の握力はスゴイ。

 さらに彼は乱れたビキニを直してやった。ジュードウ家は優しい。マイクルは女性を安全なところへ誘導してから、こう宣言した。


「ハゲ女クリア!」

「ハゲ女クリア了解!」


 他の隊員も復唱する。

 OKである。

 これで救助対象は残り二人に減った。


「ヨシッ! 次だ! 近い方から行くぞ」

「了解!」

「近いのは……そう、アフロヘアーか? 『アフロ野郎』の方から行く」


 アフロヘアーといってもシルエットでそう見えるという程度だった。

 三人目の方はまだよく見定められない。倒れて動かないように見える。

 五人は『アフロ野郎』へ近づいていく。警戒は怠らず銃は構えたままである。煙に混じって、わずかに異臭がした。甘いような独特の香りだ。

 そのときである。後衛から声が上がった。新人の声である。


「ハンッ! ハンッ!」

「ヤツか! なんだとォオオオ!」

「――どうした新人!」


 全員が振り向いた。

 最後尾の新人が襲われたかと思ったのだ。


「ハンッ半端ない! 取れるッ! 乳首取れる! 強い強いッ! えッ思ってたより強いッ強いッ半端ない!」


 タコに襲われていただけである。ビニール袋から逃げ出したタコが新人の胴体に絡みついている。


「脅かすなバカ!」

「乳首とれますって! え? マジで取れてない? これ? ええ……クワガタよりずっと強い……」

「とれろバカ!」

「知らないわよッ! 乳首に対するクワガタの平均パワー!」

「急に暴れ出したんッす。タコくんが急にィ」


 ため息をついて一同が銃をおろした。

 隊長だけが何か引っかかった様子を見せていた。

 サメはタコが好き。タコはサメが怖い。

 マイクルたちはオウルの呟きには気づかない。


「まったく……」

「救助を続けるぞ」


 いずれも手練れのサメ狩り隊員だが、タコ事件があまりに馬鹿らしすぎたためだろう、一瞬だが気の緩みを見せていた。この時、全員が『アフロ野郎』に背を向けてしまっていたのだ。


 事態を正確に把握できたのはオウルだけである。が、それも一瞬遅かった。

 前へ向き直ろうとした、ちょうどその時だった。

 隙を突いたかのように声が上がった。


「ハンッハンッ!」


 マイクルたちはうんざりして新人を見た。


「おい~」

「またか新人」

「いい加減にしてッ 踏んづけてやるからッ!」


 言われた新人は口を押さえて首を振っている。

 声を上げたのは彼ではなかったのだ。


「まさか――」


 彼らは慌てて振り返る。

 『アフロ野郎』へ銃を向けようとした。

 だがいない。アフロの怪我人は消えていた。

 一同に混乱が走る。


「どこだ、ど――」

「ヤツだ! 『アフロ野郎』はハンサムだった!」


 だがその推測も正確ではなかった。

 『アフロ野郎』が消えたため、隊員たちはそいつをハンサムだと思いこんだ。そして、とっさに防御の構えを取ってしまった。

 煙に紛れて攻撃してくると想像したのだ。

 オウル隊長だけが、一瞬早く理解した。。


「――いいや違う。『アフロ野郎』はただのジャンキーだ。ヤツじゃない」


 最近、ミートバーグでは新種のサメから抽出した「シャーク・ドラッグ」が流行っていた。「アフロ野郎」に近づいたとき、オウルはわずかにその臭いを嗅いだのだ。

 研究所から脱走したサメが流行のドラグをもっているはずがない。

 彼は三人目の救助対象の方へ銃を向けた。残った容疑者はソイツしかいない。

 しかし「アフロ野郎」はなぜ消えたのか?

 事実としてはこうである。

 彼らが新人の方へ視線をそらしたあいだに「アフロ野郎」は起き上がって「三人目」の方へ歩いて行ったのだ。

 そして叫んだのはアフロだった。

 「三人目」の顔を見たのだ。このように。


「ハンッハンッ――いやあああああ! ハンサムゥゥウウウッ!」


 ついでに言うと「アフロ野郎」は女性だった。

 偶然だが、彼女の絶叫と同時に花火が炸裂した。

 スパークのなか踊る影は間違いなくシャーク。

 「三人目」がハンサムだったのだ。


「なにィッ」

「ハンサムかぁああ!」


 裏をかかれた隊員たちは、反応が遅れた。

 対応したのはオウルだけである。すでに銃口が向いている。


「そこだハンサムゥウウウッ!」


 撃った。

 が、わずかにおよばず、銃弾が届く前に「アフロ野郎」の姿が、ろうそくの炎みたいにかき消えた。サメの牙が彼女をさらっていったのである。


「クソッ! サメがァアアアアッ!」


 オウルの第一弾へ、隊員たちの銃声が続いた。


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