第2話 ウィーアー! シャーク・ハント・ビキニ・ボーイズ!!


 いそへ下りていく階段の手前に、ものものしい車が二台止まった。

 停車の反動で。天井に乗っかっていたものが滑り落ちた。人喰いザメの死骸である。その牙のあいだには、被害者のビキニの切れ端がまだ引っかかっている。


 車は、対サメ用の装甲車である。ついさっきもプール施設を襲った「ウォータースライド・シャーク」どもを逆にひき殺してきたところだ。

 傷だらけの車体に「S.H.B.B」とペイントしてある。

 エンジンが止まって、男たちが下りてきた。

 いずれもただ者ではない雰囲気をまとった五人の男。しかも全員がビキニ一丁なのである。鍛え抜かれた肉体と、パツパツのビキニが南国の陽射しをはね返している。

 もし、ここに街の人間がいたら歓声を上げたことだろう。サメなら震え上がるところだ。

 彼らこそミートバーグを守るポリスメンの花型、御存知SHARK_Hunt_Bikini_Boys 《シャーク・ハント・ビキニボーイズ》。通称S.H.B.Bなのだから。

 大人気「S.H.B.Bカード」「S.H.B.Bグミ」「S.H.B.Bソーセージ」は加盟店舗およびミートバーグ警察のホームページからも購入可能。


 ビキニボーイの一人が、メガネを押し上げつつ言った。


「研究所からの潮流を計算すると、流れ着いたのはこの辺りのはずですが……」


 S.H.B.Bの№2、マイクルである。

 応じるのは隊長のオウル・ルーカスだ。


「ああ。だがヤツはすでに去ったようだ」

「ですね。済みません、私の特定が遅かった」

「そう言うな。グミ食うかい?」


 オウル隊長はビキニからグミを取り出すと、手ずからマイクルへ食べさせてやった。優しい。

 S.H.B.Bに隊長という役職は存在しないが、彼は敬意を込めて「隊長」と呼ばれていた。「S.H.B.Bカード」でも一番人気の伊達男である。


「あのお……どうしてヤツがいたって分かるんです? 流されてる途中で溺れ死んだのかも。本物のサメに喰われたとか」


 質問したのは通称「新人」。文字通り入隊したばかりの若者である。

 S.H.B.Bカードでは「普段は糸目だが目を開くと強い新人」の設定で売っているが、実際そんな事実はない。

 新人の質問には、先輩の隊員たちが応えた。

 「七色カレーのライス」と「みやびなゴッサム」である。

 ライスは、新人の肩を抱えると、車の少し先のほうへ向き直らせた。

 ガードレールに沿って、二台の原付バイクが駐まっている。


「いいか新人。カレーのトッピングを選ぶ時みたいに想像力を働かせて、よく観察しろ」

「例えが分かんないっす」

「あそこに原付が止まってるだろ。ペアの車種だ。うわついた大学生が乗るようなヤツだ。しかし乗ってきた学生はどこへ行った?」


 言われて新人は、しばらく磯を見渡した。人の動く気配はない。ここは峠道の谷間である。路肩に乗り物を止めて他に行くところもない。


「つまりはそういうことよ」


 「みやびなゴッサム」がウインクをした。口調は育ちのせいであって彼はゲイではない。身長もメンバーのなかで一番高かった。

 彼の発言の意味を新人が呑みこむまでは、時間がかかった。というより認めたくなかったのだろう。


「ヤツに――喰われたって事っすか……ほんとかなぁ~。物陰で『シャーク・ドラッグ』でもヤってるんじゃないっすかぁ~」


 緊張を和らげようというつもりか、新人はへらへら笑って見せた。

 そのときには、すでにオウル隊長は、磯への階段に足をかけていた。


「調べればはっきりする。あるいは岩陰とかに隠れてるのはサメ人間のほうかもな。その方が任務的には助かる」

「ヤツがまだいるってことっすか? やめてくださいよ……」

「かもな?」


 と言ったのはライスである。半分は新人をからかって言ったのだった。彼は後輩にものを教えるのが嬉しくてたまらないタイプのビキニボーイなのだ。

 全員磯へ下りていった。右手は油断なくビキニへ添えられている。

 任務にあたって、彼らには対サメ用のマグナムの携帯が許可されているのだ。


△△△


「おそらく二人を一瞬で喰ってる。かなり獰猛どうもうなヤツだ」


 現場を見るなり、マイクルは断言した。

 花柄のビニールシートの周りに、サンドイッチやオレンジ。タオル。ぺぺローションが散乱している。

 ゴッサムが小さな肉片を発見していた。

 近くにビキニも落ちている。カップルがサメに喰われたことは間違いない。


「これでサメ人間のしわざだとはっきりしたな」

「えっどうしてです?」


 新人が聞き返す。

 オウルは説明して、


「ここにいたのはカップルだ。サメがカップルを優先して襲うことは知っているな?」


 そのとき、波とは違う水音がした。

 S.H.B.Bは対サメ用に訓練された精鋭ビキニ部隊である。

 全員がビキニからマグナムを抜いた。発射までの動作にコンマ一秒の淀みもない。


「サメがァアアアアッ!」


 磯辺に銃声が木霊する。

 大型ザメをも肉片に変えるマグナムの射撃が、長い時間続いた。

 やがて隊長がハンドサインを送ると、部下たちは一斉に射撃をやめた。

 新人隊員が駆けていって、クロマグロほどの大きさだったろう魚の尻尾を持ってきた。


「ただのサメっスね。人食いとしては小物ってサイズですか」

「ご苦労」


 新人にグミを食わせると、オウルは何事もなかったように議論を再開した。


「カップルは性交渉中だった。それは間違いない。そうだなゴッサム」

「ええ。隊長。みんな、これを見て」


 ゴッサムが押収物の入ったジップロックを見せた。黒ずんだ肉片が入っている。


「ヤツの食べ残しよ。断面の形状から、相当大きな牙で噛み切られたのが分かる。で、この肉片が体のどの部分だったかはつまびらかにしないけど、襲撃時の肉片の形状と大きさは推測するにこんな感じ」


 その形状を、ゴッサムは指で宙に描いて見せた。目で追った一同の反応はこうである。


勃起ボッキ!」


 勃起である。

 これは被害者がサメに殺されたことを示している。

 サメによる被害の三割以上が性行為中に起こるといわれている。なぜか。オウルの説明はこうである。


「ビッチ器官がサメをカップルのところへ導いたのだ」

「ビッチ器官!」


 ビッチ器官。

 十数年前、一人の天才によって発見、証明されたサメの隠し器官である。

 サメはこのビッチ器官をつかって、興奮状態の生物を探知するといわれている。性的興奮状態、つまり生殖中で無防備な獲物を襲うのだ。

 サメ映画では冒頭でカップルが喰われる決まりになっているが、その理由が解明されたのだ。サメ映画は正しかった。


「被害者は身体のほぼすべてを損失している。一口だ。人間にこんな殺し方はできない。犯人はサメだ。ビッチ器官に導かれ本能でカップルを喰った」

「じゃあ、別の、普通のサメが喰った可能性もあるってことですよね?」


 新人が訊ねる。彼はターゲットがただのサメであることを望んでいるのだ。


「陸へ上がるタイプのサメはいくらでもいる。それはサメ映画にも記録されている事実だ」

「じゃあソイツかも」

「だが、カップルを一口にできるようなデカイヤツが上陸したなら、岩場に痕跡が残っているはずだ。岩を割るだとか皮膚を残していくだとかな。だがそんなものはない。なぜか? 犯人は、大型ザメの力を持つ、小型の陸上生物だからだ。そんな矛盾した生物、ほかにいるか?」

「それは……」

「ヤツしかいない。我々のターゲット、サメ人間だ」

「サメ人間!」

「兵器研究によってサメの遺伝子とビッチ器官を移植されたサメ人間だ」

「ビッチ器官! サメ人間!」

「ビッチ器官が反応するとき、ヤツはサメに変態して捕食行動を起こす」

「変態!」

「しかも、人の姿のときは棺桶に片足突っこんだ爺さんですらエレクトする絶世のハンサム」

「ハンサム!」

「ヤツを街に放せば大変なことになる。失敗は許されない」

「……マジに。マジに存在してるってことっすね、サメ人間。俺……正直怖いっす」


 新人はそう告白した。

 他の隊員たちも額に脂汗を浮かべている。これまでに無い危険な相手だと分かっているのだ。


「資料によるとあごの力は、Sクラスの大物……そんなものが街へ行ったら大変なことになるぞ。圧力鍋で爆発したカレーみたいに大変なことになる……」

「しかもハンサムですって! そんなサメが出歩いたら街の若者はどうなるの⁉ 色気づいたカップルどもは片っ端から喰われるわッ! 全員むごたらしく死ぬ! 恋人がいるヤツは死ぬしかないんだわッ」

「いちゃついたヤツは全員死刑ってわけですね……私にはそんな相手がいないので、正直死ぬほどどうでも良いですが。だがS.H.B.Bの任務なら、私も命を賭ける覚悟が……ありますよ……ありますとも……」

「落ち着けお前たち! まずはグミを食え」


 オウル隊長はビキニからグミを取り出し、全員の口へ押しこんでいった。そして鋭く叱咤しったした。


「いいかッ! 俺がこの手からS.H.B.Bグミを喰わせるのは真に信頼する者にだけってことを忘れるな。お前たちはこの街で最高のサメハンターなんだからな」

「隊長……」

「いいかお前たちッ! 対象は実験施設から逃げ出した『サメ人間』だ! しかも人間にまぎれて街を歩け、Sクラスの牙をそなえている。心しておけよ! そしてワクワクしろッ! こいつは相当タフな仕事になるッ!」


 ビキニボーイズの顔から恐怖が引いていく。

 代わりに守護者としての誇りが満ちあふれてきた。彼らはサメが憎いのではない。オウルを慕って集まってきた若者たちなのだ。


「隊長……私としたことが、自分を見失っていました。こんなおいしいグミを食べられる私は特別な存在なのですね。目がサメましたよ……ッ」


 マイクルはずり下がっていたメガネを指で押し上げた。他の隊員たちも勢いよく返事をする。


「この勢いにジョーズるぜ!」

「興奮サメやりませんね!」

「なあに、余裕シャークシャークよッ!」


 ご覧の通り全員の心が一つになった。

 隊長はビキニのゴム紐を鳴らした。

 ちびっ子たちがいたら喜んで真似したことだろう。

 任務へ挑む際の、S.H.B.B恒例のルーティンである。隊員たちもそれに続く。


「良しッ! そして行くぞ! 凶悪なハンサムシャークは街を目指したはずだ。これ以上被害者が出る前に、この『アルバ・スカイライン』内でヤツを捕獲する。それが市長から受けた我々の任務だッ! いくぞ! We’re――!」

「シャーク・ハント・ビキニ・ボーイズ‼」


 もう一度、ゴムの音が高らかに鳴った。それは灼熱の磯辺に打ち鳴らされた戦いのゴングなのかもしれない。


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