EP9:いざ【新生活へ】
「じゃあ早いけど、まだ仕事が残っているから私はもうお
お節を完食するとお義父さんは手を合わせ、そう苦笑しながら立ち上がった。
先に完食して家計簿の収納場所に悩んでいた僕は、振り向いて目を見開く。
「この年末年始も、ですか?」
「うん。これも急なことで有給が間に合わなくてね……」
それは有給の問題なのかな……?普通にブラック企業な気がするのだけれど……
まあ、聞いた話大企業のお偉いさんらしいし、仕方がないのかもしれない。
「<ごくん>……ごちそうさま。電車で行くの?それなら駅まで送るけど……」
お雑煮を食べていた幼馴染の
──ん?……よく見れば、琉依の口元にシミができている。
琉依の白い肌とはコントラストの強い、茶色いシミ……醤油かな?つけていたし。
「琉依、ちょっと」
「うん?」
テーブルの上にあるティッシュを一枚抜き取り、きょとんとした顔の琉依に近づく。
琉依は僕の行動理由がまだ理解できないらしく、首を傾げるばかりだ。
別に理由を言う必要もないと思うし、僕はそのままティッシュで琉依の口元を拭う。
拭う時、力加減をミスったのか琉依の顔がぷにょっと変形する。
「……あ、ありがとっ」
やっと僕がした事に気がついたのか、にこっと微笑んで礼を言ってくる琉依。
僕は「どういたしまして」と返し、使ったティッシュを丸めてゴミ箱に捨てた。
「ほほう、見せてくれるじゃあないか」
改めてお義父さんを送ろうと向き直ると、急にお義父さんがニヒルな笑顔でそう零す。
……?なんのことなのか全くわからず、僕は首を傾げる。
「……まあ、電車で行くには行くんだけど遠慮しとくよ。一人で行くさ」
僕の疑問に気づいてるのか気づいてないのか、笑ったまま琉依に返すお義父さん。
……気にしないでおいた方がいいかな?
「でも……」
「なに、出来るだけ二人きりの方が色々と都合がいいだろう?」
口角を更に上げて言うお義父さん。対し、「なっ……!?」と顔を赤くさせる琉依。
そんな琉依の様子を見て、お義父さんは吹いて紳士のように「ふふふ」と笑う。
「この生活に慣れるために、だよ。もしかして言葉足らずだったかな?」
「……からかってるでしょ」
琉依はまだ顔に赤みを残したまま、恨めしそうに半目でお義父さんを睨む。
「もう知らない!」と言う琉依が居るけど……僕には全くついていけない。
「それはさておき……いい加減にそろそろ行くよ。じゃあ、また次の機会にね氏優くん」
「え?あ、はい。今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
急に振られて戸惑ってしまったけど、引き取ってもらった身として僕は頭を下げた。
お義父さんは僕の行動を見て、呆れたように「硬いよ」と苦笑する。
「もっと気を楽にしていいんだよ、氏優くん。琉依の前では特にね、頼むよ」
……視線の先が先程見せた成績表に行っている辺り、もう完全に察せられている。
この人の前だと、逆に警戒を強めた方がいいのかもしれない。そう思ってしまった。
□
「……ふう」
失礼ながらも、やはり僕はお義父さんに警戒してしまっていたらしい。
お義父さんが仕事に向かってから、肩の荷が降りたようにため息が漏れた。
「ご、ごめんねっ?嵐みたいなお父さんで……」
「え?あ、うん。大丈夫だよ」
僕の様子を気遣ったのか、琉依が宥めるように近づいてきた。
『大丈夫』とは言ったものの、『嵐』というのは僕としてはあまり意味がわからない。
でもまあ、特段気にする程のことでも無いし、琉依が安堵しているようだからこれ以上触れないようにしておこう。
……で、恐らくこれで新生活までの一段落したと思うのだけれど。
「今後、なにか予定ってあるかな?」
確証があるわけでもないし、僕は一応琉依に尋ねてみた。
琉依は突然の質問にきょとんとした顔を見せるけど、すぐに「ああ」と微笑む。
「もう特になかったと思うよ、お疲れ様。今のところは追いつけてるかな?」
「まあ、うん。とりあえず、気持ちの整理はついてるよ」
未だにこの[二人暮し]の意味はわかってなかったりはするけどね。
そう思いながらも頷くと、琉依は「それならよかったよ」と頷いた。
琉依は琉依で、僕の状況がかなり異常になっていることは理解してくれていそうだな。
「じゃあ、改めてよろしくね。氏優くん!」
改めて一段落したからか、元気よく右手を差し出してくる琉依。
僕は完全に疑問を気にしないようにして、その右手を取った。
「うん、こちらこそよろしく。琉依」
……これが、全てを失った僕と、その幼馴染である琉依の[
これから三学期が始まり、琉依が転入してくる事になるんだけど……
そこで改めて僕は地獄を見ることになる。
そして、そんな僕を琉依が癒すことにもなる。そうなることは、まだ僕達は知らない。
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