EP7:襲来する【父親】

 あれから二時間後。またソファで寛いでいると、突然インターホンがなった。


 その音に反応した幼馴染の藤堂琉依とうどうるいが、びっくりしたのか体を跳ねさせる。

 まだ音になれていないのかな、と思ってそちらをふと見ると、目が合ってしまった。


「で、でるね……!」


 何故か頬を赤らめ、慌てるように受話器へ向かう琉依の背に僕は一応「うん」と頷いた。

 声が届いたのか少し気になりつつも、僕は視線を外しつつ意識を琉依の方へ向ける。


「……あ、お父さん?」


 琉依のお父さんが来ると言っていたし、それだろうか?僕は視線もそちら向ける。

 するとインターホンの受話器から、年期の入ったダンディな声がエコーで響いてきた。


「“琉依か……事前に言った通り、氏優くんに挨拶をしに来た。鍵を開けてくれないか?”」

「うん。今行くね〜」


 そう言って受話器の電源を切り、琉依は<ドタドタ>と小走りして、玄関に向かった。


 僕もリビングに残っている訳にはいかないよね。そう思い、玄関に向かう。

 閉められていたスライドドアを開けて玄関を見ると、既に琉依は扉を開けていた。


「琉依、あけましておめでとう。今年もよろしく……それと、はいこれ。お年玉ね」

「ありがとう……こちらこそ、あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」


 そんな会話を聞きながら琉依の元へ近づくと、お義父さんは僕に気がついた。


 平均を超えた身長に、それに見合った逞しい体格。彫りが深く、少し黒い肌の顔。

 灰色のスーツをしっかりと着こなし、バックにした白の入った黒髪。


 ……見ただけで、ただならぬ威圧を感じる。一瞬、身構えそうになってしまった。


 お義父さんも琉依と同じで、昔と結構変わってしまったらしい。

 そんなお義父さんは、威圧に反する優しそうな笑みを浮かべて、口を開いた。


「氏優くんか、すごく久しぶりだね。あけましておめでとう。はい、お年玉どうぞ」

「はい、あけましておめでとうございます。お年玉は大丈夫ですよ。申し訳ないです」


 僕がスニーカーを履きそう断ると、「そんなこと言わずに」と無理矢理手に握らせてきた。

 急に手を掴まれて一瞬眉が寄ってしまったけど、渋々ながらも一応お礼を言う。


 それと、ここ最近言うべきだった言葉も。


 「この度は行き場のない僕を引き取って下さり、誠にありがとうございます」


 改めて言うには、このカジュアルな格好は少し無粋かな。後悔しながら頭を下げる。

 すると、お義父さんは苦笑して「そんなに固くならないで」と手をひらひらと振る。


「ですけど……」


 眉を下げながらそういう僕に、お義父さんは「ふふ」と何故だか懐かしむように笑う。


「……とりあえず、家に入れて貰えるかな?」


 結果的にお義父さんは僕の命の恩人だ。だから上下関係を弁えていたのだけど……


 ……そんなことは気にするな、とでも言うようなオーラを出されると、頷くしかない。

 なんだかもう、今のお義父さんには抗えないような気がするね……


 隣の琉依もお義父さんの言葉に頷き、お義父さんを通すよう大きくドアを開ける。


「お邪魔するよ」


 そう言って、ニコリとまた、優しそうな笑みを浮かべるお義父さん。


 ……笑み以外の表情がどんなものなのか、少し気になってしまうな。

 笑みだけを浮かべられていると、何を考えているのか読めないから……


 ……警戒はやめよう。さっきも言った通り、この人は僕の命の恩人なのだから。


 ……表面上はそう思っていたけど、本心はその背をどうしても警戒してしまっていた。

 まあ、これも癖だから仕方がないのかな。



 □



 お義父さんが家に入ってから、少しして。


 お義父さんともまた昔話を少し繰り広げていると、またインターフォンがなった。

 琉依がソファから立ち上がり、「でるね」と微笑んで玄関に向かう。


「僕も行くよ」


 しかしその背中に、僕はそう言った。


 琉依は驚いたような顔をしているけど、まだお義父さんへの警戒が抜くことが出来ない。

 昔話をするお義父さんの楽しそうな笑顔は素敵だったけれど、それでも、やっぱり。


 ……琉依に対しては、そこまで時間が経たずとも馴染めたと言うのにね。


 ……そんな僕に、琉依もお義父さんも特段気にした様子もなく頷いてくれた。

 そんなこんなで琉依の後ろに続いた。


 玄関で琉依が低ヒールのウェッジソール、僕がスニーカーを履き、ドアを開ける。

 その先にいたのは、青いトップスに白いボトムスの、青い帽子を被ったお兄さんだ。


「宅配です!」


 帽子を取って頭を下げるお兄さん。もしかしたら、言っていたお節料理かもしれない。

 そう思いながらサインをする琉依を待ち、届けられた荷物を僕が受け取る。


 荷物はダンボールで、やはり……それはでかでかと''おせち''と書かれていた。

 頷いたお兄さんはまた頭を下げ、帽子を被ってからトラックに乗って颯爽と去っていった。


「お節とどいたね〜」

「そうだね。さっき本題を少し渋ってたような気がしたけど、これで入れるのかな?」


 昔話に入る前の事を思い出して僕がそう言うと、琉依が「うん」と頷く。


「別に食事前から話しててもいいと思うんだけど、お父さんそういうのうるさくてね〜」

「そうなんだ……」


 確かに少し疑義を抱いてはいたけれど、そういう性格をしていたらしい。

 食事、ということはお仕事関係でかな?真相は奥深くで、探るつもりは全くない。


「来たのかい?」


 そんな感じでリビングのドアを開けると、お義父さんがニコリと笑って迎えてくれる。


 僕の手に持つ物と琉依の頷きを見て、お義父さんは深く頷いて立ち上がった。

 それから、ダイニングーブルに向かってからその上に手を添えて。


「早速広げようか。何も食べていなくて、お腹がすごく減っているんだ」


 その言葉にずっと食べていなかった僕と琉依も頷き、早速広げることにしたのだった。

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