第二節 新生活へ
EP6:悪夢から始まる【二日目】
今日は一年に一度のクリスマスだ。
……そして、それと同時に。その日は、16歳を迎える僕の誕生日でもあった。
お父さんとお母さんと食事を終えて、車で楽しく雑談しながら僕らは帰路につく。
本当にこの時は楽しいと、僕は思える。
交差点に差し掛かり、信号が青になってゆっくりと車は進む。
家まではまだ遠いけど、この楽しい時間が進んでいくならば……
しかし、そんな僕の願いを迷うことも無く裏切るかのような出来事が起きる。
横から、とても速い速度で他人の車が突っ込んできたのだ。
横からぶつかったことによって、耳に響いてくる鈍い音。
続いて勢いよく揺れる車内。しかしまだ無反応の僕ら
そして、途絶えていく僕の意識。
□
お父さんとお母さんが、こんな真っ暗な世界の中、笑顔で離れていくのが見えた。
笑顔で、ただ笑顔で……その表情を崩さぬまま。ただ、離れていくことを認識する。
僕は手を伸ばす。悲しさと無の感情が混じり合い、行かないで、とただ静かに手を伸ばす。
その願望が叶う訳もなく、ただただお父さんとお母さんは笑顔で向こうへ離れていく。
やがて二人は完全に見えなくなり。、そしてただ暗い世界の中。
僕は……俺は……ただ独り、ぽつんと突っ立っている。
声をあげるまでもなく、ただ、涙を流す。
涙によってぼやける視界は真っ暗なままで、何一つ今の現状が変わらない。
ただ、意識が沼に浸かっていくように引きずり込まれていくのを感じた。
これを、もう何回体験しただろうか。
……いや、これからも体験するのだろう。
だって
□
「──ッ!?」
意識が覚醒した瞬間、俺は飛び起きた。
苦しい息。冷たい背中。……それが夢だったと俺を認識させ、安堵の息を漏らす。
「くっそ……」
何度も夢と無自覚なまま繰り返される、過去と今現在の心境を表した夢。
「……はあ」
……俺は
一応、幼馴染の
荒い息を整えながら、俺は周囲を見渡す。
暗くはあるが、豆電球のため薄らと周りは見渡せるようになっていた。
プラスして、この夢から覚めた時には既に涙は流し尽くしているのも幸いだ。
「──!?」
真っ先に視界に入ってきたのは、起き上がった人型のシルエット。
恐らく、琉依だ。もう起きていたのか……
「氏優くん、大丈夫……?」
琉依は俺の名前を呼んで、心配そうな声色でそう訊いてきた。
少し驚きつつも……琉依の言っている意味どういうことかわからず、
「琉依、おはよう……大丈夫って、何が?」
「お、おはよう……氏優くん、かなりひどくうなされていたから……」
「………」
あの悪夢を見ている時の自分を聞かされたことは無かったけど、つまりそういう事だね。
というか、涙を流し尽くしている時点で粗方察しては居たのだけど。
微かに眉が動いてしまったけど、僕は平然とした態度を作る。
こんな、暗闇の中で……ふう、そんな些細な変化なんて、見えるわけないよね。
「……怖い夢を見ただけ。大丈夫だよ」
「そうなの……?」
尚も心配そうな琉依の声色に向けて「うん」と頷きながら、僕はベッドサイドテーブルに置いている目覚まし時計に視線を移した。
見ると、今の時間は午前6時半だった。外が些か暗すぎる気がするのは冬だからかな?
就寝時間的には、もう少し寝た方がいいのかもしれないけど……凝った首を回しながら、僕は体を捻ってベッドから足を出す。
「もう起きるの?」
「……まあ、もう朝だしね」
本当はあの悪夢を見たくないからだけど…あまりこの話題を続けたくなかった。
「とりあえず、飯かな……?」
「あ、お節料理が9時くらいに届くから、今日は朝昼兼用でそれを食べるよ?」
「そうなの?」と訊くと「うん」と返される。
去年までもお節料理だったけど、まさか今年も食べられるようになるとは。
琉依が作っていた様子が無かったし、普通のご飯なのかと思ったよ。
「だから先ずは洗濯物を干すことかな〜」
「なるほど……でも僕、やり方が分からないし、教えてくれる?」
「もっちろん」と。暗くてよく見えないけど、琉依がニコリと笑った気がした。
□
コツややり方を琉依に教えて貰いながら、なんとか洗濯物を干すことができた。
小説で少し見たことはあったが、洗濯物を干すだけでコツとかあるんだな……
そんなことを考えながら、紺のトレーナー、デニムのスキニーというカジュアルな格好に着替えた俺は、ソファに腰掛けている。
ちなみに今、琉依は朝シャンだ。
容姿とかに気を遣う人はそういうの大変だろうな……俺は気にしたことがない。
……さて、閑話休題。
<ガラガラ……>
……実際言うと、水を飲んだからか本はまともに読めなかったかったりするんだけど。
「………」
そんなことより、えーっと……
「なんでまた服を着ていないの?」
昨日と同じく、風呂上がりの琉依は何故かバスタオルを巻いただけの姿だった。
いや、もうそういう色々なことは昨日全部諦めたし、いいんだけどね?
なんで朝から湿った髪を肩にかけ、火照った顔の美少女を、僕は見ているんだろう……
……諦めてはいるから別に視線は逸らさないけど、それでも目のやり場には困るし。
……そもそも、無防備過ぎないかな?
心の中で色々とツッコミやらを色々と考えつつ、ジト目で琉依を見る。
琉依は「えへへ」と眉を下げ、笑顔を浮かべていた。『えへへ』じゃないよ……
「ついつい忘れちゃうんだよね〜」
「…もしかして、これから僕は何回もその姿を見ることになるのかな?」
それは少し疲れそうだなあ……
……人によってはそれは天国かもしれないけど、僕にはそういうのに関心がないから、ただただ地獄だったりしていた。
「えへへ……別に私は、氏優くんになら見られてもいいよ?」
「僕は見たいとは言ってないよ」
僕は頭を抱え、ため息を吐いた。
……やっぱり、些か無防備過ぎるんじゃないかな。
「……!? もしかして、氏優くんって……ホ──」
「何を言おうとしてるんだ。……そもそも、僕は恋愛とかに興味は微塵もないよ」
恋愛は愚か、友情でさえとっくの昔に諦めた関係だ。……家族以外の関係はいらない。
だから、そんな信じられないような目で僕を見られると困るんだけど……
すると瑠衣は、なぜだか頬を膨らませた。
むぅ、と言いたげな顔。なぜそんな顔を向けられているのか、僕には分からなかった。
「……着替えてくる」
「え?あ、うん。いってらっしゃい」
頬を膨らませたまま、琉依は階段を登って行った。なんだったんだろう?
□
暫くすると、琉依は階段から降りてきた。
新年早々の瑠衣の服装は、クリーム色のブラウスに赤のフレアスカート。
その上から、モコモコとしたピンクのロングカーディガンを羽織っていた。
少し動きやすそうであり、かなりオシャレだと思った。暖色を基調としているため、小柄で元気な琉依にかなり似合っている。
……ただ、まだ頬を膨らましていた。
僕と目を合わせると、琉依はプイッとそっぽを向いてしまう。
「……何かしたのなら謝るよ。ごめん」
「……何をしたか、わかってないのに?」
琉依が口を尖らせてそう言ったけど、僕はどういう意味か分からずに首を傾げる。
「……いや、やっぱりいいよ」
「……? わかった」
琉依は眉を下げて僕を見たのは気になったけど、とりあえずいいらしいので頷いた。
「それと、氏優くん」
「うん?」
「あと少ししたら、お父さんが来るよ」
微笑んだ表情に変えて出した言葉に、僕は「へえ」と目を見開いた。
「いきなりだね?」
「ごめんね。お父さんと一緒にお節料理を食べながら、挨拶をするって感じだけど」
……まあ、たしかに琉依のお父さんとはまだ話してないし……当たり前なのかな。
「わかったよ」
「ありがとう。お願いね」
そう言いながら隣に座ってくる琉依に、僕は「うん」と相槌をうった。
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