EP2:始まる【二人暮し】

 幸運なのか、不運なのかはわからない。


 事故で俺がおった大怪我は、想像よりも大したことは無かった。

 そのため、数日した大晦日には無事に退院することになった。


 ……あまりにも短い期間だ、と思う。本当に、変な運が絡んできているようだ。

 まあだとしても、全治はあともう一週間はあるみたいだが。


 ……それで。その数日の間、彼女がお見舞いに来ることはなかった。


 あの事は全て夢なのではないか、と思いながら、夕方時に退院した俺は家路を辿る。

 まあ、いつのまにか生活で必要なものが彼女が座っていた椅子の隣に置いていたから、現実なんだよな、多分。


 少し歩けば我が家?に着き、ドアノブに手を掛けると鍵が空いているのを認識する。

 クリスマスの時に鍵は掛けていたし、アレはやはり現実。もう既に、彼女は家の中にいるのかもしれない。


 恐らく、もう彼女の父親の所有物であるため……はドアノブから手を離してインターホンを押した。


 中から<ドタドタ>と足音がして、すぐにドアは開かれた。


 中から現れたのは、予想通り淡い黄色のエプロンをつけた幼馴染、藤堂琉依とうどうるいだった。

 エプロンの下には淡いピンクのハイネックニットと、ベージュのフレアスカート。


 前はコートで判然としなかったけれど、改めて見ると体は引き締まっていた。

 女性特有の体つきも極端でフェミニンさが溢れ、顔といい外見では非の打ち所がない。


 そんな琉依は僕を見るなり嬉しそうにニコリと笑って、口を開く。

 

「おかえりなさいっ!ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」

「………」


 ……前述の通り笑うや否や、何故か夫が言ってもらいたい言葉の定番を言ってくる琉依。


 ……同年齢でこんなに笑いかけてくる子、高校生になってからは初めてだな……

 まあ、とりあえず今はそれをさておいて。


 爆弾発言に何を言っているんだ、と僕は冷静に考えながらも、どう返そうかと悩む。

 この通り、普通に話す程度には僕を許容しているようだし……うーん。


「……もちろん、お・ま・え」


 悪戯っぽく微笑み、声を低くして、先程のお返しに相応しい言葉を口にする。

 すると琉依はボンッ、と音が鳴る勢いで顔を赤くしてしまった。


 らしくない悪戯心が不意に芽生え、先程の言葉と口調が出てしまった。

 それほど彼女に対して僕が遠慮無く対処していることにも、また一つ驚く。


「………」

「……えーっと」


 ……ドアを支えたまま固まった琉依。


 どうしようか悩んだ結果、そんな彼女の横を素通りすることにした。

 本当に申し訳なくはあるけど、琉依から仕掛けてきたことだし……仕方ないね?これ。


「……とりあえず、お邪魔します」


 断ってから家に入り、靴を脱いだ。


 ……まず、時期的にも手洗いうがいか。

 というわけなので洗面所に入ると、背後から再び<ドタドタ>という足音がなる。


「ジゴロ!氏優しゆうくんこれ以上無いくらいまでにジゴロなんだけど!?」


 赤い顔のまままくし立てる琉依を一瞥して、僕は蛇口をひねる。


「琉依が仕掛けてきたのが悪いんだよ?僕はノリに乗ってあげただけなのに」

「いや遠慮な!?11年半ぶりなのに遠慮なく接しすぎじゃないの!?」


 ……確かに、他の人と違い琉依に緊張感や気まずさは確かに感じない。

 今のも自然と口からこぼれたし……


 11年半という疎遠な年月があったのにも関わらず、本当に不思議だ……


 そんなことを考えつつも蛇口を絞めて、僕は琉依の方へ振り返った。

 彼女は赤い顔のまま、「ハァ……ハァ……」と何故だか肩で息をしている。


 ……とりあえず、自分に疑問をもつところではあるけど本題にいこう。


「で。二人暮しするとは聞いたけどさ。これからどうするか、僕は何も聞いていないよ?」

「あ、二人暮しする事については受け入れてくれるの?」


 気にせずに切り出すとすぐに赤みが引いて、琉依は期待の眼差しで僕を見てきた。


 思春期によるまずさはさすがに感じはするけれど、引き取ってくれている時点で僕に拒否権なんかなかった。


 ……ただ、その前に。彼女の顔を見て気になったことがあったのを思い出した。


「受け入れるっちゃ受け入れるんだけどさ。その前に、なんで琉依は僕なんかと二人暮しがしたかったの?」


 結構気になっていたことを訊くと、赤みを引かせたはずの琉依の顔は再び赤くなった。

 胸の前で両指を回し、モジモジとしている。どうしたんだろう。


「それは……その……ちょっと、ね?」

「……そう。とりあえずわかった」


 なんとなく訊いてはいけなさそうなので、僕は一旦それは保留しておくことにした。

 さっきから遠慮なく接してはいるけど、これ以上踏み込むことは僕にはできない。


 ……だけど、もう一つだけは。


「でも、琉依の両親は反対しなかったの?思春期の男女が二人暮しって」

「え?ああ、うん。お父さんにお願いしたら、一発で了承してくれたよ?」


 いや、それはそれでどうなんだろう……

 「だから安心して!」と言われても、別の意味で安心できないような。


 本当に琉依のお父さんはよかったのかな?


「いや〜、これまで我儘を一つも言ってなくてよかったよ〜」

「……なるほど」


 つまり、初めて我儘を言った娘の言うことを大量の金を使って家を買って叶えてあげた……と。


 琉依の家は僕の家の数倍は裕福だし、恐ろしい我儘でも初めてなら叶えそうで怖いね。

 ……いや、この我儘も十分恐ろしいか。


「まあ、とりあえず理由はわかったよ。

 じゃあ話を戻すけど、これからどうするの?僕はどうすればいい?」


 首を傾げてそう訊くと、琉依は指を唇に当てて「えーっとね」と天井を見た。


「まず、ある程度の仕送りが来ます。

 それと、氏優くんがよければ楠葉家の遺産を駆使し、家事分担をして生活します」

「……遺産はお好きに使ってもらって構わないけど、僕、家事は全く出来ないよ?」


 さすがに掃除はある程度できるけど、洗濯と料理はした事がなかった。

 早々の問題発生でも、琉依は微笑んだ。


「最初は私が教えてあげるから、徐々に慣れていけばいいよ」

「そう?ありがとう。琉依って家事できるんだね?」


 昔の琉依しか知らないけど、意外に思ってそう言うと琉依は無邪気に笑う。


「そこは万全だよ〜!お母さんに叩き込まれてるからね!」

「それは心強いな……琉依は将来、いいお嫁さんになりそうだね」


 そう褒めて、次の説明を待つ。


 ……しかし、次の言葉は来なかった。

 琉依がまた、顔を赤くしていたんだ。


「……琉依?」

「……ジゴロ!天然!ジゴロ!」


 『ジゴロ』って言われてもなあ……

 よく分からないけど……とりあえず、自分でも疑問に思うことを述べよう。


、不思議と思ったことがそのまま言えるんだ」

「いやそこもジゴロだからね!?」


 そもそも、ジゴロってどういうところがだろう。意味自身はわかるんだけど……


 でもまあ、追求するのも仕方ないか。

 「そんなことより、次頼むよ」と、僕は続きを促した。


「そんなことって……はあ。で、家以外のことだけど、私氏優くんの学校に転校するからね」

「……まあ、さすがに札幌のままだと遠いだろうからね」

 

 それでも同じなのはどうかと思うけど、探すのも面倒そうだし仕方ないのかな。

 そう結論を出して、僕は大して驚くことはなかった。


「うん。もうこの前に転校試験合格しておいたし、もうほぼ決定事項だよ!」

「早いね」

 

 まあ、もう粗方決定しているのならば僕としては異論がなかった。

 尤も、最初から反論するつもりも無かったけどね。そんな権利は僕にはないはずだ。


「……これくらいかな?」

「……そうだね」


 首を傾げる琉依に、僕はそう言って頷く。

 あまり深く考えてはないけれど、それは追々知っていけばいいのかな。


「ん。じゃ、これからよろしくね。氏優くん」

「うん。こちらこそよろしく」


 ……さて、僕、楠葉くずはs……あ、ちょっとまって。


「そういえば、僕の苗字ってどうなるの?」

「え?ああ、別に変えなくても大丈夫だよ?」

「わかった。ありがとう」


 ……こほん。さて、今日から僕、楠葉氏優くずはしゆうと美少女幼馴染な藤堂琉依の[二人暮し]が、今から始まったのだった。

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