愛の力は無敵! ~さあ、奇跡を見に行くとしよう~

蟹野 康太

告白は『今日』

「す、す、好き……なんだ」

 頬を染めた幼馴染、生島いくしま明日実あすみがこちらを真っ直ぐに見据えてそう言った。

 への字に結んだ口にクリッとした瞳、健康的に焼けた肌、多少栗色がかかった髪を後ろで一つに結んで纏めている。服も見慣れた、動きやすいパーカーにスパッツという出で立ち。

 見慣れないのは細長い円筒形のケース……バットケースを肩に引っ掛けているところだろう。



「……何が?」

 考えたわけじゃなく、自然と自分の口が開いた。

 いつもなら学校への通学路を歩いているであろう時間、目の前の中学生の女の子……いや、そう見えるのは見た目だけでれっきとした高校二年生が耳まで真っ赤になった。



「な、『何』じゃない! お、お前のことが好きなんだよ!」

 何の変哲もない田舎の土手、流れる川にそれを渡す橋も変わらない。お互いに自転車で来た、それもいつもとそう変わりがない。

 そんな……いつもと変わらない行動の中で、全く予想外の事態が待っていた。

 学校も何もない、『今日』くらいは静かに安寧に過ごそうと思っていたのに……朝っぱらから、連続着信で起こされて呼び出されたと思ったらこれだ。


 頭の回転がついて行かないのも無理ないだろう?



「な、あ、まだわかんないのか! だから! あたしは、『佐城さじょう廻利かいり』が好き……なん、だけどぉ……」

 後になるにつれ、段々と声が小さくなっていく。それと比例して顔はどんどん赤くなっていってしまう明日実。

 もはや茹で上がってしまったかのように、耳まで真っ赤になっている。これでは小麦色一歩手前の頬も形無しだ。



 いつもこの田舎の山間にある町を駆け回り、俺を引っ張り回している『チビタンク』とは思えないしおらしさ。

 タンクと言えば聞こえが悪いが、行動からすると相応しいあだ名である。ちなみに見た目だけで考えると、全く相応しくない。容姿はハムスターみたいな、元気な小動物と言った感じだ。


 しかし……『好き』、か。これってライクじゃなくてラブのほうだよな?

 いや、分かってるぞ?

 平々凡々、冴えない俺でもその位は気付く。そしてそれを今、口に出すような真似はしない。


 そんな朴念仁のすっとこどっこいは、ハーレムアニメの主人公にでも任せて置くべきだ。



「……で? 返事は、どうなんだ……よぅ……」

 明日実が『どうにかこうにか』という感じでそう言うと、こちらをじっと睨むようにして待つ姿勢に入った。


 ……好きか嫌いか、それで言えば好きに決まっている。

 小さい頃から遊んで、中学高校と来ても全く疎遠にならずに気軽に遊んでいるのだ。いや、俺がこいつにぶん回されていると言った方が正しいのか?

 街中だけではない、時には山を駆ける……どころか登頂する時もあった。傾斜も緩やかで道もあるとはいえ、帰宅部なのに運動部並みに鍛えられている気がする。


 それは決して嫌じゃなかった。

 どころか退屈や暇とは無縁にしてくれただろう。カブトムシをたくさん捕まえてお小遣い稼ぎをしたいだの、突拍子もなく天体観測を提案してやぶ蚊と格闘する羽目になったり、廃屋で肝試ししようとしたら私有地で警察沙汰になりかけたり……


 けど、恋愛としてはどうなんだ?

 いや、それ以前に——なんで、『今日』なんだ?



「……あのさ、明日実?」

「ふぉ! お、おう! なんだ? 返事は?」

 落ち着け、それより確認したい。しなきゃいけない。


「なんで、『今日』なんだ?」

「なんでって……別に、いいでしょ? 言っとくけど、急でもヤケクソでもないからね?」

 それって、結構前から俺のことが好きだったってことか?

 何気なく爆弾発言をしているけど、それを指摘すると今度こそ収拾がつかなくなるかもしれない。このことはとりあえず俺の胸にしまっておこう。

 そして後で何も知らん顔で尋ねてやるのもいいだろう。



「それは……まあ、自棄になってそんなことする奴じゃないってわかってる。けど『今日』告白して、結果がどうあれ『明日』はないんだぞ」

「……」

 多少俯き加減になるが、明日実の視線はこちらを捉え続けている。


「『今日』で終わって、『明日』は来ないんだけど……それでもいいのか?」

 こくり、と辛うじて頷きとわかるだけの反応を返してくる『チビタンク』。平均的な男子高校生の俺よりも、頭一つ分は小さい。

 タンクとは呼ばれているが、体躯は小柄で線も細い。身体を描く曲線も、女性というよりは少女のものだ。





 ふと、視線を外してそれを見上げる。

 そこには太陽が二つあった。


 いや、太陽によく似た輝きを持つ『隕石フィーネ』が迫ってきていた。

 あれが落ちるのは『今日』の夕方、だから『明日』はこない。





 明日実の方に視線を戻すと、俯き加減を止めてしっかりと俺の方を見ている。

 本気、ってことだよな。


 それなら俺もしっかりと考えて、自分の気持ちを掴んで答えるべきだ。

 空から迫る絶滅の脅威『隕石フィーネ』。世界政府の予報では、日本時間で今日の18時ごろだったはずだ。


 家を出る時は7時過ぎ……となると、今は7時半に届くかどうかってとこだろう。






 『隕石フィーネ』が落ちるまで、あと——10時間30分。

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