ギフト

晴れ時々雨

👠

時間を工面して会う日には、彼女はいつものハンドバッグと小さめのボストンバッグを手に現れる。それほど珍しいことじゃないので普段は気にも留めないのだが、今日はボストンの方を無造作にテーブルに置いてトイレに立ち、口も開いていたので何となく中を覗いた。

20×30cmくらいの留め金つきの黒いケースが2つある。植物の鉢植えで仕切られた喫茶店のボックス席で、一つ目のケースの取手を持ってそっとバッグから出し留め金を弾き開けた。黒い革製の靴べらのようなものと、溶けかかった氷のように滑らかな透明度の、クリスタル製の男性器を象った性具が型押しされた内部に収まっている。驚きのあまり周囲を見回すがこちらを気にする者は誰もいない。

よく見かける持ち物の中にこんな物がしまわれており、それを堂々と持ち歩くとは衝撃だった。会う予定のある日には持ってこないボストンバッグ。けれど急な逢瀬には必ず姿を現す。

私たちには特定の趣味があるわけではない。それらしいことは何度かしたことがあるが傾倒するほどじゃない。ここまであからさまな道具を使った行為をしたことがない。私はベッドでの記憶をまさぐった。

私と会っていないときの彼女の動向を疑ったことは無い。訝しむ点は見受けられなかったし、彼女の態度や行動に満足していた。思いがけない時間に会う彼女が不意に席を離れるときに荷物を手放さないことなど、女性には有り得ることだと頭から決めてかかっていた節がある。

大人である彼女のそういった些細な決まり事は追求すべきでないと尊重するふりをして、秘密を助長していただけなのかもしれない。

しかし問題はもうそこにはない。

コレを置き去りにしたのはわざとなのか。

今日に限って彼女の化粧直しは長い。

見咎められぬよう、早く元通りにすべきだが手が震えて捗らない。額に汗が滲む。ごくりと唾きを飲む。その音にはっとする。

今日連絡したのは私の方だ。予定の時間が空いて、突然に。


彼女の染みひとつない脹ら脛が、黒く透けたストッキングに包まれる様子が目の裏に浮かぶ。その先の黒いエナメルのヒール。そのつま先の曲面に映る、だらしなく緩んだ私の顔。

頬が熱くなるのを感じる。


不意に木蓮の香りと、背後から近づいた彼女の長い髪が私の衣服の腕に吸い付く。

ケースを開いたまま硬直している私に、赤く塗り直した唇でうっとりと彼女は微笑む。

私の耳には忘れ去られた教会の鐘が重苦しく間遠に鳴り響き、心臓は鐘をつく間隔にその10倍の数の鼓動を打っていた。

彼女の目は笑っていない。口角を上げ、瞳孔の奥に青い炎を滾らせている。凍てついた視線の縄が私の体温を残らず絞り上げる。鋭利に研ぎ澄まされた冷酷な瞳は、何故か私の体を熱くさせ情けないほど膝の力を奪う。


いつから?

それに応える彼女の表情は今までになく昂然と力強い。

もうひとつには何が?

これは私への贈り物なのだと確信する。

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