第38話 銀等級昇格試験 其の一
翌日の正午、リュートは冒険者ギルドの建物に入る。
その瞬間、周囲にいた冒険者達がざわつく。
「《孤高の銀閃》が来たぞ……!」
「王都最速の銀等級昇格、なるか!?」
「はぁぁぁぁぁ、今日もリュート様、素敵♡」
「ああ、だめだわ、ドキドキしっぱなしだわぁ」
ざわつきの中、リュートは気にせず、真っすぐに受付嬢の元へ歩いていく。
そして声を掛けると、一瞬受付嬢がふらつくも踏ん張り、深呼吸をしていつもの状態に戻った。
「リュート様、それでは昇格試験を受ける準備は出来ていますか?」
「んだ。早くやろう」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
受付嬢に案内され、試験会場へと向かう。
昇格試験の内容は、まずはギルド長との面接である。
その後、昇格する等級に合わせた冒険者と実戦形式の実技試験となる。
今回の場合、銅等級のリュートは一つ格上の銀等級冒険者と戦う形になる。
実技試験に関しては、他の冒険者も観戦可能であり、注目されている冒険者の実技試験となると観戦席が満席になる。
当然実技試験はギルド長を含めた幹部が全員見ており、昇格に値する実力かを見定めている。
そもそも、昇格試験に関しては所定の経験点が溜まれば誰でも受けられるのだが、面接の役割としては昇格するにふさわしいかを冒険者側に落とし込む為のものだ。
昇格にふさわしくなかった場合、幹部やギルド長から指摘や叱責が飛んでくる。
そして冒険者に悪い所をわかってもらった上で、次の昇格試験までに直してもらうのだ。
面接は振るいに掛ける狙いと、悪い所をわかってもらう為のものなのだ。
まず案内されたのは、ギルド長の執務室だ。
受付嬢が扉をノックする。
「失礼致します、リュート様をお連れしました」
「うむ、入れ」
扉を開けた受付嬢に入室を促される。
リュートはそれに従って入室する。
執務室には広い空間の中央に席が一つ。
やや距離を離して席の正面には、横幅があるギルド長の執務用机、その両脇には今日の面接の為に用意した幹部用の簡易的な席が設けられていた。
(……これで四度目の面接だけんど、この空気、慣れねぇ)
ギルド長のハーレイを含めて三名が面接官だ。
一度軽い会釈をすると、ハーレイから着席を促される。
指示されたまま着席をする。
「やぁ、リュート君。こんなに早く君と四度目の面接になるなんて、予想していなかったよ」
「正直、オラもだよ」
「ふっ、君は冒険者ギルド至上最速の銀等級昇格者になりうるかもしれない。が、実力が足りていないと判断したら、色眼鏡無しで失格にするから気を付けてくれ」
「オラとしては、その方がええだよ」
幹部からも「期待しているぞ」と一言貰った後に、面接が開始される。
面接内容は至って簡単で、今までのリュートの実績確認や今後のリュートの希望などを聞く事だ。
この面接の時、初めて依頼者からの仕事内容に対するフィードバックがされるのだ。
「ふむ。君は依頼難易度Fから銅等級が受けられる最高難易度のCまで、満遍なく依頼を受けてくれているから、ギルドとしては助かっているよ。それに、たまに難易度Bで指定された危険度Bの魔物すら片手間に狩ってくる。大したものだ」
「あんがと。でも、他の冒険者の依頼を横取りしてねぇか心配だよ」
「まぁ、事実たまにそのような事が起こっている。だが、目の前に魔物が現れた場合は自身の命の保証が最優先だ、ならば仕方あるまいよ」
「それならいいんだけんど」
「そして依頼者からリュート君の仕事内容に関しての報告もある。まぁ、今回はそれなりに苦情もある」
「苦情!? オラ、そんな酷い仕事してねぇだよ?」
「とりあえず、聞いてくれたまえ。大前提として、依頼者は皆君に感謝をしている」
曰く、仕事が早くて助かる。また依頼をしたい、とか。
曰く、他の冒険者が嫌がる仕事も笑顔でこなしてくれるのがありがたい、とか。
曰く、ゴブリンを一掃してくれてありがとう、とか。
リュートに対する悪感情なしに、皆が感謝していた。
が――
「苦情内容だが、『リュート様が素敵すぎて、仕事に身が入りません。どうしてくれるんですか?』とか『村の若い娘達が全員リュート君に惚れてしまって、若い男衆が嘆き苦しんでいる。何とかして欲しい』とかだな」
「えええええええええ……」
リュートからしたら、ただ依頼をこなしているだけである。
勝手に惚れられてしまっている身としては、知ったこっちゃない。
自身で何とかしようとしても、何ともならないのだ。
「……まぁ随分と勝手な苦情だがね。君は男から見ても美男子だ」
「……オラはそんなに美男子なのけ?」
リュートが行う首を傾げる姿が、異様に様になっているのでハーレイと幹部たちは――
(この無自覚女誑しが!!)
と、心の中で叫んでいた。
ただの醜い嫉妬である。
「とりあえず、こういう勝手な苦情は私達の方で何とかするから、君は気にせず依頼をこなしてほしい」
「……納得してねぇけんど、わかっただよ」
「それでリュート君、毎回で申し訳ないが、君の今後の方針を聞かせてほしい」
「方針っちゅうても、変わらんなぁ。オラは王国兵士になって、聖弓さ狙うだ」
「ふっ、最近の冒険者は収入を得て贅沢な暮らしと名声を得る、というものばかりだったから、君のその活動方針は新鮮でかなり好意的だよ」
ハーレイから見て、最近の冒険者は上昇志向がない者が増えてきていた。
やれモテたいだの、やれ金が欲しいだの、やれ勇者になりたいだの。
元々冒険者は品がない傾向にあるので、正直異性からモテる確率は非常に低いのだが、強いイコールモテるという幻想を抱いている冒険者は男女問わずに多かったりする。
冒険者に独身者が多いのは、そういった面があるからだ。
だが、リュートは違う。
訛りの強い言葉だが、依頼者に微笑みかけたりとか気遣いをしたり、王都のドブ掃除等も積極的に参加しているので、リュートの評判はうなぎ登り。
そして何より、意思の強いはっきりとした目標を持って、人生を歩んでいる。
常に目線は前を向いており、力強い眼は冒険者すらも魅了し、引き込まれる。
(正直、こんな冒険者は滅多に見ないぞ)
ハーレイや幹部の中で、リュートは無条件で面接合格だというのは、事前に決まっていた。
振るいに掛ける必要もないのだ。
しかしこの男と語らいたい、話を聞きたいという欲が強くあり、こうやって面接にも時間を割いていた。
軽い雑談も交えて、面接は進んでいくが、終わりの時間が迫っていた。
もう少し語らいたいと思ったが、ハーレイは軽くため息をついた。
「さて、最後に。もし銀等級に昇格出来た場合の特典を話そう」
「特典? 今までと何かちげぇのか?」
「そうだね。まず銀等級になったら依頼難易度Bの依頼が受けられるようになる。それだけではなく、スポンサー制度も利用できるようになる」
「……前にその話聞いただよ」
「まぁこのスポンサー制度が、所謂『勇者になる』という事なんだがな。貴族や商会から資金提供を受けたりするのがスポンサー制度で、貴族お抱えの冒険者の事を《勇者》と言うんだ」
「へぇ。勇者っちゅうのは、いいんけ?」
「勇者になると貴族から常に依頼が飛んでくるから、食いっぱぐれる事はなくなるな。そして貴族との縁が出来るから、高額報酬が約束される」
「……何か俗っぽい話だなぁ」
「はは、そう言わないでくれ。勇者になった冒険者は周囲からも一目置かれるから、金も名誉も得る事が出来る。一般的な国民では届かない暮らしが約束されているんだ。まぁその代わりかなりの品が求められるから、素行が悪いと勇者じゃなくなってしまうんだ」
「勇者をはく奪された冒険者は、どうなるだ?」
「まぁ噂が広まって仕事がなくなり、食いっぱぐれる事になるな」
「……成程」
「何でこのような話をしたかと言うと、実は既にリュート君のスポンサーになりたいという貴族や商会がいくつか来ているんだ」
「……本当け!?」
「ああ。まぁ銀等級になってからの素行を見て判断するとの事だ」
「そっか。けんど、オラ将来的に冒険者止める人間だよ? それでもええんか?」
「そこはスポンサー契約する時に話し合ってくれ」
「わかっただ」
自分に資金提供をしたいという申し出がある事を知ったリュート。
あまり表情には出していないが、自分の仕事が認められている事を実感でき、内心とても嬉しかった。
恐らく色々難解な仕事を頼まれるのは容易に予想できるが、それでもありがたいと思ったのだった。
「後は全ての等級対象だが、経験点を消費して《技能講習》を受けられるように最近なったんだ。講師は銀等級以上の冒険者が選ばれ、その度に報酬と経験点が与えられる。報酬はお金で渡すんだが、報酬と経験点は受講者の人数によって変動するから、そこは了承してくれ」
「わかっただ」
もし銀等級になったら、自分が講師になる可能性が出てくる。
上手く人に教える事が出来るだろうかと不安になるが、報酬と経験点が貰えるなら喜んで受けようと決意した。
「では最後に、リュート君から何か質問はないかな?」
「ん~~~~、特にないだよ」
「わかった。リュート君の面接は以上だ。特に問題はないので、そのまま実技試験に移ってほしい」
「わかっただ。
こうして、リュートの面接は何の問題もなく終了したのだった。
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〇リュートに寄せられた、主な苦情
・イケメン過ぎて辛い。もうちょっと魅力を抑えてほしい
・若い男衆が嫉妬しているが、あまりにも完璧すぎて仕返しが出来ない。何とかしてくれ
・リュートに出会って、恋人を振ってまでリュートに熱を入れている。何とかしてくれ
・女房がいる身だが、彼を想うと動悸が激しくなる。何とかしてくれ
・若い娘達がリュートを追いかけて王都へ行ってしまった。何とかしてくれ
・魅力的なのは結構だが、流石に三歳児の娘すら魅了するのはやめてくれ
・我が娘が「リュート様位素敵になれ」と俺にせがんでくる。何とかしてくれ
・リュートのせいで離婚の危機だ、何とかしてくれ
・優秀なのはわかるが、今度来る時は顔面に泥を塗ってから来てくれ
リュート「知らんがな」
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