第163話決心

「お前が私と同じ所に堕ちたら……この観月家はどうなる?荒清の村人達は……全員どうなるのだろうなぁ?……春頼…」


 春陽は、春頼の唇に自分の唇を近づけたまま微笑み言った。

 しかしやはり、春陽の目だけは笑っていない。

 それ所か、怒りと悲しみが混ざりあったかのような春陽の瞳に、春頼は釘付けになる。

 そのまま春頼は、あくまで冷静に静かに春陽に告げた。


 「兄上をお助けできないような私なら、観月家を継ぐ資格もありませんし、もとよりあの大勢の村人を守るなど到底出来ません。その時は……兄上が魔道に完全に堕ちたなら……この春頼も兄上と一緒に同じ所に堕ちるつもりでおります。兄上一人だけに苦しい思いは絶対にさせません。どんな事があっても」


 胡座で座る春頼は、言い終えても婬魔そのものの姿で前に立つ春陽を見て、一瞬も目をそらさない。


 「春頼……頭に角と口の牙……これが生じた時から、婬魔になればこの世の神仏にすら見捨てられ忌み嫌われるぞ…」


 「構いませぬ」


 「春頼っ!」


 普段穏やかな春陽が声を荒らげた。


 「構いませぬ!」


 「うっっ…」


 突然、春頼の言葉を聞いて動揺したのか、目を眇めて春陽が後ろに引き下がろうとしかける。

 だが……婬魔の春陽の中で葛藤があるのか?

 何かがそれを阻止した。

 引き下がる事を思い留まった春陽は、いつもの優しい春陽なら絶対しないだろう、弟を卑下するような視線と言葉を続けて春頼に投げつけた。

 

 「それは何故だ?それは……私が長男であるのに父の子でないから家督を継げず、次男のお前が跡取りで、ずっと私がこの屋敷で肩身の狭い思いをしてきた事への罪滅ぼしのざれごとのつもりでもいるのか?…」


 春頼は、これにも迷い無く即答えた。


 「いいえ。それは私が……私が兄上の事を心の底から大切だと思っているからです」


 春頼の、偽りない本心だった。

 確かに、家督を継げない事への春陽の後ろめたさがある事も春頼は子供の頃から知っていた。

 

 それを耐え、春陽はいつもいつも春頼に優しい明るい兄だった。

 

 そして…

 春陽が肩身が狭い事に申し訳ないとも思っていたが、その同情と春頼の春陽への思慕は別だった。


 同時に春頼は、決心した。

 もうこれ以上、春陽をこの屋敷に置いておけないと…

 春頼がやらなくても、父か、或いは父の命を受けた密使が、春陽の首を斬り落としに来るはずだから。


 隙を作り、春陽の額に春頼が懐に忍ばせている強力な呪術の札を張り、一時婬魔の春陽の動きを止め仮死状態にするとも決めた。

 そして、すぐにその春陽の体を春頼が連れ去り、この観月家を、実家を、春陽と二人で出奔すると。




















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