第98話手巾
一瞬、優は驚いたが、定吉の手付きが、体付きから想像出来ない位優しくて…
呆然としたまま、されるままになる。
定吉は、手ぬぐいがすぐ汚れると、その場から動かずすぐ右横の川で片手で洗い…
又ただ黙って…
優の顔を真剣に見ながら…
何度も優の顔を拭い、キレイにしていく
。
長い優の黒髪が、風で優の頬にかかったら、それを定吉の指でやさしく掬い戻し…
優はその姿に、自然とあの、まるで優の兄のような生まれ変わりの優しい定吉をどうしても重ねてしまう。
すると、優の目頭がぐっと熱くなり、涙が出そうになった。
「す、すいませんでした!急がないといけないのに!」
そう言い優は、誤魔化し慌てて立ち上がりかけた。
しかし…
「待て!…」
しゃがんだままで定吉は、優の左手を握り留めて又座らせた。
「無理…はするな…もう少し、休もう…」
そういい、定吉は優を下から見詰めた。
優も、定吉を見詰めた。
定吉は、優の膝の上に置かれた優の左手をまだ握っていて、更に力を込めた。
春の穏やかな風が、川を渡り二人に吹く。
水面は陽の光を集め、万華鏡のようにまばゆく煌めく。
そのまましばらく見詰め合い、何故か二人は動けなくなる…
しかし…
そうしている内に突然、木々がにわかに激しい風にざわめき…
小鳥達の声が、一斉に止んだ。
定吉が何かの激しい視線を感じ、優の手を離し立ちあがり周囲を見回す。
そして…
ある方向で何かを見つけ、眉根を寄せて視線を止めた。
「どうしました?」
優もそう言い立ち上がり、自分の右方向を見ると…
少し距離のある、色鮮やかな沢山の青葉が輝くその深い深い影に…
春の優しさと相容れない、見覚えのある化け物がこちらを見ているのを見付けた。
春陽を始末する為に、生まれ変わりの藍の放った一つ目に間違い無かった。
(藍…お前は、俺にほんの少しの悲しむ時間すらも与えてくれないんだな…)
優が、美しく冷酷に嗤う藍の顔を思い出し唇を噛み、両腿の横で両手に拳を握ると…
定吉が刀を抜き、優を庇うように前に立った。
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