第99話音も無く、余りに儚く…
朝霧と春頼は、共に一睡もせず、一休みすらせず、夜が明けても必死で春陽を探していた。
しかし、探しても探しても…激しかった雨が土上の足跡を流してしまい、手掛かり一つ見つからない。
(ハル…無事でいてくれ!お前が無事でいてくれるなら…、俺の命と引き換えにしてもいい!)
朝霧は捜索中、何度も何度も心の中でそう繰り返していた。
やがて…
いつの間にか二人は、まさかこんな遠くにと思いながらも、さっきまで優と定吉が居た小屋に辿り着く。
何か、何でもいいから春陽の手掛かりが欲しい朝霧は、祈る気持ちで春頼と、念の為、そっと小屋に近づいた。
そして、バンっと強い音を立て、朝霧が小屋の戸を一気に開けた。
小窓の光だけが差し込む薄暗い内部。
シーンと静まり返っていたそこに…
朝霧は、春陽がこちらを振り返り花のように笑う幻を見て、一瞬瞠目して、抱き締めようと右腕を伸ばしかけた。
疲れからか、余りに春陽を求める故に、見えたのか?…
だが…
その幻影は、音も無く、余りに儚く消え去った。
思わず、朝霧程の男が、失望の余り下肢が震え、小屋の入り口に寄りかかってしまった。
と、同時に嫌と言う程思い知る…
朝霧自身にとって、春陽がどれだけの存在だったのかを。
すでに、その背後にいた春頼は、先に小屋に入り、誰かここに居た形跡はないか探し出していた。
朝霧も、気をなんとか持ち直し、様々な所を見て回る。
しかし、それが見当たらない。
だが、それもそのはずで…
定吉はここを出る時、最初は時間を優先して、ゴミや何やら散らかしたまま出ようとした。
だが、優が片付け始めた。
優は、もし片付けたとしても、優がここにいた痕跡は何か必ず残り、朝霧達に届くだろうと思っていた。
所が、定吉は、仕方無く手伝った代わりに、囲炉裏の灰やら何やら全て完璧に処理し、優がいた形跡を完全に消した。
使っていて洗った小屋の鍋や道具には、優に隠れてホコリをわざと付け、ずっと使っていないよう装う細工もした。
定吉には、そんな事は手慣れた事だった
。
結果…
ここでは、優の真面目さが裏目に出てしまった…
更に定吉は、小屋に着いた時から、優がこっそり小屋に自分のいた印を残さないかも、慎重に監視していた。
「兄上!兄上!兄上!兄上!」
囲炉裏端の木板に座り込み、下を向き、そう春頼が苦しそうに叫んだ。
冷静でいよう、いようとしていた春頼も
、徐々に自分の感情を保てなくなってきていた。
朝霧は、そんな春頼に近づく。
いつも冷静で強く体躯もいい春頼が、今は、迷子の子供のように朝霧に映る。
けれど、朝霧自身も、今にも足が又崩れ落ちそうで、そっと自分の腰に右手をやった。
そこには…
あの崖下に別々に残されていた春陽の刀と鞘が一つになって、朝霧の袴の腰紐に差されていた。
そして…
まるで、あの居待月の夜、春陽自身を抱き締めた時と同じ強さで…
朝霧は、その柄を握った。
(ハル…お前の声、お前の…なんでもいいから、お前が欲しい!お前を感じたい!ハル…無事でいてくれ!俺は、お前の事が…お前の事が…)
だが、春頼の疲れも相当に見え、朝霧は、春頼の肩に手を置いた。
「春頼、少し休んだ方がいい」
顔を上げ、朝霧を見た春頼の顔色は明らかに悪かったのだが…
「いいえ…大丈夫です。兄上を探します!貴さんこそ、少し休んだ方が…」
「俺は探す!春陽を見つけるまで!絶対に探し出す!」
顔を見合わせた二人は、早々に小屋を出ようと動き出した。
しかし、その時…
外の風が、開いていた小屋の戸口から朝霧達の元に吹き届いた。
妙に…生暖かく、どこか生臭い風。
二人は、すぐに嫌な予感を感じ取った。
「風が…何か感じないか?春頼!」
「行きましょう!」
優を襲おうとしていた一つ目の化け物の気配を纏ったその風の流れてくる方向へ、二人は走り始めた。
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