第66話煩累

春陽は、夜がこんなに長いなんて初めて思った…


結局春陽とその体内共生中の優は、布団に入ってもウトウトすら出来ないまま朝を迎えた。


春陽と幼馴染みの朝霧とは、それは今までも子供同士の可愛いい小さな、諍いなどとも呼べない程の事はあった。


しかし、大きなケンカなどした事が無かったし、すぐお互い歩み寄り仲直りしてきた。


だから、夜が明けても朝霧の表情と自分に向けてくる視線が一切変わらず厳しい事が、春陽には暫く信じられなかった。


そして、互いにどんどん溝が広がっていく間に、春陽の方もどうしていいのか分から無くて気持ちを萎縮させていく。


だが、それだけでは無く、朝霧と春頼の間にも冷たい空気が流れている。


この二人がこんな風になるのも今まで無かった事だ。


春暖な朝の光が障子越しに穏やかな中…


いつもなら和気あいあいとしているはずなのに、今朝はただ無言で三人で朝餉の膳を囲んだ。


しかし、チラチラと、朝霧が箸を動かしながらも、分から無い様に時折向いに座る春陽の方を見て、春陽も、同じ様に朝霧を…


春頼にはそれがすっかりバレていて、意識し合う二人を見て何か想いを秘めながら…


思わず眉間に皺が寄りそうになるのと、深い溜め息が出そうになるのをぐっと堪えた。


やがて、茶碗を手に、春頼が春陽の体調を慮りもう一泊しようと提案した。


だが、彼等の住む村の状況が余り良くないらしく、そう長居出来ないと春陽が断わった。


村の話しが出た途端、ただでさえ暗い雰囲気が更に拡大してしまい、優は、何だか酷く嫌な胸騒ぎを感じる。


そして、令和の東京から転移させられて目まぐるしく起こる事々になんとか耐えて頑張ってきたが…


前世とは言え朝霧が春陽を叩いた事で、何だか心の糸がブツっと切れてしまった様になってしまっていた。


徒歩で旅をする他の宿泊者達は、とうに宿を出てそれぞれの目的地や次の宿場町へ向ったが、春陽達は馬だったので最後の出立になった。


宿代の精算を最後にするのは春頼の役目だった。


この宿の女将はこのご時世から慎重で、お代の遣り取りは用心棒付きの自分の控え室でしかしなかった。


春頼は、春陽と朝霧を二人きりにするのを躊躇して、一緒に行こうと兄に言った


春頼が充分過ぎる程…


一瞬も目を離していないんじゃ無いかと思う程心配そうにこちらを気遣っているのは春陽も分かっていた。


しかし、そうするのもなんだかもやもやして、春陽は大丈夫だと、部屋で待っていると微笑んだ。


「目が赤くて、少し腫れてますよ…眠れなかったからですか?…」


春頼はそう言うと…


旅支度をすっかり整え終えて縁側に立ち

、庭の花を見ていた春陽の両頰に両手をやり、そっと春頼の方を向かせた。




「それとも…」


春頼は、労る様に目を細めて互いの顔をかなり近づけ、春陽が打たれた左頬を優しく二度、三度と撫でた。


春陽にとっては血の繋がりがある弟で平気だろうが、その生まれ変わりの優にとっては複雑な気分だ。


口付け出来そうな程近くで見る春頼の美貌につい慌てふためいてしまう。


この、前世の自分自身に憑依している事は、不確実な事が起こる。


自分が又はずみで何か言うと、普段は他の人間に聞こえないはずなのに…


居酒屋で定吉に声が届いた様に春頼にも届きかねない…と前世の弟に対する動揺を鎮めようとした。


すると、厠から帰って来た朝霧が部屋の障子を開け春陽兄弟と目が合った。


朝霧が無言で目を眇めると、春陽は、別に悪い事をしていないのに、まるで浮気が見付かってしまった咎人のように焦って固まってしまう。


「では、行ってきますね…」


それに引き替え春頼は、そう言い微笑んで春陽の左頬をもう一度優しく撫でると、何も無かったかの様な余裕の表情で部屋を出ようと歩き出した。


しかし、朝霧と春頼は、目も合わせず入り口で擦れ違っただけだった。


春陽は、障子の開け放たれた縁側に。


朝霧は、離れた入り口に近い所に。


二人は旅支度を整え終わった状況でそれぞれ胡座で座り、ひたすら黙って距離を取り春頼の帰りを待つ。


叩かれてもうかなり時間が経つのに、春陽の頬は今だに僅かにピリピリと痺れる感覚がする。


晴れた暖かいなごやかな日差しが春陽を照らすが、気持ちは一行に上向かない。


それでも、賑やかな小鳥の囀りを聞きながら、小さく深呼吸して深春の匂いを自身に取り込む。


だが、やはり以前より春景の花の香を濃厚に感じる己の臭覚の変化が、癒し所か増々不安を増長させた。


そんな後ろ姿を朝霧が、正面を向いたまま横目で何度もチラチラと見る。


すると、突然、バタバタと慌ただしい足音がして、何者かが春陽達の部屋へ向かって来た。


春陽は、ハっと振り返り横に置いていた刀を取ろうと手をやった。


しかし、その春陽の目の前に、その春陽を護るかの様に疾風の如き速さで朝霧が抜刀を手に立った。


春陽が座りながら見上げた大きな背中が、これだけギクシャクしていてもいつもと変わりなく盾になってくれている。


(貴……継……)


呆然としていると、入り口から白い塊が

、春陽めがけて一直線に飛び込んで来た






















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