第58話ディストピア

男三人、暫く馬を走らせると戦国時代の町に着いた。



優も、春陽の身体に閉じ込められたまま一緒に来てしまう。



令和の現代とやはり違って、平民の家々の多数は土壁で、屋根は木板を敷き詰めた上に置き石が均等に置かれてなんとも住み辛くモロそうだ。



それでもこれがテーマパークなら、へーっといいながら呑気に見学しただろう。



しかし、町全体も広いが語彙力を失う程ゴチャゴチャして埃っぽい上匂いの酷い不衛生な所が多い。



あの整然として清浄な東京に馴れている優にとっては、思わずうっとなって気が遠くなりそうだ。



江戸時代でも衛生面で戸惑う事や苦労は絶えないが、それでも荒清神社に居れ

ば、その環境は格段に良かったと思う。



戦国の世の店先に並ぶ物も、種類が多くない。



その上治安も悪そうだ。



行き交う人々も着物も粗末な物を着ている人が多く、道端に力無く座り込み目力無く首を項垂れている者も散見されて、みんなの活気は少ない。



優にしてみれば、正に、ゲームか映画、悪夢の中に出てきそうなディストピアが目の前に広がっている。



盗難を避ける為早々宿へ行き、乗って来た馬を慎重に預けて町を歩く。



「来る度に状況が悪くなってるな…」



目深に頭の笠を被り、春陽が呟いた。



「まぁ、あの都倉の悪女、椿の関与が酷いですからね。ここはどの国より重税ですから…」



春頼が呆れ返った様に言った。



都倉の椿…



その名に優は、ヒヤリとした。



そして思う。



やはりここは戦国時代なのだと…



朝霧は、さっきからずっと押し黙って周囲を警戒しながら、春頼を前に春陽を護る様に挟み最後尾を歩いている。



だが、春陽は時折振り返り、朝霧と視線を無言で何度も何度も交わしている。



優には、自分の前世でありながら春陽の考えている事は全く分からなかったが、そう、まるで、春陽と朝霧の間には、言葉など要らないかのようだ…



さっき、前世の朝霧さんと最後とか言ってたけど、どう言う事なんだろう?



優は、ただでさえ生まれ変わりの朝霧が今どうしているのか考えて酷く落ち着かない。



だが、その事を考えると更に心がざわついたが、やはり自分の意志では身体は指一つ動かせない。



春陽等は、方々で漢方薬を買ったり布を買ったり、食料品を買ったり様々な店に行った。



だが、どこへ入っても店の者と客の話しは、戦と不景気と、城主の愛妾悪女椿。



そして、実際にいると言われる魔物と、今巷で恐れられる人さらいの事だ。




天下の情勢を知る為に聞き耳を立てる春陽には、人の噂とはどこまで真実か見当もつかない。



だが、人さらいは人間がやっていると言う者も居れば、二足歩行の獣の化け物がやった、角と牙が生えた魔物がやったと言う者も居る。



ある程度物を買ったので、一行は一度荷物を置きに宿へ戻り、それから又今度は骨董屋へ行く予定だ。




寂れた裏通りを歩いていると、キャーキャーと若い女性達の騒ぐ声がする。



一瞬、襲われているのかと優も春陽達もハッとしたが、嬉しそうな、楽しそうな声もするので違うとすぐ分かる。



声の主達が居るだろう居酒屋の開け放たれた軒先を通り中を見る。



煙管の煙の匂いの充満した座敷。



着物も薄着でかなり着崩し肌を露出している何人もの美女達が、三人の荒っぽい見かけの若い男達と酒を飲んで酔っ払いっている。



その上食べ物を大量に辺りに食い散らかし、歌い踊ったり男女絡まり抱き合ったりしながら、見るに耐えられない程淫らに互いの身体に触れ戯れあっている。



優がしたであろう同じ反応で、春陽も淫らな女性達から赤面して目を逸した。



だが、男達の中で一際身体が大きく逞しい、上半身だけ小袖を脱いでど真ん中で胡座をかき座る半裸の男に優はハッとなる。



目付きの悪い所為で顔つきがかなり凶暴だけど、それに、なんか…引く位いエ、エロ過ぎるけど…まさか定吉さん?…




いや、あの爽やかな定吉さんが…キャラ変がかなりヤバ過ぎるけど、間違いない

!前世の定吉さんだ!



「定吉さん!」



「定吉さん!」



優は叫んだが、春陽の口は動かなかったし、勿論声は出ない。



春陽達は、半裸の男の集団を一瞥はしたが、相手にしまいとその様子に呆れ返りながらそのまま通り過ぎた。



「ちょっと、定吉さんだよ!」



「ちょっと!定吉さんだっての!」



まさか、まだ知り合ってないのか?



優は、酷く後ろ髪を引かれる思いで苦しくて仕方無かった。



定吉似の男が、まだ二十歳そこそこ位の青さの残る年なのに、渋い所作で吸っていた煙管を置いた。



そして、酒の入った盃を片手に、ほぼ裸に近い豊満な美女二人を両腕に抱いて大笑いしていたのにふっと真顔になった。



「ど、どうかしましゅたか?」



一緒に飲んでいた全裸の舎弟の男が、ふらふらとへべれけで彼に聞いてきた。



定吉と瓜二つの半裸の男は、さっきまで春陽が居た場所をしばらく凝視した。



そして、さっきまでふざけ倒し、沢山酒を煽ったとは思えない真剣な目で呟い

た。



「誰か知らねえが、今そこに居た男が俺を呼んだ気がした…」



「誰もアニキを呼んじゃいましぇん

よー。酔っ払ったんじゃないでしゅか

ぁー?」



定吉似の男は、舎弟の首を右手だけでキツく締め上げその体を持ち上げ、足裏が畳からかなり浮いた。



「く、く、くるひっ!きゅるひっ!」



乱痴気騒ぎは急に止まり静まり返り、美女達は顔を引つらせその様子を見た。



「クソが!俺が、これ位の酒で酔う

か!」



そう咆哮する様に吐き捨て、舎弟から手が離されると、舎弟はその場に倒れ込みゴホゴホと激しく咳込んだ。



「おい、おやじ!酒だ!酒と肉をもっと持って来い!」



定吉似の男が、店の隅で小さくなり固まっていた店主に野獣の様に叫び、後ろにあった大きな袋から貨幣を沢山出して辺りに撒いた。



「金なら、幾らでもある!ほら、この通り、人を殺め戦で手柄をたてれば幾らでも、幾らでも手に入るぞ!」



店主とその女房だけで無く、まだ苦しむ舎弟を介抱していたはずのもう一人の全裸の男も、仲間を途中で投げ出し、這いつくばって拾い始める。



キャー!っと女達も叫んで、もう着る物も構わず全裸になりながらそれを拾い始める。



やがて女同士奪い合い、酔いも手伝い、互いに口汚く罵倒し始めたり髪を掴み合い頬を叩き合うけんかも始まった。



半裸の男、本名は定吉勝吾は、その狂乱の様子を見ながらドスっと胡座をかき座り盃を再び手に取り、なみなみの中のものを一気に飲み干し、冷え切った様子の瞳で微笑んだ。



だが、さっき春陽が居た場所を再び見

て、その後もしきりに何度も何度も気に止めた。















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